August 15, 2011

ブログ更新休止のお知らせ


いろいろ考えまして、長年書き継いできた<ことば>ノートを
いったん閉めることにしました。

授業版は今までどおり更新しますので、
しばらくの間は完全閉鎖いたしません。

横のリンクからお入りになって、ご覧ください。


読んでくださったみなさま、
本当にありがとうございました。

みなさまに向けて書くという行為を通して、
メディアについて、言葉について、そして何よりも書くという行為そのものについて、
いろいろと考えることができました。

またどこかでお会いいたしましょう。

さようなら。

| | Comments (0) | TrackBack (1)

June 19, 2011

本に日付を入れると...


サブゼミで読む本は私が自分の気分で決めている。
今回の課題本は、ミシェル・フーコーの『監獄の誕生』だ。

クリーム色の布張りの新潮社版を久しぶりに引っ張り出して来た。
懐かしい手触り。
私は岩波の学術書などによくかけられている薄紙が大嫌いで、
買ったらまずひっぺがすのだが、この布張りの手触りはよい。

「榊原蔵書」という蔵書印が変な形に歪んで押されており、

Richie Sakakibara Feb. 1991 Ann Arbor

とボールペンで記されている。
 

最近は買った本に日付を書くこともなくなっていたが、
年を取ってから見てみるとなかなか面白いものだなあ、と思う。
また復活させるかな。

1991年といえば、大学院の一年目である。
Ann Arborはミシガン大学がある街の名前。
ファーストネームがRichiではなくRichieとなっているのは、
アメリカの病院で発行されたBirth Certificateがそういう綴りになっていて、
それにもとづいて作られた私のアメリカのパスポート表記がそうなっていて、
それをもとに私の学籍が作られていたからである。
私の博論も表紙にはRichieと書かれている。


アメリカの大学院だから授業で読んだのは英語版で
Discipline and Punishという題だったと思う。
英語版で読んでさっぱりわからず、日本で日本語訳を探した。
英語では「フコー」と「コー」にアクセントがつく名前も、
日本語では「フーコー」とひらぺったくなることもこのとき知った。

この手の本が「現代思想」と呼ばれていることも
このとき初めて知ったのではなかったか。

私が唯一読んでいた『現代思想』という名前の本は、
清水幾太郎が書いたものだったから、
それとはまったく別の意味内容を持った言葉なんだと気づくのに
妙に時間がかかってしまった。

いっぱい線が引かれているところを見ると
大学院に入りたてほやほやの私はかなり必死になって読んだらしい。
この本がフーコーや他の「現代思想」の人々の書き物に比して、
かなり平易に書かれていることに気づくのは、
さらにもっともっと後のことである。


そのつもりで選んだわけではなかったが、
この『監獄の誕生』は前回の課題本、
Never Let Me Go(邦題『私を離さないで』)の主題と
かなり重なる。

議論が楽しみだ。

| | TrackBack (0)

June 08, 2011

大学を九月始まりにする件


少し前に、Twitterで哲学者の國分功一郎さんが大学を9月始まりにする提案をなさっていた。
おおやけにはなっていなくても、検討はされているのだろうと思いたいが、
まだだとしたら、ぜひぜひ検討していただきたい。
これをご覧になっている大学職員上層部の方おられるかしらん?
(いないか...)

アメリカの大学は、9月から5月という学事日程を組んでおり、
6月7月8月の三ヶ月を夏期休暇である。
日本でもそれに倣って同じような学事日程を組む。
入試は5月にやる。

なんでもアメリカの物まねすりゃいいってもんじゃない、
と怒る方もおられるかもしれないが、
明治文学の研究者河野至恩さんが、
『三四郎』の頃は9月始まりだったと指摘しておられる。
つまり、明治時代に戻るわけだ。


メリットはたくさんある。
まず、研究者としては海外の学会に行きやすくなり、
海外研究者との共同研究もしやすくなる。
今の日程ではこっちに3週間、あっちに一ヶ月てな感じで空いていて、
その間に会議も入ってきたりすれば、結局腰を据えて研究できない。

学生や大学の中にいらっしゃらない方はご存知ないと思うけれど、
大学の教師には授業の他に運営の仕事というのがあって、
超人的な体力と能力がある人以外は、学期中に研究ができる状態ではない。
少なくとも、体力のない私には無理である。
3ヶ月の研究期間があると思えば、それ以外の時間にやらされる
運営の仕事にも身が入るってものである。

大学は6月から8月の三ヶ月の時間をうまく使って、
語学系のサマースクールを開講したり、
一ヶ月半の集中講義を企画したりできるし、
そこに非常勤講師を雇えばある程度若手研究者の経済的サポートもできる。

その間は正規の授業より規模を落とすから、電力消費もむろん落とせる。


学生は集中してバイトをして金を稼げる。
そうすれば、学期中のバイトを軽くして学業に専念できる。
ボランティアだって、インターンシップだって、海外放浪だって、
一ヶ月やるよりは、三ヶ月やる方がためになる。

高校3年生は受験が終った後、思いっきり羽を伸ばしてもらって、
大学に入学するときまでには、しっかり勉強する気持ちになってもらう。

もちろん、留学生の流れもスムースになるだろう。
これから日本に来たいという留学生は確実に減るのだから、
できるだけ来易い形を取るべきだろう。

もっと言えば、大学生は3年4年の大半を就職活動にとられてしまい、
勉強ができない状況である。これも少しは是正されるかもしれない。
そしてついでに企業の新卒採用偏重もただしてほしいものである。
私はいまだに「新卒」になぜこんなに意味が貼付けられているのか、
まったく理解できない。ほんっとにできない。

これから日本が迎えるであろう緩慢な死を少しでも先延ばしができるとすれば、
若い人材の育成しかない。
多少は名前が通っているはずの大学の学生が、母国語であれ外国語であれ、
本も読めず、文章も書けず、論理的思考もできず、想像力もない、といったことでは、
情けないだけでなく、他の国の大学生に太刀打ちができない。
脳みそが伸び盛りの3年生4年生が就職活動にエネルギーと体力を吸い取られて
精神力を摩耗させていくのを見るのは、教師としてはとてもつらい。
教育に力を注ごうにも、それができないのだから。


思いつくまま、いろいろ利点を挙げてみた。
もちろん、シロートの言うことだから、気づかないことがたくさんあるだろう。
実際、大学のシステムを作っている方にどんなデメリットがあるか、
うかがってみたいものである。

小、中、高を一斉に変えるのが難しければ、大学だけでもなんとかならないのか。
どなたにお願いすればいいのか、よくわからないけれど、
ご検討のほどをお願いしたい。お願いしたい。お願いしたい。

ヨロシコ。

| | TrackBack (1)

May 27, 2011

テーブルを修理してもらう


土曜日は修理に出していたダイニングテーブルが我が家に帰ってくる日だ。
ふるーい一枚ものの天板で、80年は経っているという。
もともと大きな割れ目があったのを承知で購入したのだが、
マンションの乾燥がこたえたのか、さらに大きく割れて来てしまった。
写真を撮って店に送ると、綺麗に直ります、という。


ヒッカドゥアというこのお店は、今は西麻布のようなおしゃれなところに、
広い店舗をかまえているが、もともとは下北沢の路地裏にある小さな小さな店だった。
英会話の講師をシモキタでやっていた頃から、好きで通っていた。
当時は家具など買えなかったからこっそり見に行くだけだった。
買えるようになったら絶対ここで買おうと思っていた。
そして就職してまず仕事机を一つ買い、同じものをもう一つ買い足し、
椅子を二つ買い足し、昨年ダイニングテーブルも買ったというわけだ。

東南アジアから買い付けてきたものを、日本の家具職人が手をいれる。
修理はここにテーブルを運んで来てくれた職人さんが来てやってくれた。
彼には他のテーブルの修理もお願いした。


割れ目部分に木片を差し込み、丁寧に削り、ニスを塗って、
へこみ(古いものだからかなりでこぼこがある)部分もちゃんと
削ってへこませて、回りと齟齬がないようにして、
少し見ただけでは割れ目があったなんてまったくわからない。
もちろんよく見ると継ぎ目がわかるが、
あまりにも丁寧に仕上げられているので、その継ぎ目自体が味を増す。

陶器の金継ぎの家具バージョンである。
綺麗だ、と言って私が喜ぶと、職人の彼もとても嬉しそうな顔をした。
「あと十年は問題なく持ちますよ」
「持っちゃうとあなたの店の商品売れないよ」
「そうなんですよねー」
家具を直すことが好きで仕方がないという人である。


このダイニングテーブルの名前はマルクスである。
私は家具やら植木やら家の中のものに名前をつける妙な癖があって、
友人から呆れられたことがあるのだが、みんなはやらないのかな?
金継ぎして味が出るあたり、ぴったりのネーミングだと思うけど。
ちなみに、もう一つの机はエンゲルス。
それなりに味はあるけど、マルクスに比べるとまあ少々見劣りがする。

| | TrackBack (0)

May 23, 2011

雑感


論文も提出し、書評も出し終わったので、
なんとなく解放感のある週末になった。

コーヒーをたっぷりいれてフレンチトーストを作り、
資料の整理をし、ベランダの植木の手入れをし、
ご近所からいただいてきた椿の挿し木を植えた。
昼にはなめこおろし蕎麦を作り、
午後にはCriminal MindsのDVDを立て続けに見る。
お供はハーゲンダッツの新商品、クッキー入りのバニラアイス。
なんとも幸せな一日。


震災関連のこと。
人は人で動くという。その通りだと思う。
その人を信頼するから、あるいはその人となりが好きだから、
その仕事なりプロジェクトなりを分担しよう、
あるいは応援しようと思う。

逆もある。
プロジェクトにも、その志にも、賛同するのだけど、
その人が動いているから嫌だ、ということがある。
その人の掛け声では動きたくない、ということがある。

こういうとき、昔の私ならプロジェクトの内容や志の方に比重をかけて、
参加するかどうかの判断をしていた。
最近は自分の好悪の直観の方を大事にするようになった。
そこにはやはり何かある、と思うからだ。
そこにいる人を見て、少しでも嫌ならやらない。

一生懸命に動いているのはわかる。
ノウハウも人的リソースもそれなりに持っているのだろう。
それでも、何かが私を引き止める。


大学も忙しくなってきた。
新しい試みとして授業ブログとサブゼミを始めた。
これについてはまたおいおい書こうと思う。
学生と本をたくさん読む。その本について話す。

重要なのはバランスだ。
学生に必要な本だけを選んでいてはだめだ。私が疲れてしまう。
学生が読みたいものと私が読みたいものの間のバランスをうまくとる。

流行のものだけを読んでいてもだめだ。浅くなってしまう。
古いものばかりを読んでいてもだめだ。疎くなってしまう。
今読まれている本と、もうあまり人が読まなくなった本とのバランスを
考える。

| | TrackBack (0)

May 22, 2011

新しい「日常」のために


日常を粛々とこなすだけ、と自分に言い聞かせるようにしていたのだが、
結局それをブログに書いたりする気にはなれなかったということは、
たぶん相当浮き足立っていたのだろうと思う。

そして今も心の奥底では相当浮き足立っている。
もう以前の自分には戻れない。戻ってもいけない。
そんな感じがしている。

じゃあ、何を「新しい日常」にするのか。
それは暮らしながら書きながら考えるほかはない。

で、ようやくこれを書き始めることができた。


Henry David Thoreauじゃないけど、
自分んちのユーティリティ・コストってどこまでが本当に
必要で、どこからが惰性なんだろう。

書いたり読んだり、が生活の基本である私にとっては、
例えば読書するときの電気だとか、コンピュータをつけっぱなしにする電気だとかは、
そう簡単に削れないものなんだけど、
どちらかと言えば嗜好に関することーー例えばお風呂場をどうしても
乾燥させておきたいからがんがん換気扇をまわしちゃうーーみたいなものは、
努力すれば削れる。


その努力ってのは、「技術」と「手間」と「体力」で成立している。
窓さえ開けておけば水をじゃばじゃぱ床に振りまいても乾いちゃう、
ヨーロッパやアメリカと違って、日本の家屋をきれいに保とうとすると、
「水」との闘いになる。

とにかく水滴を飛び散らかさないこと。
シャワーをアタマからぶっかぶるのではなく、
汲み置きのお湯を座って使い、使った後はスクレイパ—で水滴を取り去り、
さらにぞうきんで水を拭い、タイルの目地なんかをごしごしこすっておくと、
カビがつかない。

あとは換気扇を一時間だけ回しておく(これだけはまだ削れない私...)


コーヒーとパンしか食べない私の朝食だけど、
これは毎日のことだ。
コーヒーはコーヒーメーカーで作り、トーストはトースターで作る。
どちらも電気を使う。

そもそもコーヒーはドリップ式で手で淹れた方がおいしいんだし、
トーストは魚焼き用のグリルでいけるんじゃね?
どうせ、私は自宅でほとんど魚は焼かない。
やってみたら、きれいにこんがりできる。匂いもない。
いいじゃん、これで。
質も落ちてないしね。


こういうことは家庭の主婦ならちゃんとやっていたことなんだろう。
ただ、私は主婦ではないので、時間が金で買えるなら買うぞ、と思って、
生きてきた。
そして、その時間を自分自身の脳みその筋肉増強に使ってきたのである。
だが、その筋肉増強ももう限界が見えつつある。

自分にとっては大切な大切な研究だけれども、
ひとさまのお役に立っているとは言いがたいし、
その分野の中でもこれといって大きな貢献をしているわけではない。
必要以上に卑下する気はまったくないが、事実を認めるにやぶさかではござらん。


電気代節約のための節電ではない。
東北の人々のための節電でもない。

たんに、小さな自分の小さなリミットを超えるための節電。

| | TrackBack (1)

April 07, 2011

<ことば>ノート授業版更新(と近況)


1946年〜48年にかけてのさまざまな雑誌を読み漁っている。
戦争が終わり、明るい復興の掛け声と先行きの見えない不安が、
渦巻いていた時期に人々はどのように何を考えようとしていたのか。

今まで私たちが前提としていた生活の基礎が崩れつつある時だからこそ。
そして何を前提としてよいかわからない今だからこそ。


授業の開始が5月に延期になったので、全授業のシラバスを組み直している。
そのうちの一部を授業版にアップ。
来週からはサブゼミを始める。


武田泰淳の1951年の短編についての論文を今月中にあげなければならない。
敗戦を世界規模で考えようとした作家、
それでいて卑近な生活の手触りを描く風俗小説の手法も手放さなかった作家。


あと、書評が一つ。
人がものを<書くこと>に関する刺激的な著書について書く。


自分にできることを、できるペースで、地道に。
まわりの人の眼を気にした自粛はしない。
ただ、さまざまなものを亡くした人々に思いをはせながら、
自分の生活がどこまで縮小可能か、それを必死で考えること。


週末は、アメリカの土産を持って京都の老親を訪ねる。
もうかの地には行くことができないであろう彼等に、
せめてもの写真、100枚。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

March 29, 2011

<ことば>ノート授業版を作りました


告知です。
授業の情報を集約した新しいブログを立ち上げました。
横のLINKから入ってください。


現在我が大学では授業の開始が延期されていますが、
4月中はサブゼミをやる予定です。
どなたでもご参加いただけます。
自由参加の読書会のようなものですが、主体は学部生です。
一人で読むのもいいけど、たまには複数で読んでみるのも悪くない。
そう思う方はどうぞご参加ください。


地震のこと、書こうかと思いながら、まだ書けません。
とにかく今は平常心と思い、目の前にあるやるべきことを、
粛々と行うのみです。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

March 17, 2011

Message to my friends in the US

ロンドン在住の金魚から英語ができる人間へ、呼びかけがありました。

「外国語の出来る方。Twitterやブログでその言語で世界に向けて義援金を募ってください。日本は「リッチな国」と思われているためか「まあ、そのうちまた復興するよ」と思われており、イギリスでもそのように報道されつつあります。そのため、ハイチやインドネジアなどの被災とは違って街でも全く募金箱を見かけません。しかし今回の被災の規模は一国や一国民が「我慢して」なんとかなるものではありません、国際的な援助が早急に必要です。」

英語を書くという技能を習得することに時間とエネルギーを使ってきた人間として、
金魚の呼びかけはなるほどと思われるものでした。
このブログは日本語なので、直接効力はないと思いましたので、
今回のアメリカ旅行でトークをしたUniversity of Michigan, Belmont University,
Earlham College, Indiana University に向けて以下のようなメッセージを送り、
特に日本やアジアについて勉強している学生に向けて拡散をお願いしました。

現在留学中の学生も、できればこうしたお願いを拡散していただければ、と思います。
また、アメリカ内での義援金の窓口は以下以外にもあると思いますので、
reliableであればそれを含めて呼びかけてくださいまし。

Message from Richi SAKAKIBARA

My dear friends at Earlham College/University of Michigan/Belmont University/Indiana University,

I learned the news of the earthquake and tsunami when I was about to board
the airplane back home from the US. My heart broke to see all the pictures of
devastation and think of thousands of lives just so brutally taken in a moment.
My brother-in-law's family, including four children and 90 year-old great grand mother,
are living within the 60 kilometers of the Fukushima Nuclear Power Plant. They
are afraid for their lives but the entire city is out of gas so that they cannot move to anywhere.
If you have friends in Japan, have studied about Japan, watched Japanese anime,
played Japanese games, or simply concerned about Japan, please help us by
donating money. I know Japan is considered to be a rich country, and I don't think
we can deny that, but at the same time, this is an emergency situation. Japanese
economy has already been in a critical situation and this can be a fatal blow.

There are number of places you can make donation from the States.
One of the reliable organizations is American Red Cross.

http://www.redcross.org/

Thank you very much for your support.

Richi SAKAKIBARA

| | TrackBack (0)

March 13, 2011

【業務連絡】安否確認と私の状況


いま、三期生のタイキが安否確認をしてくれています。
榊原ゼミの二期生、三期生、および、聴講生、あと少しでも関わったことのある学生で、
連絡できる状態の方はタイキに連絡を入れてください。
あるいは私(richi.sakakibara@nifty.com)に連絡をいれてください。


なお、一期生(<ことば>ゼミのみなさん)もできれば私に一報をくださいな。


私は日本時間15日の午後2時に全日空11便で成田空港着の予定です。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

March 11, 2011

インディアナポリスに到着


5時すぎにトークを終え、呼んでくださったM子さんと
その旦那様とレストランでお食事。
そのまま彼らのお宅へ帰り、お礼やさよならもあわただしく、
待ってくれていたリムジンに乗り込み、
一時間ほどドライブしてインディアナポリスのモーテルに到着した。
ようやく明日の朝、帰国の途につく。


明日のフライトは朝の7時なので、
5時には空港入りである(泣)
朝4時半のシャトルをフロントで予約。
乗り継ぎのシカゴでスタバに行く時間あるかしらん。
目覚ましを3時半にセットしておやすみなさい。

| | TrackBack (0)

March 09, 2011

ブルーミントンへ移動


リッチモンドでのEarlham Collegeとのお仕事終了。
町長さんに会ったり、副学長と話したり、地方紙に載ったり、
授業やったり、頭痛でぶっ倒れたり、となかなか盛りだくさんであった。
行ってトークだけして帰ってくるというわけにはなかなか
いかないのである。


留学中のSILSの学生とも少し話ができたし、
Earlhamの学生で私の早稲田の授業をとっていた学生とも会えた。

むかしむかし私の父と碁を打ったことがあるというおじいさんにも
会えた。

まあまあよかったんじゃないでしょうか。


これからリムジンに乗って2時間かけて
インディアナ大学があるブルーミントンへ移動。
チェックアウトしてきます。

| | TrackBack (0)

March 08, 2011

リッチモンド到着


シカゴのオフィス街の日曜日。
出発まで時間があるので、友だちとコーヒーショップでだべる。

私よりも少し早い時間に発つ友だちがタクシーに乗って行ってしまうと、
ぽっかりと一時間空いてしまった。

シカゴでも古い外観を残すデパートに入り、
ぱしゃぱしゃと写真を撮って、売り場をひやかす。
その後Bordersに行って、本をひやかす。
荷物になるので買う気はなし。
村上春樹は棚一つを占領している。
それよりも大きな棚を占領しているのはOtaku/Graphic novels
というタイトルの本である。
InuyashaとかNarutoとかが並ぶ棚の写真を撮る。


そうだ、少し早めに空港に行ってまともなコーヒーを飲むことにしよう。
フロントにタクシーを頼む。
預けておいたスーツケースを出してくれたおじさんにチップ、
スーツケースをタクシーのトランクに入れてくれたおじさんにチップ、
タクシーの運転手さんにチップ。
アメリカでは勝手に自分でいろいろやるのはあまり喜ばれない。
というか、やってはいけない。
ホテルでもレストランでもそれぞれサービスする係の人が決まっていて、
自分で自分のことをやってはその人たちのチップの機会を
奪ってしまうからである。
日本から来ると、これが面倒である。


ちっこい飛行機で着いたのはオハイオ州デートン。
リッチモンドはインディアナ州だが、オハイオとの州境にある。
渡されたスケジュールによれば、迎えてくれる方は「ハイジ」という
お名前らしい。ハイジと言えば「アフプスの少女ハイジ」のイメージしかないのだが、
「ハイジ」らしき人は誰もいない。
電話をかけようかどうしようか迷っていると、
私の名前の札を首からぶらさげたおじいさんが現れた。

まさか、あなたが「ハイジ」?
Hi I'm Paul. I'm your driver today.
ああそうなんですか。で、「ハイジ」さんはどうなったのかしらん。
She is my wife. She is picking up somebody else.

いずれにしろ、「アルプスの少女ハイジ」のイメージでは
うまくいかなかったわけだ。


ホテルに到着。
キングサイズのベッドは、
私の東京のアパートのベッドルームくらいある。
部屋はうちのリビングくらい。
でも、基本は車で移動する人々のためのホテル、モーテルに近い。
晩ご飯をいただいてこなかったので、おなかがすいた。
ピッツアを頼むほどでもないし、ましてやレストランに行くのもあほらしい。
下の売店でクラッカーとオレンジジュースを買う。
明日からまた、お仕事。

| | TrackBack (0)

March 07, 2011

Uncool な Japanology のワークショップ その3


パブロンをきちんと飲んだので、少し風邪はましになった。
ワークショップ2日目。
午前中は前日と同様、院生の発表が二組ある。

発表がつつがなく終わりお昼をいただいていると、
突然ものすごい音でアラームが鳴った。
雪が散らついているのに、全員外に退出。
でっかい消防車が二台到着して、ごっつい体型のおっちゃん消防士が、
これまたばかでかいホースをかついで中へ入る。
私はこの隙にノーマ・フィールドさんを見つけて、話をさせていただく。

日本でもアメリカでもこのジェネレーションに特有といっていいのか、
アクティビズムに軸足を置き、いつでもそれがぶれない方である。
生活の具体性を重視し、抽象的でアカデミックな議論に流れることへの警鐘を鳴らし、
政治的目的意識を常に言明し、そのことへの情熱が仕草にも語り口にも溢れる。
そういう言語への懐疑から出発してしまった私達のジェネレーションでは、
あまり見られない情熱であるように思う。


午後はAnn Sheriff と今回日本から招いた日大の高栄蘭さん、
そして我が同僚十重田氏のパネルで、ディスカッサントがノーマさんである。
あまり共通のテーマはなかったが、今戦後批評をやることの意味など、
根本的なことが議論となった。

最後は我々共同研究のコアメンバーが登壇して、
今までの成果のまとめ、これからの先の計画などを。
とりあえず3回はやろうと言っていたワークショップが、
一年のうちに実現できたので、私はよかったんじゃないか、と思っている。


アメリカの大学のアカデミック出版の状況は厳しい。
批評は小説に比べると二次的なものとされるので、
その翻訳となるとなかなか出版のオーケーが出ない。
だから日本文学の批評の翻訳は本当に数えるほどしかでていないのである。
かててくわえて、時代をさかのぼる批評は注釈なしには成立しないのだが、
注釈をたくさんつけるのは嫌がられる。
おまけに我々は少し実験的な形態をとりたいと考えており、
さらに出版社は限られる。

しかしここまでやってくれた院生たちの業績のためにも、
出版はマストである。
先生たちはがんばりますですよ。

|

Uncool な Japanology のワークショップ その2


ところで我々のワークショップがuncoolなのは、
漫画もアニメもゲームも登場せず、
かといって大江も川端も登場せず、
もう誰も読まないような占領期の批評なぞをちまちま
読んでいるからである。

さらに読んでいるだけでなく、さらにちまちま
注釈したり翻訳したりしているからである。

しかしおそらく我々はこの「ちまちま」に自分たちのfaithを
置いている。だが同時にこれがuncoolであることも知っている。
居直り強盗じゃないけど、ここから始めるしかないじゃない、と
少なくとも私は思っている。
今の時代、uncoolでいられるのはluxuryかもしれない。


というわけで、私が発表のトップバッター。
今日の焦点は戦後直後の『思想の科学』である。
次にJim Dorseyが小田切秀雄と『文学時標』、
つぎにDoug Slymakerが加藤周一とねじれた日本のアイデンティティで発表。
そしてRich Callichmannが3人の発表にコメントを。

再びマイクが回ってきて、コメントにコメントを。
会場からも質問が飛ぶ。発表者と質問者の距離も近いので、
比較的なごやかに進んだと思う。


ようやく壇を降り、2つ目のパネルが始まったところで、
もうとうとういけなくなった。
少し中座して風邪薬を流し込んだ。
結局Justin Jestyの花田ー吉本論争の部分と、
Atsuko Uedaのコメントが聞けただけとなってしまった。
すみません、二つ目のパネルの方々。


夕食を終えてホテルに帰ると、ほとんど倒れるように就寝。

| | TrackBack (0)

«Uncool な Japanology のワークショップ その1