日記(〆切前の日々)

■朝曇り、夕方どしゃぶり
朝、今日到着予定の交換教員の先生に連絡。
午後に訪問することを打ち合わせて書き仕事を開始する。
戦後の浮浪児に関する林芙美子のエッセイについて書いていたら、
なんとなく美空ひばりが聞きたくなったので、
次々にかける。

♪左のポッケにゃ夢がある 右のポッケにゃチューインガム
 もぐりたくなりゃマンホール♪

奇妙に明るいホームレス孤児の歌である。
それを同い年くらいの、ピンクのドレスで着飾った美空ひばりが歌う。
流行歌で歌えてしまうくらい切実な問題ではなくなったということか。
それとも。。。

雨のなか、大学へ出かけ、用事を済ませ、外国人訪問教員専用の住宅へ。
5歳の男の子は疲れてもうおねんね、ということで会えず。
IDカードや書類をお渡しし、コーヒーを一杯いただいて、
再会を約して帰る。

■梅雨の晴れ間
〆切前でテンパってきたので、ピアノのレッスンを一週間後にリスケする。
お昼は昨日買っておいた「五十番」の肉まんにたまごスープで済ませる。
がんがん書く。そしてがしがし消す。

再査読に出していた論文、メール連絡があり、掲載が決定したとのこと。
そうなるだろうーなーとは思っていたけど、とりあえず安心。
これで三本目の武田泰淳関連の論文となる。
次の四本目も半分くらいは出来ているので、
それをあげたら武田シリーズは一段落かな。

■曇り、ときどき薄日
三度目のヨガスタジオ。
インストラクターは私とおそらく同年代か少し上くらいの方である。
これで3人の違ったインストラクターさんのクラスを取ったわけだが、
それぞれ少しずつ力点が違っていて、おもしろい。

ヨガ後、おうちに帰って爆睡。
起きだして再び仕事。

Michel Jackson急死の報。
晩年の度重なる整形に歪み切った顔、
ネバーランドと名付けられた奇怪な帝国。
どちらも深い孤独とその心のアンバランスを示していて痛々しかった。
安らかに眠ってください。

■久しぶりの快晴
植物の鉢を全部外に出して、陽に当ててやる。
洗濯機を二回まわす。
ズッキーニとトマトをスライスして天日干しする。

そろそろ原稿が終わりに近づいて来た。
一番最後は冒頭部である。
今回はがちがちの論文ではなく解説なので、
本体よりもポエティックに比喩を多用して書くことに決めている。
私の中ではこれは、理論的な骨組み部分を<詩>に落としこんでいく作業。
ここが自分の納得のいくようにかけると、原稿はほぼ完成といってよい。

合間にポチポチとヨガウエアを購入。
だって、安売りだったんだもん。

かぼちゃを薄味で煮付けるも、今ひとつぼやけた味になってしまった。
干しておいたズッキーニとトマトでパスタ。

■再び晴れる
晴れると体調がよい。
<詩>部分が終ると、あとはそれに従って各セクションを<掃除>する。
私はたいがい書き過ぎているので、いらないところを削ったり、
凝りすぎているところシンプルにしたりして掃除と同じ感覚。

そろそろ終わりだと思うとご褒美が欲しくなるものである。
近くのケーキ屋さんに行き、フィナンシェなどいくつか焼き菓子を買う。
紅茶をいれて、花など眺め、一人で悦に入る。
にんげん、日々、これくらい余裕がないと、アカン。

夜は無心に海老ワンタンを作る。
にら、海老、卵白、昨日の残りのズッキーニも入れちゃえ。
で、四分の一くらい、はふはふいただき、後は冷凍庫へ。

■曇り
リスケしていただいたレッスンへ。
結局2ヶ月引っ張ったバッハのパルティータ一番を通しで見ていただき、
「うん、まとまってる」というお言葉をいただいた。ヤッタ。
これはチカダ先生、定番の褒め言葉の一つなのだ。
11月の発表会はこれでいきましょう、とのこと。
え、暗譜すんのん?

私は暗譜が大の苦手。
でも、発表会って不思議に楽譜が前にあると、
間違えるんだなー。不安になって、必要ないところまで見ちゃうから。
前回、それでボロボロだったし。

冷蔵庫にブロッコリーがごろんと残っている。
くたくたにゆでて潰してクリームスープにしてしまう。
ビタミンCもなにもあったもんじゃないけど、
野菜の青臭さが駄目なのである。
子供のころは生のトマトが嫌いで、トマトジュースは好きだった。
変な子や、と言われていたが、今考えるとよくわかる。
生のトマトはタネの部分が青臭いのである。
トマトジュースはそこを全部とってある。

■また、雨
最後にもう一度読み直して、原稿を添付で送る。
一つの長かったプロジェクトが終了だ。

でも、送った後にもう一度読み直してみたら、
直したいところがいっぱい出て来た。
後でまた新しいバージョン、送りつけたろ。

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日記(6月なのさ)

■6月某日
本日、ヨガスタジオに行く。
肩凝りがひどくてつらいので、
DVDを見ながら独学でくねくねとやっていたのだけれども、
整体師の先生がやはりこういうものはちゃんとした指導を受けた方がよい、
とおっしゃったので行く気になった。

行ってまず皆さんのヨガウエアが素敵なのに驚き、
ロビーに売っていたウエアの高いのに驚き。
そりゃ、格好いいわな、タンクトップに9000円も出せば。

スタジオに入って皆さんの体がすっごく軟らかいのに驚き。
こりゃ、まずったかな。もう一つ下のクラスに入るべきだったか。
ポーズを次々に取る若く美しいお嬢さん方に混じり、
冴えない中年オンナの私もがむばってみるのであった。

なんでも本から入るのは学者の性。
とりあえず本だけは読んでいるので、「なになにのポーズ」と
言われればその形は思い浮べられるものの、
イメージできるのと、体をその形にするのとはまた別ものなわけで。

夜には会議。メンバーが優秀なので、さくさくっと終る。
やっぱり大学仕事を何をするか、ではなく、
誰とするか、なんだなあ。

■6月某日
う。からだ、痛い。ヨガの、後遺症。う。

先日のスペイン料理に触発され、スペイン風にんにくスープを作る。

にんにくを、うわ、そんなに、というくらいスライスして、
オリーブオイルで軽く炒め、
テキトーに角切りにしたトマトを入れて一混ぜして火を止める。
そのまま余熱で水分を出し、
くず野菜と鶏肉を煮だしたスープにブイヨンキューブを入れ、
そこににんにくとトマトをぶちこみ、
テキトーに角切りしたバゲットをどっちゃり入れて煮る。

優しい、スペインのお袋の味。日本で言うならおじやか。
本場のスープはトマトを入れないのだそうだが、
これはフランス経由のレシピらしい。
簡単で、おいしい。

■6月某日
商店街を歩いていたら、深紅のミニバラがあったので一鉢買い求めた。
前回はうどんこ病にやられたので、薬剤も一緒に購入。
ハーブの根っこに青虫を発見したので、その駆除剤も。
自分で育ててみるとわかるけれど、
美しいイングリッシュガーデンの、その美しさを保つためには、
大量の薬剤が必要なんだろう。
狭いベランダでは、蝶々もてんとう虫も大敵になってしまう。

本日は二食とも同じメニュー。
玄米、あさりと大根のみそ汁、紫タマネギのサラダ、大根葉とじゃこのふりかけ。

■6月某日
雨が続いているから、なんとなく体調が良くない。
頭の調子もよくない。書いても書いてもパッとしない。

あまりに行き詰まるので、アロマを焚く。
廊下にコンセントを差し込むポットをつけ、仕事部屋にはキャンドルのポット。
ゼラニュウムに集中力のためのローズマリーを入れ、
ゼラニュウムのしつこさを少し緩和するためにグレープフルーツを混ぜる。
別にこれでものすごく仕事がはかどるわけではないが、
仕事のためになにかした、というその感じが重要なわけで。

■6月某日
二度目のヨガ・スタジオ。
今度はビギナーのクラスで、衣装も少し地味め。
ポーズそのものより流れを重視したクラスらしく、よく動く。
ぜえ、はあ。ぜえ、はあ。

家に帰って少し眠って、仕事再開。
朝に仕込んでおいたロールキャベツが、
いい具合にとろとろになったころ、夕食。

■6月某日
今期のドラマで続いたのは3つで、「ぼくの妹」、「Boss」、「臨場」。
「Boss 」は明らかに当て書き脚本、メンツも「離婚弁護士」とほぼ同じ。
テンポも演技もほぼ同じながら、それでも見られるのは、
天海祐希の見せ方を心得た本書きさんだからだろう。

「ぼくの妹」の魅力は俳優陣。
オダギリジョーは安定感がある。細かい表情がよい。
千原ジュニアも秀逸。ただ、こちらは演技力というよりは、
むしろ彼の素のなかにあった闇の部分をうまく引っ張りだした、
企画勝ちか。
長澤まさみは、もう長澤まさみとしか言いようがなく、
素でもないけど、かといって演技というほどでもない、
あえて言うならタレントのお仕事だった。

「臨場」。可もなく不可もなく。
最後に向かって良くなっている感じ。

よくできた脚本/俳優陣でも、まったくcomic reliefのないものは、
私にはちょっとつらい。
夜眠る前に重いものは見たくない。
ま、一緒に見てる人がいれば、
いろいろ感想を言い合ってそれなりの処理ができるのだろうが、
一人で抱えて眠るのは御免被りたい、というところ。

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日記(5月から6月へ)

 
■5月某日
少し早めの時間のレッスンで、バッハのパルティータの一番。
ぼろぼろ。ま、こういうときもあるわな。
帰りに商店街の果物屋さんでびわを一箱。
肉屋さんで豚バラを200グラム。
和菓子屋さんで豆大福を2個。

■5月某日
終日、雨の予報。
おうちでおとなしく仕事をする。
そら豆ご飯を炊く。残りもの野菜に豚バラをいれた豚汁と。

■6月某日
ようやく晴れ。
雨が続くと、植物への水やりの加減が難しい。
やり過ぎたか、フランスゴムが落葉。あわてて外に出して風にあてる。

午後、図書館の前でAMと待ち合わせ。
10年ぶり?いや、もっとかな?変わらないね。あなたもね。
私が東京に留学していた頃、同じ先生のもとにいた彼女。
下北沢の彼女の下宿(という風情のアパートだった)に泊めてもらったり
したこともあったっけ。

アタマの回転が早く、いろんなことに興味がある。
でもそういう人が学者として大成するのはなかなか難しいのだ。
そのうえ、両親の離婚騒動が3年続いて消耗してしまったらしい。
時間通りに業績を積み上げていくことが要求される、
アメリカの大学のシステムではなかなかいいところに就職というわけにはいかない。
でも、いい大学出の人に有りがちな、「私はもっと評価されてしかるべきだ」
といった恨みつらみもなく、昔からなんだかひょうひょうとしている。
彼女のそういうところが私は好きだった。

相変わらず話しがいろんなところにとっちらかる。
でも、それに刺激されてこちらも、いろんなことをしゃべりまくる。
相手の話がまとまっていないから、こっちもまとまりなくしゃべってしまっても、
あまり気にならないのもいいところだ。

今度はいつ会えるのかわからない。
「早稲田の図書館にアクセスが必要ならいつでも言って」と言って別れた。

■6月某日
朝、書き仕事、午後に読み仕事。
夜はMと神楽坂駅で待ち合わせていると、
留学センター所長のS先生にばったり。

Mとお好み焼きに行き、その後上島珈琲でまたくっちゃべっていると、
再びS先生にばったり。

なんだか、妙な感じなり。

■6月某日
2ヶ月ぶりの医者。血液検査の結果、またコレステロール値が上がり、
動脈硬化の危険性が増大しているとのこと。
そういや、アメリカに行ってる間、お薬のみ忘れちゃったからな〜
新しいお薬をいただき、なんとなく意気消沈して帰る。

■6月某日
書き仕事の合間に、
飯島奈美さんの「Life」のレシピでハンバーグとポテトサラダを作る。
本当にレシピ通りきっちり測って作る。
うみゃい。すっげーうみゃい。
なんてことはないハンバーグなのに、ふっくらジューシーだし、
ソースは懐かしい味。
このレシピ、私の中の殿堂入り決定。

■6月某日
修正した原稿を送ったので、一段落。
とたんに遊びたくなり、
「ねえねえ、天ぷら食べようよ」と友人を呼び出す。
決してお安くはないが、間違いないお味。
銀座で帰りにケーキを買い、ご機嫌で帰宅。
私のストレス発散はやっぱりイブクロの解放らしい。

■6月某日
両親が高齢になって、コンロの火を消し忘れることが頻繁になったので、
京都の実家のキッチンをIHヒーターに代えようと思い、
リフォーム会社をネットで探す。
前、私のマンションをリフォームしたときに使ったサイトで、
申し込んでおくといくつかの会社が名乗りを上げて来る。
それを検討して、選択して、見積もりをお願いするのである。
便利になったもんよねえ。
私は7月はちょっと動けないので、
8月のアタマに見積もりしてもらうことにする。

■6月某日
4時から整体。
友人が先生のもとで整体師になる勉強をしているので、
私はそのお手伝いとして自分の整体をしていただいている。
お手伝いして感謝されて体を直していただけるのだから、
こっちはラッキーである。
で、整体後は友人夫婦と整体師の先生と4人で飲む。
先生がハンパネエくらいの飲み好きなのである。

新宿の怪しいところにある怪しいビルの中の怪しいスペイン料理。
でも料理はすっごくちゃんとしていた。
私はサングリアすら飲まず、
レストランを出てすぐ帰宅したが、
お三方はあと2軒ハシゴされたらしい。

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小石川の家


■幸田文の「あとみよそわか」。
もう何度読み返したかわからない。
自分が何かを書かねばならない、というとき、
それは自分にとって本当に苦しいときなのだが、
ふとそのページを繰って、
書くことが許されていることの幸せを考えるのである。
よし書こう、と思うのである。

■この間、さすがにコンピュータの前に坐っているのにも倦んで、
散歩に出かけた。
デジカメをぶら下げ、スニーカーを履き、水をしっかり手にもって、
伝通院までぶらぶら歩いた。
文京区は歴史の街を売り物にしているので、
そこここに名所旧蹟を示した小さな看板がある。
ふと見ると地図に「幸田露伴住居」とある。

伝通院の門前を右に折れしばらく行くと、
右手に目を見張るような大きな木があり、
塀を巡らせた左側のお家の表札が「青木 幸田」。
ここだ!

幸田文の娘さん、露伴の孫にあたる青木玉さんのエッセイ集に
『小石川の家』があるが、ここがまさにその「小石川の家」であった。
公開などされておらないから、私は興奮を押さえ、
不審者と思われないくらいの節度を保って、
周りを少し歩き、写真をこっそり撮った。

しかし、自宅からこんなに近いところに「小石川の家」があるとは!
あんなに幸田さんの作品を愛読していながら、
そしてちょっと考えて地図を見たらわかったはずなのに、
変なものである。

■私はつねづね「文学散歩」などというものには軽蔑を示すことにしており、
作家の人生とその作品を切り離して論じることに、
自分の知的精力のすべてをつぎ込んできたといって過言ではないのであるが、
実際のところ、ジェイン・オースティンの家に行けば動悸がするほどに興奮し、
こうやって「小石川の家」を見つけたらくらくらしてしまうほど、
作家の人生を夢想するのが好きである。

実は「あとみよそわか」の舞台はここではない。
幸田さんが幼少期を過ごした向島である。
よしそのうち行くぞなどと思ったりするが、
電車に乗るのは極端に腰の重い私。
いつになるかなあ。

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日記(5月分です)


朝、NHKから流れて来るねちっこいアンジェラ・アキの歌を聞きつつ家事。
その後、書き仕事。お昼ご飯にちゃちゃっとオイスターソース味の焼きそばを作り、
街歩きに出る。

てこてこ牛込神楽坂まで歩いてメゾン・カイザーでクロワッサンを買う。
この界隈では一番おいしいクロワッサン。
冷凍保存してもそれなりの味がする。
店内にはフランス語をしゃべる親子(神楽坂はフランス人の人口密度が高い)がいて、
ガキが店のパンに手を出そうとするので、思わず頭をどつきそうになったが自制した。
だが「触ったらアカンで」は言ってしまった。

ガキと動物相手には関西弁が出る。
どれだけ日本語が話せるのかはよくわからなかったが、
私が言いたかったことは伝わったようであった。


快晴。
この間格安で購入した(@東急ハンズ)折りたたみの木製椅子とテーブルを
ベランダに出して、コーヒーとクロワッサンを並べて朝食。
そう!これがやりたかったのよ。
そのためにベランダをきれいにしたのだわさ。

アメリカやヨーロッパのひろーいお宅に住んでおられる諸姉、諸兄は、
この光景を見れば失笑されることであろう。
でもここは土地と家屋のばか高い東京都内、
私にはこの小さな小さな「お外」が分相応。


寒いが快晴。午前中に大学院生の修士論文へのコメントを書く。
すでに仕上がっているものに対して、
これから先を見据えたコメントをするのは好きである。

修士論文であれ投稿論文であれ、それを仕上げている段階ではどうしても、
その学生の現状のキャパを超えたコメントはしにくい。
とりあえず仕上げるためにはどうすればよいか、という、
小手先の戦術に関するアドバイスになりがちだ。
だが、すでに提出してしまった修士論文には、
もっと根源的なコメントができる。
修論とおるためにはこういう言い方は必要かもしれないけど、
そういう風に言ってしまうことで、こういう問題が出て来るから
気をつけるようにね、などということも言えるわけだ。

さて、院生が帰るともう5時を廻りかけ。
やばい、これから整体に中野坂上まで行かねばならぬ。
で、西武新宿線中井まで辿り着いたところで、財布を忘れたことに気づく。
最近はPASMOで移動できちゃうので、今まで財布を確かめなかったのである。
やばい!!
結局改札は「ごめんなさい」で出してもらったものの、
整体の場所まではタクシーで行かねばならない。
で、整体の先生にお金を出してもらわねばタクシーから降りられない。
整体の先生にはこの前のワークショップで一度お会いしたきりである。
でも、この際、しょーがねえ。お電話をして事情をお話し、
大通りまで迎えにきていただいて、お金を払っていただく。
うー恥ずかしい。。。年に三回くらいやるんだ、こーゆーこと。


二ヶ月前に投稿した論文がコメント付きで返されてきた。
あと一ヶ月でこれを書き直し、再査読にかけられることになる。
自分が書いたものに対するコメントを読むにはけっこうな感情的な労力を要する。

読み手を具体的に想像し、「この人ならこのように読んだに違いない、
ああ、なぜそれを私はちゃんと予想してそのような反論を封じるように
書かなかったのか」と臍を噛んだり、「だって、しょうがないじゃん、
はなっから枚数足りないんだからさ」と言い訳してみたり、
ひどいときには「アンタ、ばっかじゃないの!」と毒づいてみたり。
挙げ句のはてに「なぜありのままの私を受け入れてくれないの」なぞと、
恋人への恨み言のような言葉を吐いたりして。

結局、午後の仕事はほとんどこの感情の処理に費やされ、その合間には、
たまたま電話をかけてきた不運な友人にながながと愚痴る、だの、
お笑い番組(それも既に見たやつ)を3つ続けて見る、だの、
ハーゲンダッツのアイスクリームを2つ喰う、だのという破壊的行為に及ぶ。

それでも、たぶんこれを建設的に受け入れて書き始めるまでにはあと2日くらいが必要だろう。
因果な性格じゃ。


朝の書き仕事の合間にシュガーパインの植え替えをする。
ミニバラはいろいろ手を尽くしたが、駄目らしい。
ごめんね、これをくれた留学センターのみんな、と言いつつ、
さようならをする。
そのうちやる、ミニバラのリベンジ。

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落語の「ら」


昔、関西に「らくごのご」というテレビ番組があった。
笑福亭鶴瓶さんと桂朝丸(現ざこば)さんが観客から言葉をつのって、
その言葉を入れ込みながら即席の噺をするというもので、
「ご」は「語」であろう。
即興芸だから落語の「落」の方はなかったりする。

父親が気に入ってよく見ていたが、
私は朝丸さんがいつも器用に噺を作れず四苦八苦するのを見るのが苦しくて、
あまり好きにはなれなかった覚えがある。

鶴瓶さんのうまさとは対極にあった朝丸さんの不器用さも、
言ってみれば興のうちなのであろうが、
一生懸命な失敗を楽しんでいるみたいで、私の性には合わなかった。

(同じ理屈で私は「初めてのおつかい」みたいなのもあまり好きではない。
こういうものは最後に困難を乗り越えるところがいいのだろうけれども、
そこまでの経過を傍観している自分の位置がどうも私は好きでないらしい。
「らくごのご」はそんな予定調和すらないからひたすら私には苦しかった。)


ともあれ、これが極めて貧弱な私の落語経験である。
練り込まれた芸としての古典落語などあまり興味もなかった。
テレビで聞いたことあるのは米朝と枝雀くらい。
そんな私の生活に落語を取り込んでくれたのは、
iPodであり、Podcastであった。

テレビなどに露出がない数人の若手/中堅落語家さんたちによる、
古典落語のパフォーマンスを手にいれて聞くようになったのである。
声そのものがよい人、枕がうまい人、すぐ噛む人、
流暢だけどあんまりおもしろいとは思えない人。
どれもそれなりに味があってよい。

その中に私の好きなお声の方がいて瀧川鯉橋さんと言った。
ネットで調べてみるとその方がゲストで呼ばれている会があったので、
切符を買い求めてみた。

初めてのライブ落語。行ってみるとメインは桂都丸さんであった。
お名前は知らなかったが、お顔は関西のテレビではよくお見かけする。
だみ声ながら芸は素晴らしく、なんとも言えぬ間があって、
関西の間が大好きな私はけっけけっけ笑い通しであった。


さて、中入りがあり、次はお目当ての・・・あり?
瀧川鯉橋さんじゃねえじゃん!
なんと私が購入した会のゲストは、
鯉橋さんのお師匠さんである瀧川鯉昇さんだったのである。
後で知ったところによると、このお師匠さんはなかなか有名な方らしく、
いぶし銀の芸だという評判であった。

たしかに派手なところはないが、
要所要所で毒の利いたせりふで「くすっ」を誘発するその芸には
感嘆させられた。
英語で言うならdry witというやつに近いか。
家に帰ってさっそくいくつか購入したほど気にいった。
めちゃくちゃ愉しかったのだから、「終わりよければすべて良し」である。


自分のポカを正当化するのもどうかと思うが、
そのおかげで、一つ世界が広がったじゃないか。
おっちょこちょいでもたまにはよいこともある。

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「血液循環」のお仕事


今日は朝の書き仕事を止めて図書館に行く。
ついでにスタンフォード大学から来る交換教員の書類を事務所に提出。
ついでに学生のイギリス留学のための推薦状を書いて渡す。

どちらも小さな仕事だが、一方は外から人を受け入れる仕事、
もう一方は内から外へ人を出す仕事である。
私もいろんな人にこうした書類を書いていただいて、
国をまたいで幾つかの教育機関を渡り歩いた。


今の大学に来てからも、私はずっと国境を超えた人の流れが見える場所にいた。
なにしろ就職したのが文学部や法学部とかいういわゆる「学部」ではなくて、
「国際教育センター」という「部署」だったからだ。
ここは以前には「国際部」と呼ばれていて、
一年単位でアメリカからの留学生を受け入れる特別プログラムであった。
専任教員が私を入れて4人という、吹けば飛ぶような部署だったのだが、
あれよあれよという間に再編成につぐ再編成が行われ、
今の私が所属する学部に組み込まれたのであった。

あれよあれよの波に飲み込まれ、いつの間にか私は、
「留学センター」の教務主任ということになっていた。
留学センターは学生の交流を運営するところだが、
国際課という部署の中にあるので、
必然的に教授陣の交流も間近で見ることになったし、
大学のトップの交流のさまも垣間見ることになった。
本当に垣間見ただけだったけど。


人間の健康に滞らない血液循環が必要であるように、
大学にも血液循環が必要だ。

知は異種交流をして初めて進化する。
知は滞留すると退化する。

頭脳が集まり散じ、散じた頭脳がまた機会を得て集まる。
学生も、教員も、そして職員も。


国際交流は今全国の大学のお題目になっている。
だが、それが本当の意味でできる大学は実は驚くほど少ないのだ。
お金も重要だが、お金だけあったって駄目なのである。
資料的リソースや人的リソースがあってこそ可能なのだから。

長い歴史のなかで堆積された資料、
それをフルに活用できる最新のシステム、
活用したいという外からの人々を様々な形でサポートする職員の存在、
そういう研究者や学生を惹き付けるような教員の存在。

日々の仕事に紛れてしまうと、
自分が循環の小さな一部を担っていることを忘れてしまう。
ついついいろんなことが面倒になってしまうのである。
時折、目線を上げて、大きな循環の流れを感じよう。
それはおそらく、海外の有名大学との名前だけの提携を結ぶより、
重要なことなのだ。

自戒をこめて。(ちゃんと書類書きやります。。。泣)

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日記(4月終わりから5月へ)

■4月 <やまびこに乗って>
玄米おにぎりを作り、厚揚げを焼き、野沢菜を詰めたら、
東京駅に出かける。訳あって東北方面へ。
用事を済ませて東京駅に帰ると、
そーだ、Granviaにドーナッツプラントのドーナツ売ってたっけ。
4個ゲット。

■4月 <レッスンでした>
今日のレッスンは圧巻だった。

ベートーヴェンのソナタ第6番を頑張って全部さらっていったが、
第一楽章の最初がなんとなく気に入っていなかった。
でもそれがなんなのかもわかっていなかった。

ところが先生の一言で、その通りやってみると、
コレだ!この音だよ!
全体、すとんとまとまる。あっはっはあ!
チカダ先生、すごいです。

アンドラーシュ・シフさんが「なんでもっとみんなバッハを勉強しないのか」と
言っていたので、ピアノに関しては非常に影響を受けやすいワタクシ、
「今度はバッハやりたいんです」「んじゃ、パルティータの1番ね」「はーい」

いいお天気なので、死にそうになっていたミニバラをバラ用の土に植え替える。
クリーニングをピックアップし、めひじきと卵を買い、ついでに振込をして帰宅。

■5月 <身体を整える>
朝、早めに起きて書き仕事に一段落つけたところで、中野へゴー。
今日は武術家であり整体師でもある荒井先生の身体ワークショップである。

知り合い数人でやるのかと思っていたら、
太極拳のクラブのようなおばさまたち、先生のお弟子さんだという若い柔道家青年たち、
バレエをやってるという見目麗しき少女たちがいて、総勢30名ほどであった。

先生の指示に従って体の部位を意識しながら、曲げたり歩いたり。
先生の基本は武術であるからして、腰を落としてすり足でお歩きになる姿勢は、
まさに日本舞踊とかお能のそれである。
対してバレエの少女たちの動きは美しいが、腰の位置が先生のとは異なっている。
ポイントがわずかに上にあるのだ。
だから先生のおっしゃるような地に近い動きをするのに苦戦している。
そりゃ、天高く飛ぶ踊りなんだもんなあ。

太極拳などは近いのかと思ったが、どうやらそうでもないらしい。
おばさまたちもそれなりに苦戦しておられる。
考えてみりゃ、太極拳は歩かないもんね。

しかし、バレエでも柔道でも太極拳でもない私たちのグループが、
もっとも苦戦していたのは言うまでもない。
体を持て余してぎっくりしゃっくり歩いては、お互いを見て苦笑。

でも体を曲げるいくつかの動きは、ヨガにもある動きである。
なるほど、勉強になりました。

■5月
朝は書き仕事、午後は読み仕事。
お天気が悪いので、買い物にもでなかった。
家にいてスクリーンを眺めていると、やることは一つ。
通販の買い物である。

シフのパルティータ全曲のCDをまず買い、
ミネラル・ウォーターを買い、おやつ(ダイエット用の)を買い、
すでにお店で試着しておいた靴がセールになってたのを買い、
とここまではとりあえず必需品。

あとちょこっと趣味に走って文房具やさんをのぞき、
2ミリの芯ホルダーを購入。

もちろん、このほかにアマゾンのマーケットプレイスと「日本の古本屋」のサイトで、
今している書き物関係のものをがんがんとオーダーする。
これやると、書くモチベーションが上がるんだよねえ。

■5月
朝は書き仕事、午後は読み仕事。
間の休憩で、ダイソンくんをかける。

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見舞う


訳あってある方の入院のお見舞いをしたいと思った。
なにを持っていくべきか。

スタンダードは花だろうけれど、人付き合いの多い方である。
花はもうたくさんもらっておられるかもしれない。
それに知らない街まで行かねばならないので、
センスのいい花束を作ってくれる店など知らない。
とりあえずゴージャスだったらいいだろう、と言わんばかりに詰め込まれた花束は、
私は大嫌いである。


母に相談をした。
「なんか香りもんがええんちゃう」と即答が帰ってきた。
「なんで?」
「前に贈ってすごい喜ばれたことがあんねん」

入院となると服の着替えなどはままならない。
しかし、日常より多くの他人に会わなければならない。
もちろん病人なのだから着飾ってる必要なんかないのだが、
やっぱり何か「着替える」という行為に代わることがしたくなるだろう、
そのときのために「重宝したはってん」という。

なるほど、とは思ったが、香りを選ぶというのはなかなか難しい。
好みがはっきりしているからだ。
香水は強烈すぎて病人には向かないだろう。
純正のアロマオイルは医療効果もあるらしいので、
治療のさまたげになってはいけない。

ルームスプレイにもなるオーデコロンで、
できるだけ自然の香りに近いもの。
結局、フィレンツェの修道院で中世以来の製法で作られているという、
ふんわりとした香りのオーデコロンを選んだ。


ただ、買おうと思っていた小瓶がなかった。
入院の期間内に使い切るのは無理な量を買ってしまうことになった。
香りと記憶は密接に関わりあっている。
病気の記憶が香りになって元気になった後にも残るのは、
いかがなものか、とお見舞いから帰ってから考えてしまった。

その点、生花はよい。短命だからである。
病室を去るときに惜しげもなく捨てていくことができる。
そうか、習慣には本当に理由があるのだな、と思ったことであった。

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日記(狂乱の4月中旬)

■暖かし。外へ出てベランダの整備をする。ブサイクなエアコンの室外機をカバーするものを買ったので、それをまず設置。そして、ガーデンタイルというのだろうか、床に敷き詰め、植物の鉢を設置。ちっこいちっこいマンションのベランダだが、とにかくここで植物を眺めながら本を読めるよーにするのだ。コーヒーなぞいれて、サンドイッチくらい食べられるよーにするのだ。狭くったっていーの。となりにごっそり洗濯物があったっていーの。うー、なんか鳥が巣作りしてるみたい。卵を生む予定はないけどね。

■朝、図書館へ。遅れていた出張報告を提出して、ちょこっと同僚の先生と打ち合わせをする。サバティカルだけど、運営業務ゼロというわけにはいかない。こういうとき、さっさと外国にトンズラしちゃえばよかったなとも思うけれど、「巣」にいるのが大好きなので離れたくない。アメリカに行くのすら面倒になっている怠惰なワタクシである。

■注文していたダイソンの掃除機到着。すっげえ、床に吸い付いてるよ。朝、古い掃除機で綺麗にしたはずなのに、白っぽい細かいものがどんどん溜まっていく。ゴミが溜まる部分が透明になっているので、よくわかるのである。ハウスダスト・アレルギーがひどくなっている私にはこの溜まる感じそのものが快感。ケチらずに早く買えばよかったよ。

■「金魚」、東京に到着。神楽坂の駅で待ち合わせて軽い食事を購入し、家に向かう。おいちゃんが金魚に私へのおみやげを持たせてくれていた。挿絵つきのPride and Prejudiceのハードカバー。わーい。ありがと、おいちゃん。夜は居酒屋で尽きぬ話を肴に金魚と飲む。女としての来し方、ゆくすえ。学者という職業の喜び、苦しみ。親のこと。友人のこと。振り返れば13歳からの付き合い、よくも続いているものだと思う。

■リハーサルに向かう金魚を送り出し、私は大学へ。卒業生に会うのである。Sくんは今は東大で私の師匠についている。戦後文学をやりたいというので話を聞いたが、かなり苦しみあがいている様子が見てとれた。東大の大学院と言えば将来の心配などないように人は思うかもしれないが、精鋭が集まるところにはそれ相当のプレッシャーがある。アドヴァンテージもあるが、その一方で放り出されてしまえばなかなか潰しの利かない道である。だが、はたからは何をしてやることもできないし、何かしてやることが本当にいいことかどうかもわからない。自分でなんとかするしかないのである。知識の海は本気で乗り出せば膨大で、沖に出れば出るほど恐怖もつのる。恐怖のコントロールも修行のうちだ、と半分は自分に言い聞かす。

Sくんが帰る前にもう一人の卒業生Cくんが来る。Cくんは正確に言うと卒業生ではない。ウチの学部を卒業せずに他大学に移ってしまったからだ。まったく分野違いの理系に進んだのだが、今は4年生となって就職活動をしているという。「え?研究者になるって言ってなかったっけ?」沈思黙考型の彼、研究者向きだと思っていたのだが。学問の道はどうも自分のやりたいこととは違うと気づいて、料理人になるという。「え?りょ、料理人?」始めは面食らったが話を聞くとヴィジョンはしっかりしていた。イギリス留学の経験がしっかり彼の中に根付いていて、そのヴィジョンを支えていることもよくわかった。そうか、私の学生の中から料理人が出るか。なんだか妙に嬉しい。早稲田の名割烹『松下』のおやじさんも「料理人は頭がよくなくっちゃだめだ」と言っていたっけ。「僕の集大成です」と言ってCくんは、大学で書いたというレポートのコピーをくれた。私のゼミに彼はいなかったけれど、「<ことば>ゼミ継続中」のうちの一人に違いない。

■さて、今日は金魚のレクチャー・コンサート本番。さすがの金魚も少々あがり気味か、ちょっと早口になっている。前半は知識不足の身には情報量が多くて、なかなかプロセスできず、正直言ってなかなか厳しい内容だった。しかし、後半になって話の道筋が見えてくると、ああなるほど、なるほど、と深くうなづかれた。文化や時代によって異なる「狂気」の表象の系譜。なかなか魅力的な題材ではある。それにしても学者が自分の研究内容を同じ畑にいない人たちに話すのは難しい。たしかに業界内での研究発表も神経がすり減るものだが、所詮は同じ文法を共有している人たちとの対話である。今回のレクチャーコンサートはそうではない。こういう場では、何を伝えるかということよりも、何を伝えないかが勝負になる。正確さを競う学者内の言語とは相容れない、ある意味においては「不正確な」言語を使うことを余儀なくされる。そうすることによって、何かを伝えるのである。業績としてはほとんどカウントされないこうしたコンサートをするのは、よほどの情熱と信念がなければできない。続けていってほしいと心から思う。

さて、今回のレクチャー・コンサート、「コンサート」部分は、チェンバロと歌である。近江楽堂の天井に、澄んだチェンバロの音がかーんと抜け、そこに硬質でありながらしなやかな歌声が重なる。「ちょっと響き過ぎ」だったそうだが、私には夢のように気持ちよい演奏であった。大ホールのオーケストラにはない、サロンの音楽体験。

■金魚は名古屋へ旅立ち、私は京都へ旅立つ。京北町に着くころにはへろへろになる。早々に離れに引き取り、爆睡。

■母の運転する車で京北町を出発、御所脇の安ホテルにチェックインする。安ホテルだから外国人でいっぱいである。フロントは全員流暢な英語をしゃべり、外国人慣れした丁寧な説明をしていて好感を持つ。建物こそ確かに古いが部屋は清潔だし十分な広さである。これはいい。夕方、あずき色の電車で高槻に向かう。金魚のレクチャー・コンサートの最終日、高槻現代劇場へ行く。会場に着くなり、高校卒業以来30年ぶりくらいにH出さんに出会う。おお、O村さんも。B野はなんと大学生になった娘さん連れである。Aちゃん、N西くん、Y谷くんは、高校時代に知り合った男子校の友人。母をほったらかしてロビーできゃーきゃー同窓会。

コンサート後の打ち上げは、総勢15人ほどになった。場所は急遽Y谷くんたちが駅前の居酒屋を探し出してくれた。ミクシのお知り合いやら、そのお兄様やら、同級生やら、金魚の大学時代の後輩やら先輩やらも入り乱れ、そのうち後片付けを終えた演奏者お三方も合流し、こてこての関西ノリが炸裂し文字通り「狂乱」の宴に。私がホテルに帰ったのは夜中。むろん母はもう眠っている。こっそり隣のベッドに滑り込む。

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AAS@シカゴ

■無事、シカゴに着きました。こちらはさすがに寒いです。飛行機のなかでは、三宅花圃の「薮の鶯」を、甘ったるい声でおんなのひとが読み上げるのをiPodで聞きながら、けっこう眠れましたので、体調は悪くありません。ホテルの部屋はかなり古い感じがします。あなたもご存知だと思いますけどシカゴ自体がかなり古い街なのです。Aたちとも同じホテルです。「あんまりおなかすいてないね」「でも夜中におなかすいちゃうからサラダでも食べようか」なんて言っていたのに、結局入ったところはホテル内のステーキハウスで、そうするとそこは日本の朝だからけっこう元気がでちゃって、やっぱり肉を食べようかってなって、三人ともミディアム・レアの肉の塊をがっつり食べたのでなんだか可笑しくなりました。

■前にも説明した通り、AASというのは北米の最大級のアジア関係の学会で、パネルの数も半端じゃありません。中国研究も韓国研究もインド研究もある、文学も経済学も歴史も社会学もある、といった具合でさながらデパートです。でも、それぞれが縦割りなので、知り合いでもいない限り、日本研究の我々がインド研究のパネルを聞きに行くというようなことはほとんどありません。一時はcross-cultural panelといって、地域横断的なパネルを優先的に取り上げようとしたこともあるようですが(私も一回Aにそういうパネルに招いてもらったことがあります)でもなかなか難しいです。そこそこお互いに知識がないと、結局深みのある議論はできずに表層的なことに流れてしまいます。今日は、朝8時半にがんばって起きて明治の翻訳に関するパネルに一つ行きました。あのBret de Baryさんがdiscussantだったので。あの人の言葉の選び方が私はやっぱり好きですね。安心感があります。自分の原稿、相変わらず気に入りません。パネルに行く以外の時間に、まだごちゃごちゃいじったりしています。わかってます、わかってます。悪い癖だって言うんでしょ。自分でもわかってますってば。でも嫌なんですよ、自分の原稿が。でも今回これを書いてみてよくわかったのが、自分は占領下の検閲の問題にあまり興味がないってこと。ああ、こういう言い方はだめかな。興味のあるアングルがまだ見つかっていない、と言った方が穏当かな。これから夕食に行きます。また、明日。

■人前でしゃべるのが嫌いなのになんでこんなことやってるのかな、ってよくあなたに愚痴ったものだけど、朝からまたそんな気分に圧倒されてました、今日は。iPodに付いているストップウオッチで発表時間の確認を朝からやってました。前回の昭和文学会の発表のとき、時間配分を間違えてすごく恥ずかしい思いをした(プロのお仕事として「時間を守る」「構成のある発表をする」「メリハリのある喋りをする」が最低ルールだととりあえず思っているので)から今回は慎重を期しているわけです。発表は5時から。まあもう自分の発表については特に言うことはないです。あまり有意義なコメントももらわなかったし。ただ、同じパネルにね、文化人類学者のTom Looserがいて、この人がプレカリアート関連の発表をしたのね。内容は今一つ私にはよくわからないところがあったので、あなたのために上手に議論を再現してあげることはできないんだけど、ひっかかったのはその後、彼がプロレタリア文学を専門としているある学者と話しているのを、隣に坐っていた私が聞くともなく聞いていたとき。“What is going on in Japan now is really interesting“ とその研究者は興奮した口調で言っていて(もちろん、一連のプレカリアート運動のことね)私、なんとなくムカッときたの。Interestingってなによ、って。一瞬のことで、私はムカッときた自分にびっくりした。あとで整理してみると、たぶんこういうことだよね。その研究者にとっては「興味ある研究対象」であるところの貧困と労働運動は、私にとってはもう少し具体的なもので、それは私が飯田橋でBig Issuesを買うホームレスのおじさんとか、内定取り消しされちゃうかもしれない学生たちとか、行ってみたいと思いながら行けないでもんもんとしている新小川町とか、私に絵を送ってきてくれた日系ブラジル人の子供とか(まあ、それもカラーコピーだったけど)でしょう。つまり私の「ムカッ」は、「アメリカの研究者であるあなたには机上の研究対象でしかなくても、私にとっては具体的なものなのよ」という感情から来ていて、さらにそれは突き詰めると「あなたより私の方が当事者性が高いのよ」ってことなわけよ。そこまで考えて私は自分に突っ込みを入れてしまったよ、「いったい、アンタは何様で当事者面しよっての?」って。日本だったら逆立ちしても当事者面はできないのに、アメリカの研究者相手に当事者面してしまう、このお下劣な根性。それに私はずっとあなたに「当事者言説のうさんくささ」についてぶってたよね。私だって、「自殺願望も持ったことないのに太宰治を研究しようなんて」みたいな非難にうんざりしてきた経緯があるわけだし。ああ、でもこういう「自分」の「一瞬の」「感情」分析の言説それ自体が、私が批判していたはずの90年代の岡真理さんチックだとあなたは笑うでしょう。その通り。で、当事者性ってのは比較においてしか成立せず、したがって(発話者が意識しているいないに関わらず)戦略的なものなのだから、「当事者でない」ということを戦略的に使うことも場面によってはまたあり、というか、それを使わないと「連帯」の言説それ自体が存立しない。少なくとも、私は当事者性を実体化するところにだけはいたくないので、こういうことをあなたに向かって垂れ流しているわけです。こんな風にだらだら書いているってことは、まだ発表の興奮が残っているんだね。長文、失礼しました。

■大会の目玉、東浩紀さん、宮台真司さんのパネルを見ずにシカゴを出ます。パネルそれ自体よりも、アメリカという場所で自分の著書の英語訳という他者を目の前にした経験を、東さんがどのように言語化するか、の方に興味があるので、それはまたおいおい彼の著書なりブログなりで見せていただくことにしましょう。吹雪いています。これで飛行機が飛ぶのかな、とも思うけれど、これしきでMidwestにある空港が閉鎖していてはどうしようもないはずなので、まあ飛ぶでしょう。で、「批評」をLiterary theoryって訳してしまうことにはとんでもなく違和感があるのだけど、この二つの間の径庭についてはまた日を改めて。このごろは、チェックアウトのためにフロントに並ぶ必要ないんだよ、知ってた?

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きまりごと

決まりごとが嬉しいというのも、年をとった証拠かと思う。

3月の最終週は、年に一度の恒例イベント、
Association for Asian Studiesという学会のためにアメリカに出かける。
去年はアトランタで、今年はシカゴだが、特に観光をするでもなく、
学会の開催されるホテルから出るのは食事に行くときだけ、という、
簡素な出張である。

アメリカに行くのは面倒くさい。
研究発表をするわけだからそれなりに準備もせねばならないし、
英語だから日本語よりも時間がかかるし、
東西に飛ぶのは時差があって体がえらいし、
大嫌いな空港を通過しなければならない。

特にこの面倒くささに見合う実益があるわけではない。
人に理由を聞かれたら、
「北米に日本学研究者に私の存在を忘れられてしまわないため」と、
それらしい理由を用意してはあるものの、
私はもともとそのような野望が必要な場所にはいないし、
場所がないのにそのような野望を持つような性格でもない。
もし本当に忘れられたくないのなら、
ちゃんと英語で著書の一冊も出す努力をすればよいのである。

だがまあ、一緒にパネルをやらない?と声をかけてくださる方がいる時は、
素直にそれに乗らせてもらって、この面倒くさいことを、
面倒だ面倒だと言いながらこなすのが、
決まりごとの喜びというものであろうと思う。

春のお花見、秋のもみじ、3月のAAS。
あまり満足のいっていない発表原稿を抱えて、さて出発。

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日記(3月後半)

■肩凝り悪化、神楽坂の整体に行く。いつもお願いする方は、お顔になんとも迫力のある傷をお持ちの整体師さんなのだが、その指先の繊細さは他の方の比ではない。体を預けてもみほごしてもらう。久しぶりに晴れているので大々的に洗濯する。上の階の子供がピアノを練習しているのか、ブルグミュラーが聞こえて来る。

■私の仕事は朝の部と夜の部に分かれていて、朝には書き、夕方から夜にかけては読む。といっても、ずっと集中しているわけではなく、仕事の合間にシチューを煮込んだり、アイロンをかけたり、時にはマフィンを焼いたりする。書き物の進むスピードは至極遅く、一日に気に入った段落が二つ書ければいい方である。三月末の学会発表では全部で18段落にする、と決めてあるので、とても順調にいっても書き始めてから9日はかかることになる。でももちろん9日で終ることなんて、断言してもいいけど、ない。晩ご飯はレタスの豚肉巻き。ショウガ焼きみたいな甘辛いたれで。

■晴れて暖かなり。窓辺のミニバラが一つ咲く。どうも、集中力がない。もともとある方とはいえないんだけど、これはなんなんでしょーか。夜は友人と居酒屋。久しぶりの外食だ。山菜の天ぷら、野ぜりのおひたし、ほたるいかとうどの酢みそあえ、鯛のカブラ蒸し。春満載。

■今日はピアノのレッスンがあって仕事が中断されてしまうので、早めに起床して仕事を始める。15番目と16番目の段落で詰まっていて、足踏みももう3日目になる。外に出るとコートのいらない春陽気。シューベルトの四手連弾の幻想曲、慣れてきましたよ、少しずつ。相手を聞いてしまうと逆にだめなんだな。NHKでアンドラーシュ・シフのピアノ・レッスンをやっていてそれがえも言われぬ素敵さだったので、先生ベートーベンをやりたいですぅとおねだりし、ソナタの6番を来月持っていくことに。かわいらしい、こじんまりしたソナタ。スタジオを出るとぽかぽか陽気に誘われて、ついついお散歩、気になっていたケーキ屋さんに入り、2つほど買って帰る。

■じゃがいもが余っているので、シェパーズ・パイを仕込み、オーブンで焼きながら、勢いをつけて17段落目と最終段落を書く。急いでプリントアウトし、ツナとインゲンをマヨネーズであえたサラダを食べて、推敲にかかる。途中で、自分の文章に嫌気がさして放り出す。このところお散歩の友のiPodで、BBCのWorld Book Clubとか、New York Times Book Reviewのインタビューなんかをpodcastを聞いているので、少しは英語の勘が戻ってきているのか、自分の書いている文章がすっげえ気に入らない。フラストレーションが溜まって、近所のコンビ二にハーゲンダッツを買いに出かける。

■朝、気を取り直して推敲を続ける。3時に友人Lにネイティブ・チェックをお願いしている。ナッツ好きのLのために、途中の地蔵通り商店街でナッツのお菓子を買い、今にも降りそうな空模様の下、早稲田に向かう。夕食は神楽坂のお好み焼きやさんへ。もちろん、私のおごり。海鮮デラックスを奮発するなり。

■テレビをつけたら、飛行機の機体がひっくり返ってぷすぷす煙が出ている。ひえ、成田?ひえぇ強風で?ああ、見たくなかったよ、こんな映像。あさって、乗るんだよ。。。現場検証が終るまで滑走路は閉鎖だろう。ダイヤも混乱しているだろう。ちょっと早めの成田エクスプレスを購入する。なんか気落ちしたので、さっぽろ一番を卵と煮て夕食。

■スーツケースを詰め、植物に多めの水やり。どうやら滑走路はなんとかなりそう。無条件降伏論争と占領期検閲について書いた発表原稿と資料、コンピュータは手荷物へ。ガスの元栓を切り、戸締まりを確認して、さてでは行きますか。いってきま〜す。

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今一度のご案内

もう一度、レクチャー・コンサートのご案内をする。

雑歌屋HP

ここを見ただけでは、クラシック音楽にあまり興味のない人は、
ちょっと足を運ぶところまではいかないかもしれない。
だが、下の記事を読んでいただければこの講演会が、
「文化を記述するとはどういうことか」という、
21世紀において人文系の学問をしている人間にとって、
とてつもなく大きく、かつ、重要な問題にリンクしていることが、
わかっていただけると思う。

講演者の松本直美さんは、私の高校時代の同級生だが、
そのつながりだけでこの案内を引き受けているわけではない。
松本さんの「音楽を文化の一表象として捉えるという視点」が、
私の文学作品を分析する際の問題意識と明確にリンクし、
「一楽曲の背景になる脈々と続く『文化伝統』を、
そして楽曲と芸術の他分野あるいは社会機構との関連を、
意識したnarrativeを試みる」という語り口が、
今の人文学関連の研究すべてに共通するあるアプローチを示現していると
考えるからだ。

<ことば>ノートを覗いてくださっている人たちに向けて特別に書いていただいた、
松本さんのメッセージをまずは読んでほしい。
そして、文学を学問的にやろうと考えている人、
文化表象について考えようと思っている人は、
ぜひ足を運んでほしいと思う。

私と一緒に行きたい方、メールで連絡ください。
一緒に行きましょう。
こっそり行ってみたい方は雑歌屋のHPからチケットが購入できます。

<講演者 松本直美さんからのメッセージ>

■日本で西洋音楽を学び演奏家を目指した私は「なぜ日本人でありながら西洋音楽をやるのか」という問題を抱えながら活動していました。邦楽に全く素養の無い私(あるいは同様の背景を持つ大部分の日本人)には西洋音楽は「他者the Other」と決め付けられない位置にあります。とはいえ西洋音楽を自分たちのものとして定義することもできません。そういった問題意識は特に「伝統」「様式」が問われる古楽(過去の音楽をその時代の楽器・奏法で再現する)を始めたときに強くなり、それを追求するためにロンドンに留学することになりました。

■最初は演奏家として音大で学びました。そんなある日レッスンでパーセルの「狂乱のべス」を歌っていたとき、指導教授に「なぜ当時こういう奇妙な題材の曲(狂乱歌)が多数書かれたのか」を質問したんです。ところがその分野の第一人者であった彼にもうまい回答はできませんでした。この「なぜ」を追求することが私が抱いている問題意識解決への手懸りになるのではないか、と考えた私はこれをテーマに学術的研究を始めることにしました。

■音楽学者として狂乱歌・オペラにおける狂乱の場を研究して10年近くになりますが、結論的にいうとまだ「なぜ」という問題の回答は出ていません。「西洋音楽の定義」も当然、曖昧模糊としたもののままです。ただ、音楽をその音響現象としてだけではなく、文化の一表象として捉えるという視点が出来、一楽曲の背景になる脈々と続く「文化伝統」を、そして楽曲と芸術の他分野あるいは社会機構との関連を、意識したnarrativeを試みることができるようになりました。Clifford GeertzのいうThick Descriptionの私なりの解釈です。

■今回のレクチャーコンサートはまさしくこういった狙いから生まれました。本年、奇しくも共に記念年を迎えるイギリスバロック期を代表する2大作曲家・ヘンデル(1685−1759)とパーセル(1659−1695)の作品を中心とした狂乱歌の文化背景を、史料や絵画のスライド映写と解説、古楽様式の生演奏で綴ります。レクチャーコンサートという形態には色々なものがあると思いますが、私共の主眼は「どの楽曲が誰によって何時書かれたのか」ではなく、詳細な背景から皆様とご一緒に「なぜ」を探ることにあります。音楽の好きな方のみならず、様々な形で「文化」というものを考察していらっしゃる多数の方々のご来場をお待ち申し上げております。

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『春琴』@世田谷パブリックシアター

一秒として退屈せず。

原作の力量に、演出、装置、俳優陣の力量が見事に釣り合い、
それはもう、奇跡のような舞台であった。

谷崎が複数の言語を縦横無尽に操って織りなす、
異なった時空間を観客にすべて体感させる演出。

最小限に押さえられた装置が、その自由を担保し、
文楽人形の、本質的なフェイクさと奇妙なリアルさを、
深津絵里の声が引き出す。

これほどまでに繊細で知的な『春琴抄』の解釈を私は知らない。

『春琴抄』をお読みになっていてまだこの舞台をご覧になっていない方、
なんとか、なんとか切符を手に入れて、
世田谷パブリックシアターに駆けつけられよ。

(演出:Simon McBurney、主演:深津絵里)

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