日記(2月もなかばで)
■2月
パソコンを購入しに、ビックカメラへ。
私は名だたるcomputer idotなので、
こういうお店は鬼門である。
売り場のおにいさん・おねいさんが怖くて仕方がない。
「こいつ、こんなことも知らないよ」と眼が言っている
ような気がする。
「お前、入る前から腰が引けてるでぇ」
と、飯で釣ってついてきてもらったコンピュータに詳しい友人。
「だって怖いんやもん!」
「博士号持ってんねやろ、胸はれや」
「うるさいわいっ!ソレとコレとはちゃうの!」
「ごによごにょ言うとらんとさっさと行かんかい」
「ふぇええ」
ってなやりとりの後、おにいさんのもとへ。
教えられた通りにしゃべったのに、なにやら足りないらしく、
結局友人がおにいさんとなにやら私のわからぬ言語で話し始め、
おにいさんは私をまったく見なくなってしまった。
最初からそうすればよかったんやんか、ふん。
■2月
入試。
朝のぱきっとした光を見て、よかったと思う。
雪が降ったら受験生も大変だっただろうけど、
こっち側の心労もなかなか大変なものだったはずである。
やっと解放されて、お弁当をいただいて帰宅。
おうちでお澄ましを作って、お弁当をむぐむぐ食べて、
ホット・カーペットの上で大嶽秀夫著『新左翼の遺産ー
ニューレフトからポストモダンへ』を読んでいるうちに、
そのまま爆睡する。
自分で思っていたより、緊張していたに違いない。
入試で緊張するのは受験生ばかりではないのである。
■2月
朝、Rey Chowの最新作The Age of the World Target の序文を読む。
数日後にAとスカイプで本の印象を話し合う予定なので、
珍しく辞書など引いてきちんと読む。
学生運動が完全に制圧されてしまった後の日本で思春期を過ごし、
文学の勉強を1990年代初頭に北米の大学院で始めたことは、
私の中に決定的な刻印を残している、と最近思うようになった。
ポスト構造主義的な言語体系が人文系アカデミズムを席巻した後、
それがポストコロニアリズムの台頭によって、
急激に悪者にされていくその転換点に私はいた。
これは別の言い方で言えば、
抽象的な理論の言語が急激に政治化された言語に取って代わる、
そういう転換点でもあった。
またその「政治化」が人種に関わるものであったがゆえに、
「アジア系」の出自を持つ私は否応なく、
その流れの中に放り込まれた。
だから(なのかどうなのかも実は定かではないが)
私は未だに政治化された言語にも、
非ー歴史化された抽象的な言語にも、
うまく立ち位置をとれないままだ。
スタバのラテの泡をずるずる穴から吸い上げながら、
私の心はともすれば本から離れ、
自分の大学院時代へと飛んでいた。
しかし、思考するとは、時代の刻印を認識することであると同時に、
そこから脱出しようと試みることでもある。
ああ、あれから、私、なにを考えてきたんだろう。
あれから私、ちゃんと思考してきたといえるんだろうか。
この前本やで見た本の腰巻きには、
「現代思想は死んでません」と書かれていた。
Rey Chowのこの本もポスト構造主義は死んでいないと言いたげだ。
(もっとも日本語に言う現代思想と英語に言うpost-structuralismは
かなりニュアンスが異なるのだけれども)
私は、私はどう言えばいいのだろう。
■2月
朝、Aとスカイプ。
昨日の残りの白菜のミルフィーユ風(豆腐ととりのひき肉を挟んで蒸してある)で、
軽く昼食をすませ、なんだか寒い街に出る。
池袋のジュンク堂でどっちゃり本を買うと、
4階のカフェでのコーヒー券をくださったので早速行く。
私は新刊本を持って入って読むことができるという、
ブックカフェとやらが実は苦手である。
コンピューター音痴なだけでなく、
私は超ド級の粗忽者なのである。
気取ってブックカフェなんかに入ろうものなら、
新刊書にコーヒーをぶちまけることになるのは眼に見えている。
結局、カフェではメモを広げて論文の枠組み作りをする。
■2月
格闘中の論文をAが送りつけてきたので読む。
読み終わると、スカイプでコメントをする。
便利な世の中になったよねえ。
電話でやるより、やっぱり相手の顔が見えるのはよい。
タダだしねえ。
そうこうしているうちにお散歩タイム。
今日はバスに乗り込み、高田馬場へ。
カフェのソファにからだを埋め、『新左翼の遺産』読了。
「ニューレフト」から「ポストモダン」をつなげてくれるのか、
と思って読み始めたのだけれど、既知の情報ばかりのうえ、
整理の仕方もいまいち。
で、あまり得るところなし。
■2月
朝のキョージュカイ。
10月の領収書を今ごろ事務所に出し、
職員のWさんに「もー、先生は!」と怒られる。
生協のトラベル・センターに行き、
4月の学会のための飛行機チケットを購入する。
プリンストンに寄ってからアトランタへ行こうと思ったら、
ストップ・オーバーがアトランタしかない、という。
だから結局成田からアトランタへ直行し、
そこで降りずにニューアーク空港へ行き、
プリンストンに数日泊まって、
学会のあるアトランタへまた戻る格好。
友人たちに会えるのは楽しみだが、
13時間以上飛行機乗ると思ったら、
それだけでかなりユーウツになるのも正直なところなり。
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Comments
>大嶽秀夫著『新左翼の遺産ーニューレフトからポストモダンへ』
読まなくてもいいということにします(笑)
わたしは1988年からの10年間がすっぽんと抜けているのです。
わたしの失われた10年です。
気がついたら、カルスタ、ポスコロになってました。
今となっては「あっしにゃぁ、関わりのねえことでござんす」といってしまえる暮らしなんですが。
Posted by: 竹薮みさえ | February 23, 2008 at 11:39 PM
>わたしは1988年からの10年間がすっぽんと抜けているのです。
>わたしの失われた10年です。
なるほど。そういう時期ってありますね。
私は自分がもともと持っていなかった「政治の季節」の感覚を、
自分の身体に持たせてみようとして頑張っていた時期がありました。
(むろん、書かれたものを通して「歴史として」ですが)
なかなか厳しかったです(笑)
英語よりもはるかに外国語でした・・・
時がくればその頃のお話を、竹薮さんにも伺ってみたいものです。
>読まなくてもいいということにします(笑)
いやいや(笑)
社会科学系統の方はまた違った印象を持たれるのかもしれませんよ。
竹薮さんなら「市民運動」との関わりなども、
私とはまったく違った感触をお持ちかもしれません。
Posted by: richico | February 24, 2008 at 08:42 AM