日記(忘れた頃のぽかぽか陽気)
■3月
学会発表原稿かきかき。
今回は英語での発表だが、読んでる資料が日本語なので、
下書きを書くときは日本語と英語がごちゃ混ぜのものになる。
全部日本語で書くと、
論理の順番まで日本語チックに構成されるらしく、
後で英語にするとき相当書き直さなくてはならなくなり、
時間がかかってしまう。
だが全部英語で書こうとすると、
書くことそれ自体に時間とエネルギーをとられ、
思考の流れが止まってしまう。
このメモをそのまま声に出して読むとまさに「ルー大柴」、
「薮からスティック」状態である。
だから最近ではこれを「ルー・メモ」と呼んでいる。
「ルー語」は純粋に日本語でもないしかといって英語でもない。
長年にわたる「アメリカ出身日本在住ときどきアメリカ訪問
日本文学者生活」で編み出した中間言語である。
よく人から「英語と日本語のどちらで考えているんですか」と聞かれる。
ハイ、ルー語ざんす。
■3月
今日は朝から大学仕事。
明日、留学準備講座のビデオ撮りをするのでその原稿を、
純粋日本語で書いている。
次、そのためのパワーポイント作り。
次、学生の推薦状。
次、助手の方の推薦状。
ふウ。
午前中が終わっちゃったよ。
午後は池袋東武へ一保堂のほうじ茶を買いに出る。
椿屋でコーヒーを飲みつつ、本を読む。
大学仕事だけで一日終わると頭がアホになるからね。
■3月
アメリカ行きのチケットを購入し、出張届けを提出し、
留学準備講座の内容について同僚L氏と打ち合わせて、
ビデオ撮りをしにタワーの地下へ。
うわぁ、機械に囲まれた地下室だよ〜
怖いよ〜
ビッグカメラのおにいさんにびびる私は、
もうすでに腰が引けているが、
メディア・ネットワーク・センターの職員の方が、
ちょいと私の好みだったので、気を取り直す。
目の前の巨大なスクリーンに私の原稿が映し出され、
前を見ながらしゃべれるようになっている。
「カウントをしますが、5、4、3の次は言いませんので、
そのリズムで自分で2、1、ゼロをカウントして話始めてください」
そう言い残して、彼は私を残して別室へ去っていった。
ああ、行かないで。私をこの部屋に一人にしないで。
で、やりましたよ、ちゃんと、15分。
留学制度についてご説明させていただきました。
最後には教師らしく説教して終了。
画面、チェックしますかと聞かれたけど、
顔のシミ見たくなかったのでお断りして退出す。
■3月
教授たちのながい会議。
黙ってようと思ってたのにしゃべってしまい、
会議を長引かせた犯人の一人は私です。
みなさま、ごめんちゃい。
そのままリーガロイヤルホテルのパーティに流れる。
私の授業の学生をどさどさ送り込んでお世話になった、
ライティング・センターのSさんの送別会なり。
お礼に行く。
■3月
朝、病院で採血。
この一ヶ月、毎日おりこうにして薬を飲んだので、
悪玉コレステロール値は劇的に下がっているはずである。
直後に、東西線で日本橋に向かい、
友人たちと「たいめいけん」でランチをする。
タマゴなんか4個くらいはかるく使っていようか、
という禁断のオムライス。
おいひィ。
いいよね、またちゃんとお薬飲んで、
コレステロール値下げる努力をするからさ。
その後、マンダリンオリエンタルの千疋屋に行き、
至福のイチゴパフェをぱくつきつつ、おしゃべりをする。
さすがに夕食は抜き。
■3月
ふたたび、友人とランチ。
神楽坂のイタリアン、「アルベラータ」でした。
この友人もおいしいもの好きなので、
一緒に食べるのが楽しい人である。
しゃべり足りずにカフェに移動して話し込み、
気づいたら4時を過ぎていた。
ふたたび、夕食は抜き。
■3月
朝からがっつりコンピュータの前でお仕事。
お題は少し前から取り組んでいる、
「素人」の書く行為と書く場について。
これはなかなか私には大変である。
いわゆる「優れた」と言われている文学を分析するのは、
ある意味簡単である。
なぜならそれらは精緻であったり、構造的であったりして、
要するに分析装置さえしっかり持っていれば、
なんやかやと言うネタはあるのである。
乱暴に言ってしまえば、
それが優れていることを証明しても、
それが言われているほど優れていないことを証明しても、
ただ単にこういう構造です、ということだけを言っても、
論文が書けちゃうのである。
だが、書く営みはそれだけにとどまらない。
mixiを見よ。ブログの数を見よ。
そしてそれらの書き手を見よ。
こういう営みをいわゆる「文学」ではないから、と、
切り捨てるのは知的に(政治的にではなく)正しくないだろう。
しかしいわゆる「下手くそな」文章はどう分析するのか。
それを「下手くそですねえ」と言っても意味がない。
つまり、そういう物差しを使うこと自体に意味がない。
単純な「素人」万歳でもなく、
一方的なへたくそ排斥でもむろんなく、
コンテンツだけ取り上げてハイ終わりでもなく、
抵抗にしろ追従にしろ、共産党との距離だけを計るのではなく、
1950年代の書くことへの素人たちの熱狂は、
どう語れるのだろうか。
あたま、痛い。
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