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ある意味、身も蓋もなく


少し前のことになる。
朝日カルチャーで開かれた批評家東浩紀さんの公開講座に行った。

たまたま目にしたその講演の宣伝文句には、
「東浩紀が自分の評論を自己添削する方式」で語ることが強調されていて、
「批評の本質論などは語りません!(笑)」と締められてあった。

あくまで具体的に技術に特化するという姿勢がなかなかチャーミング。
「批評の書き方」という講座の名前も、俗っぽくて、やすっちくてよい。

突き詰めるとソコだ。つまり、技術。

批評とはなにか、という本質論は、
批評を書こうとする人間が自分で考えるしかなく、
自分で考えない奴はもうそれだけで失格と考えた方がよく、
朝カル講座、一回3500円程度でいただけると思っているなら、
物を書くことそれ自体をやめちゃった方がよく、
つまるところ、すでに批評家と呼ばれるようになった人が、
他人に伝えることができるのは、
自分がどんな風にして「批評」と呼ばれる文章を生産しているか、という、
ある意味、身も蓋もないハウツウの部分でしかない。

しかし、それはおいしい料理を出している裏の、
汚い厨房を公開するようなもので、
(笑)と書いてはいらっしゃるけれども、
こんな汚いところで作っている料理など食べたくない、と
言われないとも限らないという危険性を持っていることを、
おそらく本人もご承知だろうと思うわけで。

私はもともと職人の仕事場を覗くの大好き。
レストランでも厨房を覗きたい。
ハウツーもの、大好き。
本質を熱く語る人より、
ハウツーを熱く語る人を信用する。

それは結局、本質を消費不可能と知っている人なわけだし、
技術と本質との間の見かけの径庭に騙されない人なわけだし、
performative と constative の差なんか、見分けがつくか!と、
大御所オースチン先生に噛み付いたデリダの心意気でもある。
(本当にそういう関係だったのかはよく知らないんだけど)

というわけで、それなりに楽しかった。
部屋を埋め尽くしたむさ苦しい系の若い(といっても
20代後半から30代)男の子たちが発散する生臭さに、
少々辟易はしたけれども。

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再び論文書きモード全開


日記の形態も少し飽きてきたので、
2−3日に一度身の回りの出来事を綴ろうなどと思っていたのもつかの間、
再び論文書きモードに入ってしまった。

そうなるとどうもブログを書く文章が浮かんでこない。
久しぶりにメールでやり取りした中学時代の友人がブログを見て、
「昔みたいに文章があふれでるのでしょうね」と言ってくれたが、
(彼女とは交換日記みたいなのをやっていた)
実際のところ「あふれでる」という状態にはなかなかならず、
あふれでたものを削っていく作業の根気となるとさらに出ず、
更新が滞ることになる。

滞ってもいいではないか、と自分に言いもするけれど、
意見を述べるためというより、
ただ書くという行為を続ける為に始めたブログなのだから、
「書き魔」と言われた高見順の如く書けよ、と
自分を叱咤してしまったりもするのである。


今書いているものは占領期の検閲制度にかかわるものだ。
自分が渾身の力をこめて書いたものが、
誰だかよくわからない相手に無惨に削除される。
その痛みはいかばかりか、などと思う。

でも考えてみれば、なんの制限もなしに書くなんていうことは、
名前を出してものを書く以上絶対にあり得ない。
早い話、せいぜい一日数十人しか読まないこのブログでも、
名前と職業を出して書いている以上、書けないことの方が多いものだ。

坂口安吾は検閲の目を気にせず書いた作家だと言われるけれど、
そして資料を見る限りそうなのかな、とも思うけれど、
それは必ずしもなにも気にせず書いていた、ということにはならない。
彼は彼の気になるポイントがどこかにあったはずだ。


さて、もう自分に許した20分の自由時間は終了。
論文書きに戻る。

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レクチャー・コンサートのご案内


richicoの友人で、ロンドン大学ゴールドスミス校音楽学部講師の松本直美さんが、
他のお二人の音楽家と、東京・名古屋・京都でレクチャーコンサートを開催します。
「オフィーリアの歌を辿って・・・イギリスバロック狂乱歌の歴史」と題されたコンサートです。
戸田ドブラエル昭子さんの歌、長崎美穂子さんのチェンバロ、松本さんの解説となっています。
詳細とチケット(前売3000円、当日3500円)は雑歌屋のサイトへ。


ベートーベンやショパンやチャイコフスキーやモーツアルトといったメジャーどころは、
テレビやラジオでも流れてきますから、その気になれば自分でも聞くことができます。
でも、そうでないものは、とっつきにくい。
ましてや、「古楽器を使用して当時の演奏様式に沿った形で再現され」るのを聞くなんて、
そうはないことです。それも専門家の解説つきで!

私は東京の方に寄せてもらうつもりです。
ご関心がおありの方はぜひ!

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日記(1月下旬)

■1月 <凝り>

このごろ、やたらに肩が凝る。
鍼とか打ってもらったのになあ。
ヨガをさぼってるからかなあ。

冬は嫌だ。

■1月 <穏やかな一日>

朝は学会発表準備の下読み。
積み上げた資料の山を一つ読んでは一つ戻り。
なかなかなくならぬ。

午後からはその学会のための飛行機の切符を予約しに行く。

3月のシカゴ。最低。寒い事この上ない。
友人夫婦も日本から行くので、同じ飛行機を取る。
だって一人で十四時間も淋しいもん。

帰りにキャンパス脇にある外国人研究者用宿泊施設に寄り、
ピーナッツをお土産にLを訪ねる。

お茶などいれてもらって、ひとしきりゴシップなどをする。

■1月 <再会>

ランチの約束があるので、少し早起きして前倒しで仕事をする。
大急ぎで着替えて、顔に粉と紅(最近もっぱらこの二つで済ませる)をつけ、
恵比寿のウエスティンホテルへと向かう。

私は京都の古い私立であるD志社大学に4年間通ったが、
体育会の機関誌を作るサークルに所属していた。
スポーツ新聞のようなものである。
興味があるのはラグビーとか野球とかのメジャーどころのみ、
文章は死ぬほどヘタクソで、
レイアウトにも興味が持てなくていいかげん、
広告を取るための営業もコネがなくてだめ、という
見事なヘタレ部員で、3年になる前に退部した。

今日の会はそのサークルの先輩たちとの新年会である。
発起人のO氏はシンクタンクにお勤めのエコノミスト、
私が1年のときにすでに4年の大先輩Y氏はアナウンサー、
1年後輩でアート系の企画の仕事をしているKちゃん。
今年はそこにサプライズで、
大学卒業以来お会いしていなかったKJ氏も。

ある意味全員、年相応にふけたし、
ある意味全員、大学時代そのままであった。

しかし20数年のあいだに、
それぞれが生活というおもりをその体につけ、
よくも悪くもしっかりした足取りで人生を歩いておられるようであった。

■1月 <春よ来い>

最近、仕事はキッチンの机の上。
仕事部屋が寒いというのもあるのだけども、
キッチンがけっこう気持ちいいの。

冬の日の、火のそばの暖かさ。
こんなマンションにもそういうものはあって、
必死こいて資料やら本をひっくり返している私にも、
気分だけのお裾分けをくれる。

お昼はサツマイモをいれた炊き込みご飯に、
友人のお母様の手前味噌で作るジャガイモと揚げのみそ汁。
とろろ芋に卵を入れ桜海老を巻き込んで焼いた落とし焼き。
あんまり考えずに作ったけど、
おいもさん尽くしになりました。 

■1月 <大劇場のシェイクスピア>

朝からレッスンに行き、終ったらそのまま赤坂に走る。
サカス前のタリーズでサンドイッチを詰め込んで、
さて古田新太。

ギンギンの大音量ハードロックで始まる
『リチャードⅢ世』(演出:いのうえひでのり、赤坂ACTシアター)。
ユニオンジャックのパンツを履いた登場人物やら、
舞台でバイクを乗り回すリチャードやら、
ワイドショー仕立てのテレビカメラやらモニターやら。
おまけに悪役リチャードは、
その毒々しいモノローグをICレコーダーに吹き込むという具合で、
娯楽に徹したギミック満載、なかなか楽し。

それでいて、セリフはまさしくシェイクスピア劇で、
私は一言一句覚えていないので明言するわけにはいかぬが、
岩波文庫の翻訳セリフそのまま、と言っていた方もいた。
ということは、目ではキッチュな舞台を見ながら
耳では福田恒存を聞いていたわけだ。

あの不自然に大仰で時代がかったセリフを、
役者たちがいかに料理するのか、が焦点になるという意味では、
極めて伝統的な日本語によるシェイクスピア劇である。

その点からだけ言うと、古田新太が秀でていたということはできない。
ところどころ言うのに精一杯といった感があったように、
素人目には見受けられた。
そもそも、セリフが聞き取りづらい。
最初は意図的になされているのかと思ったが、
そうでもなさそうであった。

しかし、それでもそこは古田新太。
そうであるにもかかわらず古田新太。
大劇場を巻き込む力はさすが。

素晴らしかったのは女優陣で銀粉蝶、久世星佳、
そして私の大好きな三田和代が圧巻だった。
等身大ではない登場人物たちを、演じ切っていたように思われた。
残念ながら安田成美は太刀打ちできず。

劇場を出ると、雨が降り出していた。
テレビ局のビルを中心にした華やかな電飾の一角。
赤字のニュースばかり聞く昨今では、
むなしい煌めきだ。
大劇場の迫力はたしかにあるけれども、
ベニサンピットも私は好きだったなあ。

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