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March 25, 2009

日記(3月後半)

■肩凝り悪化、神楽坂の整体に行く。いつもお願いする方は、お顔になんとも迫力のある傷をお持ちの整体師さんなのだが、その指先の繊細さは他の方の比ではない。体を預けてもみほごしてもらう。久しぶりに晴れているので大々的に洗濯する。上の階の子供がピアノを練習しているのか、ブルグミュラーが聞こえて来る。

■私の仕事は朝の部と夜の部に分かれていて、朝には書き、夕方から夜にかけては読む。といっても、ずっと集中しているわけではなく、仕事の合間にシチューを煮込んだり、アイロンをかけたり、時にはマフィンを焼いたりする。書き物の進むスピードは至極遅く、一日に気に入った段落が二つ書ければいい方である。三月末の学会発表では全部で18段落にする、と決めてあるので、とても順調にいっても書き始めてから9日はかかることになる。でももちろん9日で終ることなんて、断言してもいいけど、ない。晩ご飯はレタスの豚肉巻き。ショウガ焼きみたいな甘辛いたれで。

■晴れて暖かなり。窓辺のミニバラが一つ咲く。どうも、集中力がない。もともとある方とはいえないんだけど、これはなんなんでしょーか。夜は友人と居酒屋。久しぶりの外食だ。山菜の天ぷら、野ぜりのおひたし、ほたるいかとうどの酢みそあえ、鯛のカブラ蒸し。春満載。

■今日はピアノのレッスンがあって仕事が中断されてしまうので、早めに起床して仕事を始める。15番目と16番目の段落で詰まっていて、足踏みももう3日目になる。外に出るとコートのいらない春陽気。シューベルトの四手連弾の幻想曲、慣れてきましたよ、少しずつ。相手を聞いてしまうと逆にだめなんだな。NHKでアンドラーシュ・シフのピアノ・レッスンをやっていてそれがえも言われぬ素敵さだったので、先生ベートーベンをやりたいですぅとおねだりし、ソナタの6番を来月持っていくことに。かわいらしい、こじんまりしたソナタ。スタジオを出るとぽかぽか陽気に誘われて、ついついお散歩、気になっていたケーキ屋さんに入り、2つほど買って帰る。

■じゃがいもが余っているので、シェパーズ・パイを仕込み、オーブンで焼きながら、勢いをつけて17段落目と最終段落を書く。急いでプリントアウトし、ツナとインゲンをマヨネーズであえたサラダを食べて、推敲にかかる。途中で、自分の文章に嫌気がさして放り出す。このところお散歩の友のiPodで、BBCのWorld Book Clubとか、New York Times Book Reviewのインタビューなんかをpodcastを聞いているので、少しは英語の勘が戻ってきているのか、自分の書いている文章がすっげえ気に入らない。フラストレーションが溜まって、近所のコンビ二にハーゲンダッツを買いに出かける。

■朝、気を取り直して推敲を続ける。3時に友人Lにネイティブ・チェックをお願いしている。ナッツ好きのLのために、途中の地蔵通り商店街でナッツのお菓子を買い、今にも降りそうな空模様の下、早稲田に向かう。夕食は神楽坂のお好み焼きやさんへ。もちろん、私のおごり。海鮮デラックスを奮発するなり。

■テレビをつけたら、飛行機の機体がひっくり返ってぷすぷす煙が出ている。ひえ、成田?ひえぇ強風で?ああ、見たくなかったよ、こんな映像。あさって、乗るんだよ。。。現場検証が終るまで滑走路は閉鎖だろう。ダイヤも混乱しているだろう。ちょっと早めの成田エクスプレスを購入する。なんか気落ちしたので、さっぽろ一番を卵と煮て夕食。

■スーツケースを詰め、植物に多めの水やり。どうやら滑走路はなんとかなりそう。無条件降伏論争と占領期検閲について書いた発表原稿と資料、コンピュータは手荷物へ。ガスの元栓を切り、戸締まりを確認して、さてでは行きますか。いってきま〜す。

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March 16, 2009

今一度のご案内

もう一度、レクチャー・コンサートのご案内をする。

雑歌屋HP

ここを見ただけでは、クラシック音楽にあまり興味のない人は、
ちょっと足を運ぶところまではいかないかもしれない。
だが、下の記事を読んでいただければこの講演会が、
「文化を記述するとはどういうことか」という、
21世紀において人文系の学問をしている人間にとって、
とてつもなく大きく、かつ、重要な問題にリンクしていることが、
わかっていただけると思う。

講演者の松本直美さんは、私の高校時代の同級生だが、
そのつながりだけでこの案内を引き受けているわけではない。
松本さんの「音楽を文化の一表象として捉えるという視点」が、
私の文学作品を分析する際の問題意識と明確にリンクし、
「一楽曲の背景になる脈々と続く『文化伝統』を、
そして楽曲と芸術の他分野あるいは社会機構との関連を、
意識したnarrativeを試みる」という語り口が、
今の人文学関連の研究すべてに共通するあるアプローチを示現していると
考えるからだ。

<ことば>ノートを覗いてくださっている人たちに向けて特別に書いていただいた、
松本さんのメッセージをまずは読んでほしい。
そして、文学を学問的にやろうと考えている人、
文化表象について考えようと思っている人は、
ぜひ足を運んでほしいと思う。

私と一緒に行きたい方、メールで連絡ください。
一緒に行きましょう。
こっそり行ってみたい方は雑歌屋のHPからチケットが購入できます。

<講演者 松本直美さんからのメッセージ>

■日本で西洋音楽を学び演奏家を目指した私は「なぜ日本人でありながら西洋音楽をやるのか」という問題を抱えながら活動していました。邦楽に全く素養の無い私(あるいは同様の背景を持つ大部分の日本人)には西洋音楽は「他者the Other」と決め付けられない位置にあります。とはいえ西洋音楽を自分たちのものとして定義することもできません。そういった問題意識は特に「伝統」「様式」が問われる古楽(過去の音楽をその時代の楽器・奏法で再現する)を始めたときに強くなり、それを追求するためにロンドンに留学することになりました。

■最初は演奏家として音大で学びました。そんなある日レッスンでパーセルの「狂乱のべス」を歌っていたとき、指導教授に「なぜ当時こういう奇妙な題材の曲(狂乱歌)が多数書かれたのか」を質問したんです。ところがその分野の第一人者であった彼にもうまい回答はできませんでした。この「なぜ」を追求することが私が抱いている問題意識解決への手懸りになるのではないか、と考えた私はこれをテーマに学術的研究を始めることにしました。

■音楽学者として狂乱歌・オペラにおける狂乱の場を研究して10年近くになりますが、結論的にいうとまだ「なぜ」という問題の回答は出ていません。「西洋音楽の定義」も当然、曖昧模糊としたもののままです。ただ、音楽をその音響現象としてだけではなく、文化の一表象として捉えるという視点が出来、一楽曲の背景になる脈々と続く「文化伝統」を、そして楽曲と芸術の他分野あるいは社会機構との関連を、意識したnarrativeを試みることができるようになりました。Clifford GeertzのいうThick Descriptionの私なりの解釈です。

■今回のレクチャーコンサートはまさしくこういった狙いから生まれました。本年、奇しくも共に記念年を迎えるイギリスバロック期を代表する2大作曲家・ヘンデル(1685−1759)とパーセル(1659−1695)の作品を中心とした狂乱歌の文化背景を、史料や絵画のスライド映写と解説、古楽様式の生演奏で綴ります。レクチャーコンサートという形態には色々なものがあると思いますが、私共の主眼は「どの楽曲が誰によって何時書かれたのか」ではなく、詳細な背景から皆様とご一緒に「なぜ」を探ることにあります。音楽の好きな方のみならず、様々な形で「文化」というものを考察していらっしゃる多数の方々のご来場をお待ち申し上げております。

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March 07, 2009

『春琴』@世田谷パブリックシアター

一秒として退屈せず。

原作の力量に、演出、装置、俳優陣の力量が見事に釣り合い、
それはもう、奇跡のような舞台であった。

谷崎が複数の言語を縦横無尽に操って織りなす、
異なった時空間を観客にすべて体感させる演出。

最小限に押さえられた装置が、その自由を担保し、
文楽人形の、本質的なフェイクさと奇妙なリアルさを、
深津絵里の声が引き出す。

これほどまでに繊細で知的な『春琴抄』の解釈を私は知らない。

『春琴抄』をお読みになっていてまだこの舞台をご覧になっていない方、
なんとか、なんとか切符を手に入れて、
世田谷パブリックシアターに駆けつけられよ。

(演出:Simon McBurney、主演:深津絵里)

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March 01, 2009

日記(2月下旬)

■本日、バレンタインデーとやら。チョコレート屋さんののお力を借りなくても告白くらいできる年になっているので、私にはなんの関係もない日である。夕方、卒業生のHくんと会う。社会人になって一年あまり、少し痩せたか。夜は大学の職員の女の子二人と神楽坂でお食事。Hくんにしても女の子たちにしても、何を話すというでもない。私も特に真剣に相談に乗るとか、人生のアドヴァイスをするとかでもない。ただ一緒にある一定の時間を過ごし、彼らは彼らの世界の話をし、私は私の世界の話をするだけである。それでもなんとなく違った空気を吸ったような気分でお互い帰っていく。そうしたものだ。

■書いていた学会発表原稿が少し滞りがち。どこかで論理のボタンを掛け違っているらしく、すっきりしない論の運びになっている。いじくり回すも今ひとつ納得いかず。疲れ果てて春菊と豚肉のひとり鍋で夕食。

■5時に研究室で学生に会う。もう3月に卒業する4年生で、この4年間で唯一取ったCが一年前の私の授業だったのだという。これから大学院に行って勉強を続ける予定なので、なにがだめだったのか卒業前に聞いておきたいというので、彼女が最後に書いたペーパーとそのクラスの採点表を準備して彼女を待つ。「本当はもっと早く来るべきだったのですが、勇気が出なくて」嬉しくてつい私も饒舌になり、結局一時間以上いろいろと話をすることになった。彼女のこれからの学究生活に幸あれ。

■ネットで馴染みの雑貨屋さんをのぞいていたら、安くなっていたのでキッチンスケールを買う。さっそくお菓子用の薄力粉と全粒粉と無塩バターを用意して、手始めにスコーンを焼く。一流のパティシエが作る凝ったケーキもたまにはいいが、こういう田舎っぽいペーストリーはそれなりに味があって好きである。レーズンがちと焦げた。

■父が上京し、一晩泊めてくれというので、昼過ぎに飯田橋まで迎えに行く。昭和初年代生まれだが、和食にまったく興味がない。好きなのは中華とかタイとかインドの料理、それも現地風にわさわさ食すのがお好みである。もともとエスニックは少ない神楽坂の、それでも老舗といってよいインド料理やさんに行く。ライスなんか頼まず、バターたっぷりのナンと、匂いの強烈なラムカレーをオーダー。翌朝、残っていた小麦粉と全粒粉でパンケーキを焼き、どこかのシンポジュームに出かける父を送り出す。

■今日は午後の仕事は休み。ピアノのレッスンとヘアカットの予約を午後にいれてある。シューベルトの四手連弾曲「幻想曲」のF-morを初めて先生に合わせてもらう。二人並んで弾くと、互いの手がばんばん当たる。私の音楽史の知識なんかお粗末なもんだが、どう考えてもこれはシューベルト氏、お気に入りの女の弟子かなんかをくどこうとして作ったに違いない。今で言うなら、カラオケでデュエットを強要されているという感じか。これってセクハラじゃないの、フランツ?

■スコーンの出来に気をよくして、今度はシリコンのマフィン型を購入、バナナマフィンを焼いてみた。全部全粒粉を使ったので少々パサパサする。レシピにあったナッツを端折ったらなんだか妙に甘ったるい。気づいて岩塩をぱらぱら降ってみたら格段においしくなった。お菓子における塩の重要性を再確認する。昭和文学会に出す用の論文が今日で完成。昨年11月の発表で時間配分を間違えてしゃべれなかった部分を書いた。しゃべった分はまた3月の学会が終ったら論文にしよう。どこに出そうかしらん。

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