日記(狂乱の4月中旬)
■暖かし。外へ出てベランダの整備をする。ブサイクなエアコンの室外機をカバーするものを買ったので、それをまず設置。そして、ガーデンタイルというのだろうか、床に敷き詰め、植物の鉢を設置。ちっこいちっこいマンションのベランダだが、とにかくここで植物を眺めながら本を読めるよーにするのだ。コーヒーなぞいれて、サンドイッチくらい食べられるよーにするのだ。狭くったっていーの。となりにごっそり洗濯物があったっていーの。うー、なんか鳥が巣作りしてるみたい。卵を生む予定はないけどね。
■朝、図書館へ。遅れていた出張報告を提出して、ちょこっと同僚の先生と打ち合わせをする。サバティカルだけど、運営業務ゼロというわけにはいかない。こういうとき、さっさと外国にトンズラしちゃえばよかったなとも思うけれど、「巣」にいるのが大好きなので離れたくない。アメリカに行くのすら面倒になっている怠惰なワタクシである。
■注文していたダイソンの掃除機到着。すっげえ、床に吸い付いてるよ。朝、古い掃除機で綺麗にしたはずなのに、白っぽい細かいものがどんどん溜まっていく。ゴミが溜まる部分が透明になっているので、よくわかるのである。ハウスダスト・アレルギーがひどくなっている私にはこの溜まる感じそのものが快感。ケチらずに早く買えばよかったよ。
■「金魚」、東京に到着。神楽坂の駅で待ち合わせて軽い食事を購入し、家に向かう。おいちゃんが金魚に私へのおみやげを持たせてくれていた。挿絵つきのPride and Prejudiceのハードカバー。わーい。ありがと、おいちゃん。夜は居酒屋で尽きぬ話を肴に金魚と飲む。女としての来し方、ゆくすえ。学者という職業の喜び、苦しみ。親のこと。友人のこと。振り返れば13歳からの付き合い、よくも続いているものだと思う。
■リハーサルに向かう金魚を送り出し、私は大学へ。卒業生に会うのである。Sくんは今は東大で私の師匠についている。戦後文学をやりたいというので話を聞いたが、かなり苦しみあがいている様子が見てとれた。東大の大学院と言えば将来の心配などないように人は思うかもしれないが、精鋭が集まるところにはそれ相当のプレッシャーがある。アドヴァンテージもあるが、その一方で放り出されてしまえばなかなか潰しの利かない道である。だが、はたからは何をしてやることもできないし、何かしてやることが本当にいいことかどうかもわからない。自分でなんとかするしかないのである。知識の海は本気で乗り出せば膨大で、沖に出れば出るほど恐怖もつのる。恐怖のコントロールも修行のうちだ、と半分は自分に言い聞かす。
Sくんが帰る前にもう一人の卒業生Cくんが来る。Cくんは正確に言うと卒業生ではない。ウチの学部を卒業せずに他大学に移ってしまったからだ。まったく分野違いの理系に進んだのだが、今は4年生となって就職活動をしているという。「え?研究者になるって言ってなかったっけ?」沈思黙考型の彼、研究者向きだと思っていたのだが。学問の道はどうも自分のやりたいこととは違うと気づいて、料理人になるという。「え?りょ、料理人?」始めは面食らったが話を聞くとヴィジョンはしっかりしていた。イギリス留学の経験がしっかり彼の中に根付いていて、そのヴィジョンを支えていることもよくわかった。そうか、私の学生の中から料理人が出るか。なんだか妙に嬉しい。早稲田の名割烹『松下』のおやじさんも「料理人は頭がよくなくっちゃだめだ」と言っていたっけ。「僕の集大成です」と言ってCくんは、大学で書いたというレポートのコピーをくれた。私のゼミに彼はいなかったけれど、「<ことば>ゼミ継続中」のうちの一人に違いない。
■さて、今日は金魚のレクチャー・コンサート本番。さすがの金魚も少々あがり気味か、ちょっと早口になっている。前半は知識不足の身には情報量が多くて、なかなかプロセスできず、正直言ってなかなか厳しい内容だった。しかし、後半になって話の道筋が見えてくると、ああなるほど、なるほど、と深くうなづかれた。文化や時代によって異なる「狂気」の表象の系譜。なかなか魅力的な題材ではある。それにしても学者が自分の研究内容を同じ畑にいない人たちに話すのは難しい。たしかに業界内での研究発表も神経がすり減るものだが、所詮は同じ文法を共有している人たちとの対話である。今回のレクチャーコンサートはそうではない。こういう場では、何を伝えるかということよりも、何を伝えないかが勝負になる。正確さを競う学者内の言語とは相容れない、ある意味においては「不正確な」言語を使うことを余儀なくされる。そうすることによって、何かを伝えるのである。業績としてはほとんどカウントされないこうしたコンサートをするのは、よほどの情熱と信念がなければできない。続けていってほしいと心から思う。
さて、今回のレクチャー・コンサート、「コンサート」部分は、チェンバロと歌である。近江楽堂の天井に、澄んだチェンバロの音がかーんと抜け、そこに硬質でありながらしなやかな歌声が重なる。「ちょっと響き過ぎ」だったそうだが、私には夢のように気持ちよい演奏であった。大ホールのオーケストラにはない、サロンの音楽体験。
■金魚は名古屋へ旅立ち、私は京都へ旅立つ。京北町に着くころにはへろへろになる。早々に離れに引き取り、爆睡。
■母の運転する車で京北町を出発、御所脇の安ホテルにチェックインする。安ホテルだから外国人でいっぱいである。フロントは全員流暢な英語をしゃべり、外国人慣れした丁寧な説明をしていて好感を持つ。建物こそ確かに古いが部屋は清潔だし十分な広さである。これはいい。夕方、あずき色の電車で高槻に向かう。金魚のレクチャー・コンサートの最終日、高槻現代劇場へ行く。会場に着くなり、高校卒業以来30年ぶりくらいにH出さんに出会う。おお、O村さんも。B野はなんと大学生になった娘さん連れである。Aちゃん、N西くん、Y谷くんは、高校時代に知り合った男子校の友人。母をほったらかしてロビーできゃーきゃー同窓会。
コンサート後の打ち上げは、総勢15人ほどになった。場所は急遽Y谷くんたちが駅前の居酒屋を探し出してくれた。ミクシのお知り合いやら、そのお兄様やら、同級生やら、金魚の大学時代の後輩やら先輩やらも入り乱れ、そのうち後片付けを終えた演奏者お三方も合流し、こてこての関西ノリが炸裂し文字通り「狂乱」の宴に。私がホテルに帰ったのは夜中。むろん母はもう眠っている。こっそり隣のベッドに滑り込む。