« March 2009 | Main | May 2009 »

April 29, 2009

日記(狂乱の4月中旬)

■暖かし。外へ出てベランダの整備をする。ブサイクなエアコンの室外機をカバーするものを買ったので、それをまず設置。そして、ガーデンタイルというのだろうか、床に敷き詰め、植物の鉢を設置。ちっこいちっこいマンションのベランダだが、とにかくここで植物を眺めながら本を読めるよーにするのだ。コーヒーなぞいれて、サンドイッチくらい食べられるよーにするのだ。狭くったっていーの。となりにごっそり洗濯物があったっていーの。うー、なんか鳥が巣作りしてるみたい。卵を生む予定はないけどね。

■朝、図書館へ。遅れていた出張報告を提出して、ちょこっと同僚の先生と打ち合わせをする。サバティカルだけど、運営業務ゼロというわけにはいかない。こういうとき、さっさと外国にトンズラしちゃえばよかったなとも思うけれど、「巣」にいるのが大好きなので離れたくない。アメリカに行くのすら面倒になっている怠惰なワタクシである。

■注文していたダイソンの掃除機到着。すっげえ、床に吸い付いてるよ。朝、古い掃除機で綺麗にしたはずなのに、白っぽい細かいものがどんどん溜まっていく。ゴミが溜まる部分が透明になっているので、よくわかるのである。ハウスダスト・アレルギーがひどくなっている私にはこの溜まる感じそのものが快感。ケチらずに早く買えばよかったよ。

■「金魚」、東京に到着。神楽坂の駅で待ち合わせて軽い食事を購入し、家に向かう。おいちゃんが金魚に私へのおみやげを持たせてくれていた。挿絵つきのPride and Prejudiceのハードカバー。わーい。ありがと、おいちゃん。夜は居酒屋で尽きぬ話を肴に金魚と飲む。女としての来し方、ゆくすえ。学者という職業の喜び、苦しみ。親のこと。友人のこと。振り返れば13歳からの付き合い、よくも続いているものだと思う。

■リハーサルに向かう金魚を送り出し、私は大学へ。卒業生に会うのである。Sくんは今は東大で私の師匠についている。戦後文学をやりたいというので話を聞いたが、かなり苦しみあがいている様子が見てとれた。東大の大学院と言えば将来の心配などないように人は思うかもしれないが、精鋭が集まるところにはそれ相当のプレッシャーがある。アドヴァンテージもあるが、その一方で放り出されてしまえばなかなか潰しの利かない道である。だが、はたからは何をしてやることもできないし、何かしてやることが本当にいいことかどうかもわからない。自分でなんとかするしかないのである。知識の海は本気で乗り出せば膨大で、沖に出れば出るほど恐怖もつのる。恐怖のコントロールも修行のうちだ、と半分は自分に言い聞かす。

Sくんが帰る前にもう一人の卒業生Cくんが来る。Cくんは正確に言うと卒業生ではない。ウチの学部を卒業せずに他大学に移ってしまったからだ。まったく分野違いの理系に進んだのだが、今は4年生となって就職活動をしているという。「え?研究者になるって言ってなかったっけ?」沈思黙考型の彼、研究者向きだと思っていたのだが。学問の道はどうも自分のやりたいこととは違うと気づいて、料理人になるという。「え?りょ、料理人?」始めは面食らったが話を聞くとヴィジョンはしっかりしていた。イギリス留学の経験がしっかり彼の中に根付いていて、そのヴィジョンを支えていることもよくわかった。そうか、私の学生の中から料理人が出るか。なんだか妙に嬉しい。早稲田の名割烹『松下』のおやじさんも「料理人は頭がよくなくっちゃだめだ」と言っていたっけ。「僕の集大成です」と言ってCくんは、大学で書いたというレポートのコピーをくれた。私のゼミに彼はいなかったけれど、「<ことば>ゼミ継続中」のうちの一人に違いない。

■さて、今日は金魚のレクチャー・コンサート本番。さすがの金魚も少々あがり気味か、ちょっと早口になっている。前半は知識不足の身には情報量が多くて、なかなかプロセスできず、正直言ってなかなか厳しい内容だった。しかし、後半になって話の道筋が見えてくると、ああなるほど、なるほど、と深くうなづかれた。文化や時代によって異なる「狂気」の表象の系譜。なかなか魅力的な題材ではある。それにしても学者が自分の研究内容を同じ畑にいない人たちに話すのは難しい。たしかに業界内での研究発表も神経がすり減るものだが、所詮は同じ文法を共有している人たちとの対話である。今回のレクチャーコンサートはそうではない。こういう場では、何を伝えるかということよりも、何を伝えないかが勝負になる。正確さを競う学者内の言語とは相容れない、ある意味においては「不正確な」言語を使うことを余儀なくされる。そうすることによって、何かを伝えるのである。業績としてはほとんどカウントされないこうしたコンサートをするのは、よほどの情熱と信念がなければできない。続けていってほしいと心から思う。

さて、今回のレクチャー・コンサート、「コンサート」部分は、チェンバロと歌である。近江楽堂の天井に、澄んだチェンバロの音がかーんと抜け、そこに硬質でありながらしなやかな歌声が重なる。「ちょっと響き過ぎ」だったそうだが、私には夢のように気持ちよい演奏であった。大ホールのオーケストラにはない、サロンの音楽体験。

■金魚は名古屋へ旅立ち、私は京都へ旅立つ。京北町に着くころにはへろへろになる。早々に離れに引き取り、爆睡。

■母の運転する車で京北町を出発、御所脇の安ホテルにチェックインする。安ホテルだから外国人でいっぱいである。フロントは全員流暢な英語をしゃべり、外国人慣れした丁寧な説明をしていて好感を持つ。建物こそ確かに古いが部屋は清潔だし十分な広さである。これはいい。夕方、あずき色の電車で高槻に向かう。金魚のレクチャー・コンサートの最終日、高槻現代劇場へ行く。会場に着くなり、高校卒業以来30年ぶりくらいにH出さんに出会う。おお、O村さんも。B野はなんと大学生になった娘さん連れである。Aちゃん、N西くん、Y谷くんは、高校時代に知り合った男子校の友人。母をほったらかしてロビーできゃーきゃー同窓会。

コンサート後の打ち上げは、総勢15人ほどになった。場所は急遽Y谷くんたちが駅前の居酒屋を探し出してくれた。ミクシのお知り合いやら、そのお兄様やら、同級生やら、金魚の大学時代の後輩やら先輩やらも入り乱れ、そのうち後片付けを終えた演奏者お三方も合流し、こてこての関西ノリが炸裂し文字通り「狂乱」の宴に。私がホテルに帰ったのは夜中。むろん母はもう眠っている。こっそり隣のベッドに滑り込む。

| | TrackBack (8)

April 05, 2009

AAS@シカゴ

■無事、シカゴに着きました。こちらはさすがに寒いです。飛行機のなかでは、三宅花圃の「薮の鶯」を、甘ったるい声でおんなのひとが読み上げるのをiPodで聞きながら、けっこう眠れましたので、体調は悪くありません。ホテルの部屋はかなり古い感じがします。あなたもご存知だと思いますけどシカゴ自体がかなり古い街なのです。Aたちとも同じホテルです。「あんまりおなかすいてないね」「でも夜中におなかすいちゃうからサラダでも食べようか」なんて言っていたのに、結局入ったところはホテル内のステーキハウスで、そうするとそこは日本の朝だからけっこう元気がでちゃって、やっぱり肉を食べようかってなって、三人ともミディアム・レアの肉の塊をがっつり食べたのでなんだか可笑しくなりました。

■前にも説明した通り、AASというのは北米の最大級のアジア関係の学会で、パネルの数も半端じゃありません。中国研究も韓国研究もインド研究もある、文学も経済学も歴史も社会学もある、といった具合でさながらデパートです。でも、それぞれが縦割りなので、知り合いでもいない限り、日本研究の我々がインド研究のパネルを聞きに行くというようなことはほとんどありません。一時はcross-cultural panelといって、地域横断的なパネルを優先的に取り上げようとしたこともあるようですが(私も一回Aにそういうパネルに招いてもらったことがあります)でもなかなか難しいです。そこそこお互いに知識がないと、結局深みのある議論はできずに表層的なことに流れてしまいます。今日は、朝8時半にがんばって起きて明治の翻訳に関するパネルに一つ行きました。あのBret de Baryさんがdiscussantだったので。あの人の言葉の選び方が私はやっぱり好きですね。安心感があります。自分の原稿、相変わらず気に入りません。パネルに行く以外の時間に、まだごちゃごちゃいじったりしています。わかってます、わかってます。悪い癖だって言うんでしょ。自分でもわかってますってば。でも嫌なんですよ、自分の原稿が。でも今回これを書いてみてよくわかったのが、自分は占領下の検閲の問題にあまり興味がないってこと。ああ、こういう言い方はだめかな。興味のあるアングルがまだ見つかっていない、と言った方が穏当かな。これから夕食に行きます。また、明日。

■人前でしゃべるのが嫌いなのになんでこんなことやってるのかな、ってよくあなたに愚痴ったものだけど、朝からまたそんな気分に圧倒されてました、今日は。iPodに付いているストップウオッチで発表時間の確認を朝からやってました。前回の昭和文学会の発表のとき、時間配分を間違えてすごく恥ずかしい思いをした(プロのお仕事として「時間を守る」「構成のある発表をする」「メリハリのある喋りをする」が最低ルールだととりあえず思っているので)から今回は慎重を期しているわけです。発表は5時から。まあもう自分の発表については特に言うことはないです。あまり有意義なコメントももらわなかったし。ただ、同じパネルにね、文化人類学者のTom Looserがいて、この人がプレカリアート関連の発表をしたのね。内容は今一つ私にはよくわからないところがあったので、あなたのために上手に議論を再現してあげることはできないんだけど、ひっかかったのはその後、彼がプロレタリア文学を専門としているある学者と話しているのを、隣に坐っていた私が聞くともなく聞いていたとき。“What is going on in Japan now is really interesting“ とその研究者は興奮した口調で言っていて(もちろん、一連のプレカリアート運動のことね)私、なんとなくムカッときたの。Interestingってなによ、って。一瞬のことで、私はムカッときた自分にびっくりした。あとで整理してみると、たぶんこういうことだよね。その研究者にとっては「興味ある研究対象」であるところの貧困と労働運動は、私にとってはもう少し具体的なもので、それは私が飯田橋でBig Issuesを買うホームレスのおじさんとか、内定取り消しされちゃうかもしれない学生たちとか、行ってみたいと思いながら行けないでもんもんとしている新小川町とか、私に絵を送ってきてくれた日系ブラジル人の子供とか(まあ、それもカラーコピーだったけど)でしょう。つまり私の「ムカッ」は、「アメリカの研究者であるあなたには机上の研究対象でしかなくても、私にとっては具体的なものなのよ」という感情から来ていて、さらにそれは突き詰めると「あなたより私の方が当事者性が高いのよ」ってことなわけよ。そこまで考えて私は自分に突っ込みを入れてしまったよ、「いったい、アンタは何様で当事者面しよっての?」って。日本だったら逆立ちしても当事者面はできないのに、アメリカの研究者相手に当事者面してしまう、このお下劣な根性。それに私はずっとあなたに「当事者言説のうさんくささ」についてぶってたよね。私だって、「自殺願望も持ったことないのに太宰治を研究しようなんて」みたいな非難にうんざりしてきた経緯があるわけだし。ああ、でもこういう「自分」の「一瞬の」「感情」分析の言説それ自体が、私が批判していたはずの90年代の岡真理さんチックだとあなたは笑うでしょう。その通り。で、当事者性ってのは比較においてしか成立せず、したがって(発話者が意識しているいないに関わらず)戦略的なものなのだから、「当事者でない」ということを戦略的に使うことも場面によってはまたあり、というか、それを使わないと「連帯」の言説それ自体が存立しない。少なくとも、私は当事者性を実体化するところにだけはいたくないので、こういうことをあなたに向かって垂れ流しているわけです。こんな風にだらだら書いているってことは、まだ発表の興奮が残っているんだね。長文、失礼しました。

■大会の目玉、東浩紀さん、宮台真司さんのパネルを見ずにシカゴを出ます。パネルそれ自体よりも、アメリカという場所で自分の著書の英語訳という他者を目の前にした経験を、東さんがどのように言語化するか、の方に興味があるので、それはまたおいおい彼の著書なりブログなりで見せていただくことにしましょう。吹雪いています。これで飛行機が飛ぶのかな、とも思うけれど、これしきでMidwestにある空港が閉鎖していてはどうしようもないはずなので、まあ飛ぶでしょう。で、「批評」をLiterary theoryって訳してしまうことにはとんでもなく違和感があるのだけど、この二つの間の径庭についてはまた日を改めて。このごろは、チェックアウトのためにフロントに並ぶ必要ないんだよ、知ってた?

| | TrackBack (1)

April 01, 2009

きまりごと

決まりごとが嬉しいというのも、年をとった証拠かと思う。

3月の最終週は、年に一度の恒例イベント、
Association for Asian Studiesという学会のためにアメリカに出かける。
去年はアトランタで、今年はシカゴだが、特に観光をするでもなく、
学会の開催されるホテルから出るのは食事に行くときだけ、という、
簡素な出張である。

アメリカに行くのは面倒くさい。
研究発表をするわけだからそれなりに準備もせねばならないし、
英語だから日本語よりも時間がかかるし、
東西に飛ぶのは時差があって体がえらいし、
大嫌いな空港を通過しなければならない。

特にこの面倒くささに見合う実益があるわけではない。
人に理由を聞かれたら、
「北米に日本学研究者に私の存在を忘れられてしまわないため」と、
それらしい理由を用意してはあるものの、
私はもともとそのような野望が必要な場所にはいないし、
場所がないのにそのような野望を持つような性格でもない。
もし本当に忘れられたくないのなら、
ちゃんと英語で著書の一冊も出す努力をすればよいのである。

だがまあ、一緒にパネルをやらない?と声をかけてくださる方がいる時は、
素直にそれに乗らせてもらって、この面倒くさいことを、
面倒だ面倒だと言いながらこなすのが、
決まりごとの喜びというものであろうと思う。

春のお花見、秋のもみじ、3月のAAS。
あまり満足のいっていない発表原稿を抱えて、さて出発。

| | TrackBack (0)

« March 2009 | Main | May 2009 »