« May 2009 | Main | July 2009 »

June 26, 2009

日記(6月なのさ)

■6月某日
本日、ヨガスタジオに行く。
肩凝りがひどくてつらいので、
DVDを見ながら独学でくねくねとやっていたのだけれども、
整体師の先生がやはりこういうものはちゃんとした指導を受けた方がよい、
とおっしゃったので行く気になった。

行ってまず皆さんのヨガウエアが素敵なのに驚き、
ロビーに売っていたウエアの高いのに驚き。
そりゃ、格好いいわな、タンクトップに9000円も出せば。

スタジオに入って皆さんの体がすっごく軟らかいのに驚き。
こりゃ、まずったかな。もう一つ下のクラスに入るべきだったか。
ポーズを次々に取る若く美しいお嬢さん方に混じり、
冴えない中年オンナの私もがむばってみるのであった。

なんでも本から入るのは学者の性。
とりあえず本だけは読んでいるので、「なになにのポーズ」と
言われればその形は思い浮べられるものの、
イメージできるのと、体をその形にするのとはまた別ものなわけで。

夜には会議。メンバーが優秀なので、さくさくっと終る。
やっぱり大学仕事を何をするか、ではなく、
誰とするか、なんだなあ。

■6月某日
う。からだ、痛い。ヨガの、後遺症。う。

先日のスペイン料理に触発され、スペイン風にんにくスープを作る。

にんにくを、うわ、そんなに、というくらいスライスして、
オリーブオイルで軽く炒め、
テキトーに角切りにしたトマトを入れて一混ぜして火を止める。
そのまま余熱で水分を出し、
くず野菜と鶏肉を煮だしたスープにブイヨンキューブを入れ、
そこににんにくとトマトをぶちこみ、
テキトーに角切りしたバゲットをどっちゃり入れて煮る。

優しい、スペインのお袋の味。日本で言うならおじやか。
本場のスープはトマトを入れないのだそうだが、
これはフランス経由のレシピらしい。
簡単で、おいしい。

■6月某日
商店街を歩いていたら、深紅のミニバラがあったので一鉢買い求めた。
前回はうどんこ病にやられたので、薬剤も一緒に購入。
ハーブの根っこに青虫を発見したので、その駆除剤も。
自分で育ててみるとわかるけれど、
美しいイングリッシュガーデンの、その美しさを保つためには、
大量の薬剤が必要なんだろう。
狭いベランダでは、蝶々もてんとう虫も大敵になってしまう。

本日は二食とも同じメニュー。
玄米、あさりと大根のみそ汁、紫タマネギのサラダ、大根葉とじゃこのふりかけ。

■6月某日
雨が続いているから、なんとなく体調が良くない。
頭の調子もよくない。書いても書いてもパッとしない。

あまりに行き詰まるので、アロマを焚く。
廊下にコンセントを差し込むポットをつけ、仕事部屋にはキャンドルのポット。
ゼラニュウムに集中力のためのローズマリーを入れ、
ゼラニュウムのしつこさを少し緩和するためにグレープフルーツを混ぜる。
別にこれでものすごく仕事がはかどるわけではないが、
仕事のためになにかした、というその感じが重要なわけで。

■6月某日
二度目のヨガ・スタジオ。
今度はビギナーのクラスで、衣装も少し地味め。
ポーズそのものより流れを重視したクラスらしく、よく動く。
ぜえ、はあ。ぜえ、はあ。

家に帰って少し眠って、仕事再開。
朝に仕込んでおいたロールキャベツが、
いい具合にとろとろになったころ、夕食。

■6月某日
今期のドラマで続いたのは3つで、「ぼくの妹」、「Boss」、「臨場」。
「Boss 」は明らかに当て書き脚本、メンツも「離婚弁護士」とほぼ同じ。
テンポも演技もほぼ同じながら、それでも見られるのは、
天海祐希の見せ方を心得た本書きさんだからだろう。

「ぼくの妹」の魅力は俳優陣。
オダギリジョーは安定感がある。細かい表情がよい。
千原ジュニアも秀逸。ただ、こちらは演技力というよりは、
むしろ彼の素のなかにあった闇の部分をうまく引っ張りだした、
企画勝ちか。
長澤まさみは、もう長澤まさみとしか言いようがなく、
素でもないけど、かといって演技というほどでもない、
あえて言うならタレントのお仕事だった。

「臨場」。可もなく不可もなく。
最後に向かって良くなっている感じ。

よくできた脚本/俳優陣でも、まったくcomic reliefのないものは、
私にはちょっとつらい。
夜眠る前に重いものは見たくない。
ま、一緒に見てる人がいれば、
いろいろ感想を言い合ってそれなりの処理ができるのだろうが、
一人で抱えて眠るのは御免被りたい、というところ。

| | TrackBack (6)

June 19, 2009

日記(5月から6月へ)

 
■5月某日
少し早めの時間のレッスンで、バッハのパルティータの一番。
ぼろぼろ。ま、こういうときもあるわな。
帰りに商店街の果物屋さんでびわを一箱。
肉屋さんで豚バラを200グラム。
和菓子屋さんで豆大福を2個。

■5月某日
終日、雨の予報。
おうちでおとなしく仕事をする。
そら豆ご飯を炊く。残りもの野菜に豚バラをいれた豚汁と。

■6月某日
ようやく晴れ。
雨が続くと、植物への水やりの加減が難しい。
やり過ぎたか、フランスゴムが落葉。あわてて外に出して風にあてる。

午後、図書館の前でAMと待ち合わせ。
10年ぶり?いや、もっとかな?変わらないね。あなたもね。
私が東京に留学していた頃、同じ先生のもとにいた彼女。
下北沢の彼女の下宿(という風情のアパートだった)に泊めてもらったり
したこともあったっけ。

アタマの回転が早く、いろんなことに興味がある。
でもそういう人が学者として大成するのはなかなか難しいのだ。
そのうえ、両親の離婚騒動が3年続いて消耗してしまったらしい。
時間通りに業績を積み上げていくことが要求される、
アメリカの大学のシステムではなかなかいいところに就職というわけにはいかない。
でも、いい大学出の人に有りがちな、「私はもっと評価されてしかるべきだ」
といった恨みつらみもなく、昔からなんだかひょうひょうとしている。
彼女のそういうところが私は好きだった。

相変わらず話しがいろんなところにとっちらかる。
でも、それに刺激されてこちらも、いろんなことをしゃべりまくる。
相手の話がまとまっていないから、こっちもまとまりなくしゃべってしまっても、
あまり気にならないのもいいところだ。

今度はいつ会えるのかわからない。
「早稲田の図書館にアクセスが必要ならいつでも言って」と言って別れた。

■6月某日
朝、書き仕事、午後に読み仕事。
夜はMと神楽坂駅で待ち合わせていると、
留学センター所長のS先生にばったり。

Mとお好み焼きに行き、その後上島珈琲でまたくっちゃべっていると、
再びS先生にばったり。

なんだか、妙な感じなり。

■6月某日
2ヶ月ぶりの医者。血液検査の結果、またコレステロール値が上がり、
動脈硬化の危険性が増大しているとのこと。
そういや、アメリカに行ってる間、お薬のみ忘れちゃったからな〜
新しいお薬をいただき、なんとなく意気消沈して帰る。

■6月某日
書き仕事の合間に、
飯島奈美さんの「Life」のレシピでハンバーグとポテトサラダを作る。
本当にレシピ通りきっちり測って作る。
うみゃい。すっげーうみゃい。
なんてことはないハンバーグなのに、ふっくらジューシーだし、
ソースは懐かしい味。
このレシピ、私の中の殿堂入り決定。

■6月某日
修正した原稿を送ったので、一段落。
とたんに遊びたくなり、
「ねえねえ、天ぷら食べようよ」と友人を呼び出す。
決してお安くはないが、間違いないお味。
銀座で帰りにケーキを買い、ご機嫌で帰宅。
私のストレス発散はやっぱりイブクロの解放らしい。

■6月某日
両親が高齢になって、コンロの火を消し忘れることが頻繁になったので、
京都の実家のキッチンをIHヒーターに代えようと思い、
リフォーム会社をネットで探す。
前、私のマンションをリフォームしたときに使ったサイトで、
申し込んでおくといくつかの会社が名乗りを上げて来る。
それを検討して、選択して、見積もりをお願いするのである。
便利になったもんよねえ。
私は7月はちょっと動けないので、
8月のアタマに見積もりしてもらうことにする。

■6月某日
4時から整体。
友人が先生のもとで整体師になる勉強をしているので、
私はそのお手伝いとして自分の整体をしていただいている。
お手伝いして感謝されて体を直していただけるのだから、
こっちはラッキーである。
で、整体後は友人夫婦と整体師の先生と4人で飲む。
先生がハンパネエくらいの飲み好きなのである。

新宿の怪しいところにある怪しいビルの中の怪しいスペイン料理。
でも料理はすっごくちゃんとしていた。
私はサングリアすら飲まず、
レストランを出てすぐ帰宅したが、
お三方はあと2軒ハシゴされたらしい。

| | Comments (0) | TrackBack (1)

June 11, 2009

小石川の家


■幸田文の「あとみよそわか」。
もう何度読み返したかわからない。
自分が何かを書かねばならない、というとき、
それは自分にとって本当に苦しいときなのだが、
ふとそのページを繰って、
書くことが許されていることの幸せを考えるのである。
よし書こう、と思うのである。

■この間、さすがにコンピュータの前に坐っているのにも倦んで、
散歩に出かけた。
デジカメをぶら下げ、スニーカーを履き、水をしっかり手にもって、
伝通院までぶらぶら歩いた。
文京区は歴史の街を売り物にしているので、
そこここに名所旧蹟を示した小さな看板がある。
ふと見ると地図に「幸田露伴住居」とある。

伝通院の門前を右に折れしばらく行くと、
右手に目を見張るような大きな木があり、
塀を巡らせた左側のお家の表札が「青木 幸田」。
ここだ!

幸田文の娘さん、露伴の孫にあたる青木玉さんのエッセイ集に
『小石川の家』があるが、ここがまさにその「小石川の家」であった。
公開などされておらないから、私は興奮を押さえ、
不審者と思われないくらいの節度を保って、
周りを少し歩き、写真をこっそり撮った。

しかし、自宅からこんなに近いところに「小石川の家」があるとは!
あんなに幸田さんの作品を愛読していながら、
そしてちょっと考えて地図を見たらわかったはずなのに、
変なものである。

■私はつねづね「文学散歩」などというものには軽蔑を示すことにしており、
作家の人生とその作品を切り離して論じることに、
自分の知的精力のすべてをつぎ込んできたといって過言ではないのであるが、
実際のところ、ジェイン・オースティンの家に行けば動悸がするほどに興奮し、
こうやって「小石川の家」を見つけたらくらくらしてしまうほど、
作家の人生を夢想するのが好きである。

実は「あとみよそわか」の舞台はここではない。
幸田さんが幼少期を過ごした向島である。
よしそのうち行くぞなどと思ったりするが、
電車に乗るのは極端に腰の重い私。
いつになるかなあ。

| | Comments (0) | TrackBack (6)

June 06, 2009

日記(5月分です)


朝、NHKから流れて来るねちっこいアンジェラ・アキの歌を聞きつつ家事。
その後、書き仕事。お昼ご飯にちゃちゃっとオイスターソース味の焼きそばを作り、
街歩きに出る。

てこてこ牛込神楽坂まで歩いてメゾン・カイザーでクロワッサンを買う。
この界隈では一番おいしいクロワッサン。
冷凍保存してもそれなりの味がする。
店内にはフランス語をしゃべる親子(神楽坂はフランス人の人口密度が高い)がいて、
ガキが店のパンに手を出そうとするので、思わず頭をどつきそうになったが自制した。
だが「触ったらアカンで」は言ってしまった。

ガキと動物相手には関西弁が出る。
どれだけ日本語が話せるのかはよくわからなかったが、
私が言いたかったことは伝わったようであった。


快晴。
この間格安で購入した(@東急ハンズ)折りたたみの木製椅子とテーブルを
ベランダに出して、コーヒーとクロワッサンを並べて朝食。
そう!これがやりたかったのよ。
そのためにベランダをきれいにしたのだわさ。

アメリカやヨーロッパのひろーいお宅に住んでおられる諸姉、諸兄は、
この光景を見れば失笑されることであろう。
でもここは土地と家屋のばか高い東京都内、
私にはこの小さな小さな「お外」が分相応。


寒いが快晴。午前中に大学院生の修士論文へのコメントを書く。
すでに仕上がっているものに対して、
これから先を見据えたコメントをするのは好きである。

修士論文であれ投稿論文であれ、それを仕上げている段階ではどうしても、
その学生の現状のキャパを超えたコメントはしにくい。
とりあえず仕上げるためにはどうすればよいか、という、
小手先の戦術に関するアドバイスになりがちだ。
だが、すでに提出してしまった修士論文には、
もっと根源的なコメントができる。
修論とおるためにはこういう言い方は必要かもしれないけど、
そういう風に言ってしまうことで、こういう問題が出て来るから
気をつけるようにね、などということも言えるわけだ。

さて、院生が帰るともう5時を廻りかけ。
やばい、これから整体に中野坂上まで行かねばならぬ。
で、西武新宿線中井まで辿り着いたところで、財布を忘れたことに気づく。
最近はPASMOで移動できちゃうので、今まで財布を確かめなかったのである。
やばい!!
結局改札は「ごめんなさい」で出してもらったものの、
整体の場所まではタクシーで行かねばならない。
で、整体の先生にお金を出してもらわねばタクシーから降りられない。
整体の先生にはこの前のワークショップで一度お会いしたきりである。
でも、この際、しょーがねえ。お電話をして事情をお話し、
大通りまで迎えにきていただいて、お金を払っていただく。
うー恥ずかしい。。。年に三回くらいやるんだ、こーゆーこと。


二ヶ月前に投稿した論文がコメント付きで返されてきた。
あと一ヶ月でこれを書き直し、再査読にかけられることになる。
自分が書いたものに対するコメントを読むにはけっこうな感情的な労力を要する。

読み手を具体的に想像し、「この人ならこのように読んだに違いない、
ああ、なぜそれを私はちゃんと予想してそのような反論を封じるように
書かなかったのか」と臍を噛んだり、「だって、しょうがないじゃん、
はなっから枚数足りないんだからさ」と言い訳してみたり、
ひどいときには「アンタ、ばっかじゃないの!」と毒づいてみたり。
挙げ句のはてに「なぜありのままの私を受け入れてくれないの」なぞと、
恋人への恨み言のような言葉を吐いたりして。

結局、午後の仕事はほとんどこの感情の処理に費やされ、その合間には、
たまたま電話をかけてきた不運な友人にながながと愚痴る、だの、
お笑い番組(それも既に見たやつ)を3つ続けて見る、だの、
ハーゲンダッツのアイスクリームを2つ喰う、だのという破壊的行為に及ぶ。

それでも、たぶんこれを建設的に受け入れて書き始めるまでにはあと2日くらいが必要だろう。
因果な性格じゃ。


朝の書き仕事の合間にシュガーパインの植え替えをする。
ミニバラはいろいろ手を尽くしたが、駄目らしい。
ごめんね、これをくれた留学センターのみんな、と言いつつ、
さようならをする。
そのうちやる、ミニバラのリベンジ。

| | TrackBack (2)

June 05, 2009

落語の「ら」


昔、関西に「らくごのご」というテレビ番組があった。
笑福亭鶴瓶さんと桂朝丸(現ざこば)さんが観客から言葉をつのって、
その言葉を入れ込みながら即席の噺をするというもので、
「ご」は「語」であろう。
即興芸だから落語の「落」の方はなかったりする。

父親が気に入ってよく見ていたが、
私は朝丸さんがいつも器用に噺を作れず四苦八苦するのを見るのが苦しくて、
あまり好きにはなれなかった覚えがある。

鶴瓶さんのうまさとは対極にあった朝丸さんの不器用さも、
言ってみれば興のうちなのであろうが、
一生懸命な失敗を楽しんでいるみたいで、私の性には合わなかった。

(同じ理屈で私は「初めてのおつかい」みたいなのもあまり好きではない。
こういうものは最後に困難を乗り越えるところがいいのだろうけれども、
そこまでの経過を傍観している自分の位置がどうも私は好きでないらしい。
「らくごのご」はそんな予定調和すらないからひたすら私には苦しかった。)


ともあれ、これが極めて貧弱な私の落語経験である。
練り込まれた芸としての古典落語などあまり興味もなかった。
テレビで聞いたことあるのは米朝と枝雀くらい。
そんな私の生活に落語を取り込んでくれたのは、
iPodであり、Podcastであった。

テレビなどに露出がない数人の若手/中堅落語家さんたちによる、
古典落語のパフォーマンスを手にいれて聞くようになったのである。
声そのものがよい人、枕がうまい人、すぐ噛む人、
流暢だけどあんまりおもしろいとは思えない人。
どれもそれなりに味があってよい。

その中に私の好きなお声の方がいて瀧川鯉橋さんと言った。
ネットで調べてみるとその方がゲストで呼ばれている会があったので、
切符を買い求めてみた。

初めてのライブ落語。行ってみるとメインは桂都丸さんであった。
お名前は知らなかったが、お顔は関西のテレビではよくお見かけする。
だみ声ながら芸は素晴らしく、なんとも言えぬ間があって、
関西の間が大好きな私はけっけけっけ笑い通しであった。


さて、中入りがあり、次はお目当ての・・・あり?
瀧川鯉橋さんじゃねえじゃん!
なんと私が購入した会のゲストは、
鯉橋さんのお師匠さんである瀧川鯉昇さんだったのである。
後で知ったところによると、このお師匠さんはなかなか有名な方らしく、
いぶし銀の芸だという評判であった。

たしかに派手なところはないが、
要所要所で毒の利いたせりふで「くすっ」を誘発するその芸には
感嘆させられた。
英語で言うならdry witというやつに近いか。
家に帰ってさっそくいくつか購入したほど気にいった。
めちゃくちゃ愉しかったのだから、「終わりよければすべて良し」である。


自分のポカを正当化するのもどうかと思うが、
そのおかげで、一つ世界が広がったじゃないか。
おっちょこちょいでもたまにはよいこともある。

| | TrackBack (2)

June 02, 2009

「血液循環」のお仕事


今日は朝の書き仕事を止めて図書館に行く。
ついでにスタンフォード大学から来る交換教員の書類を事務所に提出。
ついでに学生のイギリス留学のための推薦状を書いて渡す。

どちらも小さな仕事だが、一方は外から人を受け入れる仕事、
もう一方は内から外へ人を出す仕事である。
私もいろんな人にこうした書類を書いていただいて、
国をまたいで幾つかの教育機関を渡り歩いた。


今の大学に来てからも、私はずっと国境を超えた人の流れが見える場所にいた。
なにしろ就職したのが文学部や法学部とかいういわゆる「学部」ではなくて、
「国際教育センター」という「部署」だったからだ。
ここは以前には「国際部」と呼ばれていて、
一年単位でアメリカからの留学生を受け入れる特別プログラムであった。
専任教員が私を入れて4人という、吹けば飛ぶような部署だったのだが、
あれよあれよという間に再編成につぐ再編成が行われ、
今の私が所属する学部に組み込まれたのであった。

あれよあれよの波に飲み込まれ、いつの間にか私は、
「留学センター」の教務主任ということになっていた。
留学センターは学生の交流を運営するところだが、
国際課という部署の中にあるので、
必然的に教授陣の交流も間近で見ることになったし、
大学のトップの交流のさまも垣間見ることになった。
本当に垣間見ただけだったけど。


人間の健康に滞らない血液循環が必要であるように、
大学にも血液循環が必要だ。

知は異種交流をして初めて進化する。
知は滞留すると退化する。

頭脳が集まり散じ、散じた頭脳がまた機会を得て集まる。
学生も、教員も、そして職員も。


国際交流は今全国の大学のお題目になっている。
だが、それが本当の意味でできる大学は実は驚くほど少ないのだ。
お金も重要だが、お金だけあったって駄目なのである。
資料的リソースや人的リソースがあってこそ可能なのだから。

長い歴史のなかで堆積された資料、
それをフルに活用できる最新のシステム、
活用したいという外からの人々を様々な形でサポートする職員の存在、
そういう研究者や学生を惹き付けるような教員の存在。

日々の仕事に紛れてしまうと、
自分が循環の小さな一部を担っていることを忘れてしまう。
ついついいろんなことが面倒になってしまうのである。
時折、目線を上げて、大きな循環の流れを感じよう。
それはおそらく、海外の有名大学との名前だけの提携を結ぶより、
重要なことなのだ。

自戒をこめて。(ちゃんと書類書きやります。。。泣)

| | TrackBack (0)

« May 2009 | Main | July 2009 »