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June 02, 2009

「血液循環」のお仕事


今日は朝の書き仕事を止めて図書館に行く。
ついでにスタンフォード大学から来る交換教員の書類を事務所に提出。
ついでに学生のイギリス留学のための推薦状を書いて渡す。

どちらも小さな仕事だが、一方は外から人を受け入れる仕事、
もう一方は内から外へ人を出す仕事である。
私もいろんな人にこうした書類を書いていただいて、
国をまたいで幾つかの教育機関を渡り歩いた。


今の大学に来てからも、私はずっと国境を超えた人の流れが見える場所にいた。
なにしろ就職したのが文学部や法学部とかいういわゆる「学部」ではなくて、
「国際教育センター」という「部署」だったからだ。
ここは以前には「国際部」と呼ばれていて、
一年単位でアメリカからの留学生を受け入れる特別プログラムであった。
専任教員が私を入れて4人という、吹けば飛ぶような部署だったのだが、
あれよあれよという間に再編成につぐ再編成が行われ、
今の私が所属する学部に組み込まれたのであった。

あれよあれよの波に飲み込まれ、いつの間にか私は、
「留学センター」の教務主任ということになっていた。
留学センターは学生の交流を運営するところだが、
国際課という部署の中にあるので、
必然的に教授陣の交流も間近で見ることになったし、
大学のトップの交流のさまも垣間見ることになった。
本当に垣間見ただけだったけど。


人間の健康に滞らない血液循環が必要であるように、
大学にも血液循環が必要だ。

知は異種交流をして初めて進化する。
知は滞留すると退化する。

頭脳が集まり散じ、散じた頭脳がまた機会を得て集まる。
学生も、教員も、そして職員も。


国際交流は今全国の大学のお題目になっている。
だが、それが本当の意味でできる大学は実は驚くほど少ないのだ。
お金も重要だが、お金だけあったって駄目なのである。
資料的リソースや人的リソースがあってこそ可能なのだから。

長い歴史のなかで堆積された資料、
それをフルに活用できる最新のシステム、
活用したいという外からの人々を様々な形でサポートする職員の存在、
そういう研究者や学生を惹き付けるような教員の存在。

日々の仕事に紛れてしまうと、
自分が循環の小さな一部を担っていることを忘れてしまう。
ついついいろんなことが面倒になってしまうのである。
時折、目線を上げて、大きな循環の流れを感じよう。
それはおそらく、海外の有名大学との名前だけの提携を結ぶより、
重要なことなのだ。

自戒をこめて。(ちゃんと書類書きやります。。。泣)

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