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July 29, 2009

日記(7月なかば)

■7月 快晴
もともと寝付きが悪い方ではないが、最近は寝る前のヨガが利いているのか、
こてんと寝て、比較的すっと起きられる。
ただ、朝は体がガチガチに固まっている。
背中は板を入れているかのようだ。
去年はこんなことはなかったのに。
あーあ、年やなあ。ヨガがんばろ。

冬のカーペットをようやくクリーニングに持っていく。
雨続きで持っていけなかったのである。
でもあっちい。

お昼は海老のチリソースをつくり、
セロリ、トマト、タマネギ、コーンを入れたレンズ豆のサラダを添える。

■7月 快晴続く
このところ書き仕事はお休みで、書くためのネタ準備をしている。
本日は久々の食いしん坊お食事会なのでお昼は軽め。
するすると素麺をすすりつつ、
ネットでかき集められる限りの文献情報を集める。

午後の読み仕事は少し早めに終え、
待ち合わせは青山の「椿」である。

松の実の粥から始まり、いちじくの上にまろやかな味噌だれをかけて焼いたもの、
新ぎんなんの入った稚鮎の南蛮漬け。
お酒は濁り酒のスパークリング。
濁り酒の味は大好きなので、下戸ながら少しずついただく。
もちろん、季節の鮎の塩焼き。
猿のこしかけか、と見まごうばかりの巨大松茸は、
鱧と一緒に。ふじみなのおひたし。
〆は一番のお目当て、鮎ご飯。

満腹、満足。

■7月 くもり
よく寝ているはずなのに、お肌の調子がよろしくない。
なんだ、この目のふちのブツブツは。
年を意識させられることの多い昨今である。

さっそく薬屋でビタミンのサプリメントを買い、
スーパーでトマトジュースを買う。

夜は会議だったので、夕食は会議弁当。
決して味が悪いわけではないけど、
これから会議が始まるときにおいしく食事が取れるはずもない。
そんな風にしか消費されない料理は本当に気の毒だ。

■7月 曇りのち雨
久しぶりに朝のヨガクラスを入れた。
インストラクターの方々は決してみなほっそりしておられるわけではない。
だが、筋肉のひきしまった、それでいて脂肪が残った、
実に魅力的な肢体をお持ちである。
それぞれに年を重ねて、それが皮膚の表面を薄く覆ってはいるものの、
その下にはしなやかな筋肉が透けて見える。
皮膚だけをピンと張るようなアンチ・エイジングをやるより、
こっちの方が私には魅力的に思える。

午後は友人が来て、資料を机に積み重ねつつ、研究会をやる。
普段、あまり家に人を呼ぶことはないのだが、
必要な資料がすぐある場所で、ネットが使える、となると、
我が家しかない。

二人ともサバティカル中なので、研究の話が思う存分できるのがよい。
大学の仕事をしていると、顔を見合わせても組織の愚痴や、
学生や授業に関する個別のことを話してしまって、
なかなか研究の方にギアが変えられなかったりする。
つまるところ、どちらも器用ではないのだな。

■7月 また雨
ディルを買って、その残りがあるので、
キュウリとセロリとハムのディルサラダを大量に作る。
一日、なんとなく集中できず。

しょうがないので、
ぼんやりiPodで小説の朗読を聞きながら、
資料を整理したり、年表を作ったり、頭を使わない仕事をする。

■7月 晴れ
お昼からライブに行くので、朝は早めに起きて資料読み。
ライブハウスにもランチメニューはあるようだが、
そこで食べるのはちょっと嫌なので、
11時ごろにLifeレシピのスパゲティ・ナポリタンを作って食す。

さて、赤坂。
クラシック専門のライブハウスである。
寡聞にしてそんなものが存在するとはまったく知らず。
20人入るかどうか、というサイズ。
マイミクの歌手戸田昭子さんが、ダンナさんとお子さんで作っておられるユニット、
「リム」のコンサートである。
そこに、テルミンなる楽器の演奏が加わる。

これまた寡聞にしてそんな楽器が存在するとはまったく知らず。
空中で優雅に手を動かす演奏者の三毛子さんを見て、
弦がそこに張ってあるのかと思いきや、
世界初の電子楽器なのだそうな。

Wikiによれば、
「テルミンの音程を生成する部分にはコルピッツ発振回路のようなコンデンサをもつ高周波の発振回路が2つ組み込まれ、これらはわずかに違う周波数を持つよう調整される。これらの発振回路の出力を組み合わせ、それが発生する低周波の可聴域のうなりを音に変換するのがテルミンの原理である。一方の発振回路のコンデンサ部分はアンテナの1本に接続されており、アンテナに手をかざして手とアンテナとの間の距離を変えると、静電容量が変化して発振周波数が変わる。これにより、うなりの周波数も変化して音程も変わることになる。もう一方のアンテナによる音量の変化も、同様に2つの発振器と静電容量変化により発振周波数が変わることを利用している。」
のだそうです。だから演奏者の手が動いている空間に弦は無いのだった。

こーんな形

「リム」の良さは、前のエントリーで書いた通りだが、
あまりうまく書けていないなあ、と自分でも思う。
「家族」ってことがポイントじゃないのだ。
それがちゃんと出ていない。

たるい書き手だな、私。

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July 26, 2009

楽器の愉しみ方


パリにお住まいの音楽一家の演奏会に行く。

演奏会といっても小さなクラシック音楽専門のライブハウスである。
そんなものがあること自体、私は知らなかったのだが、
入っても20人強というライブハウスで、
飲み物や食べ物をいただきつつ生演奏を聞くというスタイルである。
日本でクラシックと言えば、
コンサートホールの狭い座席でしゃっちょこばって聞くスタイルしか
知らなかった私にこれは新鮮だった。

もっとも演奏は「雑歌屋」というお名前にふさわしく、
クラシック以外にもジャズナンバーあり、シャンソンあり、ミュージカルあり。
日本の暑さにグロッキー気味のクラリネット担当の息子くんと、
ピアニストのだんなさん。
だが家族でステージに立つというのはやはり格別の思いがあろうし、
見ている方はその幸せのお裾分けをいただいた感じである。


人が集まるとなんとなくそこに楽器があり、音楽が始まる。
そんな音楽の楽しみ方を、私は長い間知らなかったような気がする。

私の子供の頃の愛読書に福音館書店の「大きな森の小さな家」シリーズがあった。
アメリカの開拓者の娘ローラ・インガルス・ワイルダーが、
自らの体験を詳細に綴ったもので、馬車で移動し、
土地を開墾し、丸太で家を建て、そこで家族だけで暮らす。

後にテレビドラマ化され、
レーガン保守政権の家族イデオロギー宣伝に使用されたため、
なんだか妙な具合に敬遠することになってしまったが、
私がアメリカという国の歴史的な理解を重要な部分で
下支えしてくれた書物には変わりない。

開拓地の、娯楽といって何も無い場所で、
夜になるとお父さんが持ち出すのはヴァイオリン。
たまに隣人が集まると、そこでもヴァイオリンが鳴り、
ダンスが始まる。人々は歌い始める。


我が実家でもピアノがあったし、チェロもあった。
我々姉妹は他の家庭よりはるかに音楽に近かったと思うが、
娯楽のために楽器を奏でるということは皆無だった。
ときどきお客様があると、ピアノを弾かされたりもしたが、
それは親の娘自慢のためであって、
客はうまくもない演奏をそれこそしゃっちょこばって
聞かされるのであるし、弾いてる方もまあおもしろくない。

アメリカで暮らしているとき、たまたま友人のボーイフレンドが
ピアノ弾きだったことがあった。
部屋にはピアノがあり、私はそれを弾かせてもらったり、
彼の伴奏で歌わせてもらったりしていた。
あれは楽しかった。
生の楽器の音を、生活の一部にする楽しみ。
上手く弾くことを要求されない楽しみ。
聞き手は耳を澄ませて聞く必要なんかないのである。
料理しながら、掃除をしながら、おしゃべりしながら、
体で音を受け止めればよい。


楽器の音色がいつもいつも家の中に溢れているおうち。その幸福。
そりゃ音楽一家であることの苦労や苦悩もあるのだろうと一方では思いながら、
そんなことをこもごも考えた。

こういう楽器の楽しみ方、今からでも学び直せるだろうか。

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July 20, 2009

日記(7月初旬)

■雨、続く
朝、ヨガクラスに行く。
帰りに和菓子屋さんをのぞいたらおいしそうだったので、
麩まんじゅうを購入。夏ですねえ。
夜にはLとA夫婦四人で飲む。
お刺身の盛り合わせの中に赤い化粧をした鱧が。
夏、ですねえ。

■曇り
お茶とコーヒーが一度に切れた。
どちらもなくては生きていけないので、まずは池袋東武へ。
一保堂で麦茶、玄米茶、炒り番茶を購入。

地下のイートインでお昼をすることに決めて、
ぐるぐる歩いてみるとホテルオークラの洋食がある。
ドミグラスソースのオムライス、1000円なり。
しっかりたまごでくるんだ、割と昔風のもの。
お味は。。。まあこんなもんでしょう。
ついでにセールものぞく。
神楽坂に戻って「緑の豆」でコーヒーを購入。

さっそくお茶をいれて、査読論文を読み始める。

■雨
前の仕事の書類を整理してバインダーに入れ込み、
図書館にごっそり本を返し、
次の新しい仕事のための本を一カ所に固める。
仕事部屋の隅々にまでダイソンくんをかけ、
(普段は書類が散乱しているので、
ここにはクイックルワイパーくらいしかかけられないのだ)
仕事が一段落ついたときの儀式。

すっきりしたお部屋で自分の論文の校正と、人の論文の査読。

■晴れ すっげえ暑い
「志らくのピン」、古典落語編に行く。
ナマ落語二回目なり。やっぱ、おもろい。
演劇も好きだが、一人の職人の芸を堪能できるところがよい。
話もよく練り上がっている。当たり前だが。

■曇り、雨
国立小劇場で「現代能楽集 鵺」。
昨夜の落語の余韻、まださめやらないままに、
演劇をもう一つ。
やはり間をもう少し開けないと連続は精神的にきついな。

なにやらわけわからず。そしてそのわけわからなさの心地よさもあまりなし。
空席も目立つ。

帰りに新しく出来た和菓子屋さんでよもぎ大福を買う。
本店が京都と言うが、聞いたことのない名前。
まったくよもぎの香りなし。あんこの味もぼんやりしている。
こぎれいで、丁寧に包装してあるけど、中味がお粗末。
ある種の論文のごとし。

■晴れ
ピーマンの肉詰めの甘酢ソースを作る。
上沼恵美子さんの料理本をもとにした、私の殿堂入りレシピの一つ。
ひき肉が解凍されるのを待ちつつ、論文の校正。

夕方、会議。よって夕食は会議弁当。
味気ないことおびただしい。

■快晴、あっぢい
昼は素麺しか体内に入れられない。
午後からえっちらおっちらソフィアの市ヶ谷キャンパスへ。
LとAと三人で、サブカルチャーのワークショップに行くのである。

ワークショップといってもほとんどシンポジュームで、
キーノートスピーカーが東浩紀氏と宮台真司氏。
コメンテーターはDuke UniversityからAnne AlisonとTomiko Yodaの両氏。
スピーカーはその他数名。
主宰は東氏の『動ポモ』を英訳した上智の河野思恩氏である。
入ると会場の正面にでっかい仮面ライダーディケイドの写真が映し出されていた。
私が子供のころの仮面ライダーはもっと昆虫っぽかったんだけど、
今のはほんとにメカだね。
もっとも私の仮面ライダーは一号、二号、V3辺りで止まっている。
ちなみに二号は、私の初恋の人。

それはさておき。
いろいろな意味で話が噛み合っていなかったと思う。
だが、それは決して非生産的なことではない。
少なくとも聴衆の私たちにとって、
噛み合わなさそれ自体がそれぞれの発表者の置かれているコンテクストを
照射していて刺激的であった。

東氏は日本の批評という言語的にも文化的にも閉ざされた場所から
そこを内破せんと思考してきてサブカルチャーに着地しており、
それはアカデミズムと微妙に重なり合いながら、
しかし決定的に反発する磁場である。
宮台氏は大学教育の場にしっかり軸足を置きつつ、
ジャーナリズムとアカデミアを往還する思考の人である。
彼らはサブカルチャーのインターナショナリズムを前提としており、
「日本」というローカリティと交渉する必要性を、
少なくとも日本語で発話している限り持たない。

一方アメリカのコメンテイターたちは、
日本学/地域研究という、日本語には存在しない枠組みの中で、
日々民族政治的に動くことを要求されている人たちである。
そこでは「地方としての日本とはなにか」という問いから、
実践的に自由になることがない。
彼らにとってアカデミアは極めて政治的な場所である。

東氏宮台氏に政治性がない、という意味ではない。
政治的スタンスをクリアにとらない彼らは、実は多分に政治的である。
ただ、コンテクストが異なっているから、戦略も異なる。
そこがまだ見えにくい。

しかし、この五時間は私の脳みそを撹拌するには、充分であった。
夜、飲みに行ってもまだ興奮が続く。

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July 05, 2009

日記(〆切前の日々)

■朝曇り、夕方どしゃぶり
朝、今日到着予定の交換教員の先生に連絡。
午後に訪問することを打ち合わせて書き仕事を開始する。
戦後の浮浪児に関する林芙美子のエッセイについて書いていたら、
なんとなく美空ひばりが聞きたくなったので、
次々にかける。

♪左のポッケにゃ夢がある 右のポッケにゃチューインガム
 もぐりたくなりゃマンホール♪

奇妙に明るいホームレス孤児の歌である。
それを同い年くらいの、ピンクのドレスで着飾った美空ひばりが歌う。
流行歌で歌えてしまうくらい切実な問題ではなくなったということか。
それとも。。。

雨のなか、大学へ出かけ、用事を済ませ、外国人訪問教員専用の住宅へ。
5歳の男の子は疲れてもうおねんね、ということで会えず。
IDカードや書類をお渡しし、コーヒーを一杯いただいて、
再会を約して帰る。

■梅雨の晴れ間
〆切前でテンパってきたので、ピアノのレッスンを一週間後にリスケする。
お昼は昨日買っておいた「五十番」の肉まんにたまごスープで済ませる。
がんがん書く。そしてがしがし消す。

再査読に出していた論文、メール連絡があり、掲載が決定したとのこと。
そうなるだろうーなーとは思っていたけど、とりあえず安心。
これで三本目の武田泰淳関連の論文となる。
次の四本目も半分くらいは出来ているので、
それをあげたら武田シリーズは一段落かな。

■曇り、ときどき薄日
三度目のヨガスタジオ。
インストラクターは私とおそらく同年代か少し上くらいの方である。
これで3人の違ったインストラクターさんのクラスを取ったわけだが、
それぞれ少しずつ力点が違っていて、おもしろい。

ヨガ後、おうちに帰って爆睡。
起きだして再び仕事。

Michel Jackson急死の報。
晩年の度重なる整形に歪み切った顔、
ネバーランドと名付けられた奇怪な帝国。
どちらも深い孤独とその心のアンバランスを示していて痛々しかった。
安らかに眠ってください。

■久しぶりの快晴
植物の鉢を全部外に出して、陽に当ててやる。
洗濯機を二回まわす。
ズッキーニとトマトをスライスして天日干しする。

そろそろ原稿が終わりに近づいて来た。
一番最後は冒頭部である。
今回はがちがちの論文ではなく解説なので、
本体よりもポエティックに比喩を多用して書くことに決めている。
私の中ではこれは、理論的な骨組み部分を<詩>に落としこんでいく作業。
ここが自分の納得のいくようにかけると、原稿はほぼ完成といってよい。

合間にポチポチとヨガウエアを購入。
だって、安売りだったんだもん。

かぼちゃを薄味で煮付けるも、今ひとつぼやけた味になってしまった。
干しておいたズッキーニとトマトでパスタ。

■再び晴れる
晴れると体調がよい。
<詩>部分が終ると、あとはそれに従って各セクションを<掃除>する。
私はたいがい書き過ぎているので、いらないところを削ったり、
凝りすぎているところシンプルにしたりして掃除と同じ感覚。

そろそろ終わりだと思うとご褒美が欲しくなるものである。
近くのケーキ屋さんに行き、フィナンシェなどいくつか焼き菓子を買う。
紅茶をいれて、花など眺め、一人で悦に入る。
にんげん、日々、これくらい余裕がないと、アカン。

夜は無心に海老ワンタンを作る。
にら、海老、卵白、昨日の残りのズッキーニも入れちゃえ。
で、四分の一くらい、はふはふいただき、後は冷凍庫へ。

■曇り
リスケしていただいたレッスンへ。
結局2ヶ月引っ張ったバッハのパルティータ一番を通しで見ていただき、
「うん、まとまってる」というお言葉をいただいた。ヤッタ。
これはチカダ先生、定番の褒め言葉の一つなのだ。
11月の発表会はこれでいきましょう、とのこと。
え、暗譜すんのん?

私は暗譜が大の苦手。
でも、発表会って不思議に楽譜が前にあると、
間違えるんだなー。不安になって、必要ないところまで見ちゃうから。
前回、それでボロボロだったし。

冷蔵庫にブロッコリーがごろんと残っている。
くたくたにゆでて潰してクリームスープにしてしまう。
ビタミンCもなにもあったもんじゃないけど、
野菜の青臭さが駄目なのである。
子供のころは生のトマトが嫌いで、トマトジュースは好きだった。
変な子や、と言われていたが、今考えるとよくわかる。
生のトマトはタネの部分が青臭いのである。
トマトジュースはそこを全部とってある。

■また、雨
最後にもう一度読み直して、原稿を添付で送る。
一つの長かったプロジェクトが終了だ。

でも、送った後にもう一度読み直してみたら、
直したいところがいっぱい出て来た。
後でまた新しいバージョン、送りつけたろ。

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