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October 11, 2009

日記(9月から10月へ)

■9月某日
赤ワインが余ったので、りんごのコンポートを作る。
切って鍋に並べて、少し多めの砂糖と赤ワイン、レモン汁を適当に入れ、
干しプルーンとシナモンスティックとクローブを一粒。
軟らかくなるまで煮て、そのまま鍋で冷ます。

仕事はスパイスとりんごの甘酸っぱい匂いが立ちこめる台所で。

■9月某日
大学時代の友人と夕食。
彼の会社に私の所属学部の学生が採用になったのだ、という。
大企業なら特に驚きはしないけれど、彼の会社はそうではない。
妙な縁だ。学生も吃驚したことだろうと思う。

20前後だった私と彼は、これからどういう人生を送りたいかということを、
飽きもせずに延々と語り合っていた。
30歳までとにかく死にものぐるいで生きよう、
などという若い気負いに満ちた約束を交わしたりしたものだ。

もうその約束の期限からも15年が経っている。
私の30歳までの日々が「死にものぐるい」という言葉にふさわしいものであったものかどうか。
別にそうであったとしても、そうでなかったとしても、
それはそれでよい、と思えるくらい年数を重ねてきてしまった。
いろいろと時間を数えた夜だった。

■9月某日
里芋と干し椎茸の炊き込みご飯を玄米で作る。
オクラはさっと茹でて梅肉と醤油であえておかかをふった。
みそ汁はちゃんと出汁をとって作った。豆腐と小松菜。
ひじきはお精進で、人参と椎茸。
心の調子が悪いときは丁寧にご飯を作るのが習い性になっている。

『近代日本文学の批評』を読み返す。
戦後の批評には「文学」の自明性が問われていないことがしきりに問題にされている。
90年代にはそのことだけを言っていればよかったのだな。

■9月某日
今日は朝から乳がん検診。手際よくいろんな検査を流れ作業的に受け、
正味は一時間ほど居ただけだったのに、他人に体をいじり回されるのはけっこう疲れるもので。
で、帰ってみると、同僚より会議に出られないと連絡が入っている。
何度も確認のメール入れた私の努力がまったく報われなかったことを知って、
ふたたびぐったり。

気を取り直して、明日の授業の確認。
初めてパワポなるものを使うのである。
もともと機械オンチ、というより、機械恐怖症のうえ、
ソクラテスメソッドを得意とする私の授業形態となじまないという
格好の言い訳もあったので今まで使ったことはなかった。

だいたい事前にああいうものが機械の上に映し出されていると、
ライブ感が失われてしまう。
教室に坐っている学生たちの、テクストへの感触を言語化させつつ、
それを組み込んで私の流れを作っていくのが、腕の見せ所だ。

そう思っていたのだけれども、大学院の授業では、
ライブ感を維持することの方が疲れることがよくわかったので、
限定的に方針転換をしてみたのである。
ソクラテスメソッドは、クラスに最低2割はお調子者がいないと成立しない。

で、教室に行くまでもいろいろ確認したりして落ち着かない。
案の定、もらった鍵で戸棚の鍵を開けたとたん危機が訪れた。
PC、どこにあんねん?
少しでも戸惑ったらサポートを呼ぼうと思って番号を控えてあったので、
さっそくサポートセンターに電話しておねいさんに来てもらった。
先生、これがPCなんですよ。
へ?これが?
てな会話が交わされ、おねいさんの指示のもと、
なんとか授業を始めることができた。

学生のみなさん、
たどたどしててごめんね。

■10月某日
昨日の夜は珍しくお客さんがたくさん拙宅にいらしたので、
うちにもその余韻が残っていて、なんとなくざわざわしているようだ。
ワイングラスを片付けて、大皿を戸棚にしまい、
一年に一度の宴は終了。

いらしたのはみな、大学の職員の方々。
数年前、大仕事を一緒にした仲間たちである。
もうその仕事のことを覚えている人とて少ないだろうが、
私は忘れない。
大学という機関についてこれほど考えた時間はなかったからだ。

余韻のせいか、なんとなく酒が飲みたくなって、
珍しく残っていた赤ワインを一人で開けた。
パーティの残りものをつまみに、小説を読んだ。

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