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November 21, 2009

日記(10月末から11月)

■10月某日
もう少し若いころは人づきあいもかなりとんがっていたが、
中年もだいぶ半ばにさしかかって、
人と一緒にいることを楽しむことが少しできるようになってきたと思う。

ピアノのレッスンの後、
先生と先生のもう一人のお弟子さんであるMさんをお誘いして
神楽坂をご案内がてらランチをする。
こういうことも、昔はあまりなかった。
思い立ったときにしておかないと機会を逃してしまうかもしれない、
という思いがいつもよぎる。

■11月某日
先週の授業で、学生から来週はお休みですよ、と教えてもらった。
あらー、シラバスまたずれちゃうじゃないの、と思いつつ、
思わぬ時間のプレゼントが嬉しい。
雨が今にも降りそうだけど、久しぶりに神田古本市に行こう。
ネットで全国の古本が買えるようになってから、
古本をひやかしに歩くことがなくなってしまった。
お昼前に出て、ついでにボンディの欧風カレーも食べてこよう。
成果は中野重治関連の本を何冊か。

■11月某日
妹がフランスから帰国。
義弟も出て来て3人で鰻を食べに出る。
一時間近く待たされて、鰻が来たときには、
もう3人ものも言わずにむぐむぐ喰う。
その後二人は都内のホテルに向かった。
私は帰って昼寝。
鰻くっちゃったら、午後の仕事は無理だしー。

■11月某日
いつの間にか「大人買い」という妙な日本語が定着したようだが、
作家の全集を買うのはまさに「大人買い」である。
月給取りになって、この快感に目覚めた。

院生の頃はどうしても必要な一冊だけバラで古本屋で買って、
あとは図書館に日参して読むというようなことをせざるを得なかった。
今は有り難いことに(かどうかは実際のところわからぬが)
「あ、その棚、全部いただくわ」ってなことが、
ぽちっとクリックするだけでできる。

というわけで、中野重治全集を取り寄せた。
読み始めてみると、雑文がおもしろい。
随筆などという高尚な名前よりも「雑文」と呼んでしまった方がいいような、
短いエッセイのような文章がおもしろい。

仲間内でアジったりするときの文章は専門用語が多くて楽しめないが、
60年代の講演記録などは、私の今の研究に直接関係ないんだけど、と思いつつも、
つい読んでしまった。
噛み砕いて話さねばならないという場合に、
この人はもっともその言語能力を発揮したのではあるまいか。
わかった風な口をきくことを、この人は絶対にしない。
しゃべった端からそのしゃべった言葉に注釈を加えていくような、
一種独特の語り口。
徹底して自覚的なのに、
そこに自意識過剰を感じさせない落ち着き。

イデオロギーは置いといて(てなことを言うと、中野重治研究者に
叱られてしまいそうなんだけど)書き方が好きだ。

■11月某日
俳優遠藤憲一が好きだというと、
友人が貸してくれた『湯けむりスナイパー』のDVD全4巻。
仕事終わりに少しずつ少しずつ見ている。

数年前NHKの時代劇で見て、いいなあ、と思い、
ネットで検索したらVシネマを中心に活躍しておられる俳優さんであった。
声がいいから、CMや映画の広告のナレーションも多く手がけておられる。
この『湯けむりスナイパー』は深夜枠ながらドラマ初主演である。
めでたい!

深夜枠だし「湯けむり」というくらいだからエロティックなのはお約束としても、
近年のふやけたドラマにはない思い切った場面もあって、
見てるほうもはらはらどきどき。
はーどぼいるどでせくしい、でもなんともいえず、きゅーと。
やっぱ、私も買おかな、DVD。

■11月某日
髪を切りに表参道まで行く。

■11月某日
Twitterなるものを始める。
ブログにも貼付ける。
これでブログの表に2種類の時間が流れることになる。

Twitterでつぶやけるのは140字だから「構成」を考える余地がない。
それが一番の特徴である。
強調されているのはそれが単なる「つぶやき」であり、
聞かれることもあれば、聞かれないこともあるということ。
Mixiのような足跡もコメント欄もないから、
「読まれた証拠」も残らないかわり、
それがないことを嘆くことにもならない。
時間が流れてしまえば残っていかない言葉たち。
それは以前はネガティブであったが(ネット上でコメントされない
ことを悲観して追い込まれて犯罪を犯してしまった人もいた)
Twitterはそれを逆手にとっている。
削除はできるが編集はできないという構成も、
流れて行く時間を意識させる。

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November 15, 2009

構成力のもんだい


最近の若手のお笑いで構成力がまるでないのは見るに耐えない、と
松本人志がラジオで言っていたのを聞いたことがある。
「若い奴はもっと落語を聞くべきや」と。
なるほど、松本の「すべらない話」における構成力は、
落語で培われたものだったのか、とそのとき合点がいったのだった。

不必要なディテールを省いてテンポを早め、
オチの効果を最大限に高めるために、
聞き手に与える情報の順序を決めてたたみかけ、
それでも決してオチを予見させぬ。
意外性がなければ人は笑わない。


しかし、もちろんそのパターンだけが芸ではない。
笑福亭鶴瓶の話は「すべらない話」の対極にある。
ディテールこそが命であり、しかもそのディテールが必要なのか、
不必要なのか聞き手にはよく見えない。
おそらく本人もその場ではわかっていないのだろう。
時にはそのまま別の方向に行ってしまったりもする。
それなのにまとまり(オチではない)がつく。
(むろん、この上手さに関しては松本もおおいに認めるところだ)


先日、鶴瓶の古典落語を聞きにいった。

最初に立ったままマイクを持ってフリートーク。
次に中川家の漫才。

私は漫才を舞台で見たのは実は始めてだったのだが、
中川家にも鶴瓶のフリートークのような、
どこまでが決められた台本でどこからがそうでないディテールなのか
わからないスリルがあった。
寄席で培われた技術に違いない。
堪能した。

最後の古典落語はまくらなしのスタートである。
これはよかった。
最初のフリートークとの差が際立ったからだ。
「らくだ」も「愛宕山」も練りに練られた構成を持つ。
比較的動きの少ない「らくだ」、派手な動きのある「愛宕山」。
対比も見事であった。


だが、ちょっと私には「らくだ」の前半部分の屑屋が哀しすぎた。
哀愁にじむ人物をやらせたらピカ一の鶴瓶師匠だったからだろう。
力関係が逆転してからも、その哀しさを引きずってしまった感じがする。

帰って来て、DVDで米朝の「らくだ」を見た。
なるほど、けっこう暢気な屑屋に仕上がっていたが、
その分どんでん返しのインパクトは少ないように思った。

ナマモノの構成はなかなかに難しいことであるよ、
と思ったのだった。

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コクチ

コクチ。
こっぱずかしいので、カタカナです。

28日土曜日にピアノを弾きます。
私の腰を破壊した例のショパンのバラード一番です。
妹のお下がりの舞台用ドレス(妹の手製)を着ます。ははは。
お花などお気遣いは無用ですから、
お暇があれば笑いに来てやってください。

下にあるのはプログラムです。
第1部、第2部はおちびちゃんたち。
第3部は大人のアマチュア。
第4部は先生たち。

プログラムをクリックすれば大きくなります。

091128_pic

20091111204124__1

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November 05, 2009

日記(10月後半の出来事)

■10月某日
朝食のコーヒーを飲みながら、前に書いた解説文を校正して加筆。
がっちり構成を固めて書いたので、
一段落を加筆する場所を探すのが確かにちょいと面倒。
結局選んだ場所もあまり座りがよくないが、まあ他のところよりはましだ。
そのあと、栗原幸夫さんの『プロレタリア文学とその時代』を再読する。
この前『組曲虐殺』を見たばかりなので、タイミングよし。

そうこうしているうちにピンポーンと、
古本屋より中野重治全集が到着する。
全27巻。
おーおー、なんだか書く気分が盛り上がってきましたぞ。

午後からは新宿ピカデリーで「ヴィヨンの妻」を見る。

■10月某日
メモをとりつつ『プロレタリア文学とその時代』読み継ぐ。
午後は大学の図書館へ。
日曜日の図書館は学生が少なくていい。
田中英光全集を引っくり返した後、雑誌セクションに移動して、
ここ三ヶ月くらいの雑誌に目を通し、必要なものを片っ端からコピーする。

夕食はひよこ豆のカレー。
飴色玉ねぎ(ルクルーゼ鍋ならオーブンで簡単)に生姜、にんにく、
ターメリック、カイエンペッパー、コリアンダー、クミンをどさどさいれ、
ひよこ豆にトマト缶。
最後にガラムマサラを入れて煮込む。
うん、おいしいよ、自分。

■10月某日
明日から両親の実家である京北町に行くので、
荷物を作って、クロネコヤマトの集配所まで持って行く。
それから授業の準備。大学のお仕事。
残り物で昼食を済ませ、ご出勤である。

しばらく授業をしていなかったせいで、
一回やるとぐだぐだに疲れてしまう。いかんなあ。
帰って夕食を食べたら死に寝。

■10月某日
京北町へ移動する日。
昼食は丸ビルの中のとんかつ屋に入った。
カウンタ―に通されたのはまあいいとしよう。
一人だったからね。
でも、そのカウンタ―に食べ終わった食器がずっと残っている。
見ると、配膳係のおねえさんは暇そうにしているが、
自分も持ち場しか見ていない。
下ごしらえをしているおにいさんも、手元の豚肉しか見ていない。
そのうち、ホールの一人がお茶をつぎに来る。
片付けてくれるかなあ、と思って見ていると、
あら、素通りされてしまった。
そこそこのお値段設定の店なのに、接客ってことが根本的にわかっとらんな。
私の中の「おばちゃん」が苛々して来た。

「あの、これ片付けてもらえない?人の食べガラを見ながら
食事するのイヤだから。」

味はそこそこだったが、もう二度と来ることはないだろう。

■10月某日
京都の山奥は寒い。
フリースを持ってきて正解だった。
母の仕事部屋の一角にスペースをつくり、
電気ストーブを置いて自分のお仕事コーナーのできあがり。
毛布で下半身をぐるぐる巻きにして校正/加筆のお仕事にとりかかる。
しかし一角だけ暖かくしてしまうと、いらんお客がやってくる。
そうそれは。。。カメムシ。
強烈な青臭さを発するこの虫、気候のかげんか今年大量発生しているらしく、
例年より数が多い。
その名の如く比較的動作がのろくさいので、ガムテーブでびちゃっとひっつけて、
ぐるぐるっと巻いてしまう。
これが一番匂いが少ない。

一段落校正してはカメムシ退治。

■10月某日
朝、父に車で送ってもらい、9時15分のバスに母とともに乗り込む。
母は市街のギャラリーへ、私は関西学院大学で開かれている学会へ。
これが今回の帰郷のメインである。
11時に京都タワーの下のスタバでTと待ち合わせて、西宮へ向かう。

普段は私の母校のAmherst Collegeで日本近代文学を教えているT、
先月京都に来たばかりである。
年末までいるという。

どうよ、T、京都の生活は?と聞くと、
「うん、なんか変な感じ。」
変な?何が?
「来たことがない場所なのに、通りの名前とか知ってるから」

ああ、そうか。
アメリカの大学院でももちろん日本の古典は読まされる。
二条とか十条とかはおなじみの地名である。

「で、京都の人はなんで六条のこと言わないの?やっぱり僕らにとっては
四条や七条より六条だよ」
はははそうだねえ。六条の御息所は強烈なキャラクターだもんねえ。

確かに言われてみれば、バス停もなければ地下鉄にもその名はない。
今は幹線道路じゃなくてただの生活道路だからね。

そんな話をしながら関学へ。
Palo Altoを思わせるカリフォルニア風の作りのキャンパスをつっきっって会場入り。
「<複数>言語の明治」という題のシンポジュームである。
4つの発表の中ではロバート・キャンベル氏のものと馬場美佳氏のものが、
私にはおもしろかった。

キャンベルさんはただの博覧強記ではない、広い視野にたった博覧強記で、
まさに文献学的研究の理想型。スリリングな発表であった。
一方、馬場さんのおもしろさは、<複数>の捉え方それ自体にあった。
他のお三方の発表はどれも、目に見える形の複数言語の対比だったが、
馬場さんのものは、一つの言語に見えるものの中にある異言語の影を追った分析で、
まだこなれていないようにはみえたが、これから「<複数>言語」を考えていく上で、
強調されていい論点だと思えた。

ディスカッションの前に私は会場を出て東京に向かった。
なにしろ田舎からえっちらおっちらコンピューターを担いで
出て来たのでものすごーく疲れてしまったのだ。
おまけに会場にコンピューターを忘れて青くなって取りに戻るという
失態をやらかし、Tや会場であったASにあきれられたりして。

家に帰り着くと、私はへろへろ。
5日間水無しで家に閉じ込められていた鉢植えも、へろへろ。
明日はとにかく休養じゃ。

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