日記

November 21, 2009

日記(10月末から11月)

■10月某日
もう少し若いころは人づきあいもかなりとんがっていたが、
中年もだいぶ半ばにさしかかって、
人と一緒にいることを楽しむことが少しできるようになってきたと思う。

ピアノのレッスンの後、
先生と先生のもう一人のお弟子さんであるMさんをお誘いして
神楽坂をご案内がてらランチをする。
こういうことも、昔はあまりなかった。
思い立ったときにしておかないと機会を逃してしまうかもしれない、
という思いがいつもよぎる。

■11月某日
先週の授業で、学生から来週はお休みですよ、と教えてもらった。
あらー、シラバスまたずれちゃうじゃないの、と思いつつ、
思わぬ時間のプレゼントが嬉しい。
雨が今にも降りそうだけど、久しぶりに神田古本市に行こう。
ネットで全国の古本が買えるようになってから、
古本をひやかしに歩くことがなくなってしまった。
お昼前に出て、ついでにボンディの欧風カレーも食べてこよう。
成果は中野重治関連の本を何冊か。

■11月某日
妹がフランスから帰国。
義弟も出て来て3人で鰻を食べに出る。
一時間近く待たされて、鰻が来たときには、
もう3人ものも言わずにむぐむぐ喰う。
その後二人は都内のホテルに向かった。
私は帰って昼寝。
鰻くっちゃったら、午後の仕事は無理だしー。

■11月某日
いつの間にか「大人買い」という妙な日本語が定着したようだが、
作家の全集を買うのはまさに「大人買い」である。
月給取りになって、この快感に目覚めた。

院生の頃はどうしても必要な一冊だけバラで古本屋で買って、
あとは図書館に日参して読むというようなことをせざるを得なかった。
今は有り難いことに(かどうかは実際のところわからぬが)
「あ、その棚、全部いただくわ」ってなことが、
ぽちっとクリックするだけでできる。

というわけで、中野重治全集を取り寄せた。
読み始めてみると、雑文がおもしろい。
随筆などという高尚な名前よりも「雑文」と呼んでしまった方がいいような、
短いエッセイのような文章がおもしろい。

仲間内でアジったりするときの文章は専門用語が多くて楽しめないが、
60年代の講演記録などは、私の今の研究に直接関係ないんだけど、と思いつつも、
つい読んでしまった。
噛み砕いて話さねばならないという場合に、
この人はもっともその言語能力を発揮したのではあるまいか。
わかった風な口をきくことを、この人は絶対にしない。
しゃべった端からそのしゃべった言葉に注釈を加えていくような、
一種独特の語り口。
徹底して自覚的なのに、
そこに自意識過剰を感じさせない落ち着き。

イデオロギーは置いといて(てなことを言うと、中野重治研究者に
叱られてしまいそうなんだけど)書き方が好きだ。

■11月某日
俳優遠藤憲一が好きだというと、
友人が貸してくれた『湯けむりスナイパー』のDVD全4巻。
仕事終わりに少しずつ少しずつ見ている。

数年前NHKの時代劇で見て、いいなあ、と思い、
ネットで検索したらVシネマを中心に活躍しておられる俳優さんであった。
声がいいから、CMや映画の広告のナレーションも多く手がけておられる。
この『湯けむりスナイパー』は深夜枠ながらドラマ初主演である。
めでたい!

深夜枠だし「湯けむり」というくらいだからエロティックなのはお約束としても、
近年のふやけたドラマにはない思い切った場面もあって、
見てるほうもはらはらどきどき。
はーどぼいるどでせくしい、でもなんともいえず、きゅーと。
やっぱ、私も買おかな、DVD。

■11月某日
髪を切りに表参道まで行く。

■11月某日
Twitterなるものを始める。
ブログにも貼付ける。
これでブログの表に2種類の時間が流れることになる。

Twitterでつぶやけるのは140字だから「構成」を考える余地がない。
それが一番の特徴である。
強調されているのはそれが単なる「つぶやき」であり、
聞かれることもあれば、聞かれないこともあるということ。
Mixiのような足跡もコメント欄もないから、
「読まれた証拠」も残らないかわり、
それがないことを嘆くことにもならない。
時間が流れてしまえば残っていかない言葉たち。
それは以前はネガティブであったが(ネット上でコメントされない
ことを悲観して追い込まれて犯罪を犯してしまった人もいた)
Twitterはそれを逆手にとっている。
削除はできるが編集はできないという構成も、
流れて行く時間を意識させる。

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November 15, 2009

コクチ

コクチ。
こっぱずかしいので、カタカナです。

28日土曜日にピアノを弾きます。
私の腰を破壊した例のショパンのバラード一番です。
妹のお下がりの舞台用ドレス(妹の手製)を着ます。ははは。
お花などお気遣いは無用ですから、
お暇があれば笑いに来てやってください。

下にあるのはプログラムです。
第1部、第2部はおちびちゃんたち。
第3部は大人のアマチュア。
第4部は先生たち。

プログラムをクリックすれば大きくなります。

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November 05, 2009

日記(10月後半の出来事)

■10月某日
朝食のコーヒーを飲みながら、前に書いた解説文を校正して加筆。
がっちり構成を固めて書いたので、
一段落を加筆する場所を探すのが確かにちょいと面倒。
結局選んだ場所もあまり座りがよくないが、まあ他のところよりはましだ。
そのあと、栗原幸夫さんの『プロレタリア文学とその時代』を再読する。
この前『組曲虐殺』を見たばかりなので、タイミングよし。

そうこうしているうちにピンポーンと、
古本屋より中野重治全集が到着する。
全27巻。
おーおー、なんだか書く気分が盛り上がってきましたぞ。

午後からは新宿ピカデリーで「ヴィヨンの妻」を見る。

■10月某日
メモをとりつつ『プロレタリア文学とその時代』読み継ぐ。
午後は大学の図書館へ。
日曜日の図書館は学生が少なくていい。
田中英光全集を引っくり返した後、雑誌セクションに移動して、
ここ三ヶ月くらいの雑誌に目を通し、必要なものを片っ端からコピーする。

夕食はひよこ豆のカレー。
飴色玉ねぎ(ルクルーゼ鍋ならオーブンで簡単)に生姜、にんにく、
ターメリック、カイエンペッパー、コリアンダー、クミンをどさどさいれ、
ひよこ豆にトマト缶。
最後にガラムマサラを入れて煮込む。
うん、おいしいよ、自分。

■10月某日
明日から両親の実家である京北町に行くので、
荷物を作って、クロネコヤマトの集配所まで持って行く。
それから授業の準備。大学のお仕事。
残り物で昼食を済ませ、ご出勤である。

しばらく授業をしていなかったせいで、
一回やるとぐだぐだに疲れてしまう。いかんなあ。
帰って夕食を食べたら死に寝。

■10月某日
京北町へ移動する日。
昼食は丸ビルの中のとんかつ屋に入った。
カウンタ―に通されたのはまあいいとしよう。
一人だったからね。
でも、そのカウンタ―に食べ終わった食器がずっと残っている。
見ると、配膳係のおねえさんは暇そうにしているが、
自分も持ち場しか見ていない。
下ごしらえをしているおにいさんも、手元の豚肉しか見ていない。
そのうち、ホールの一人がお茶をつぎに来る。
片付けてくれるかなあ、と思って見ていると、
あら、素通りされてしまった。
そこそこのお値段設定の店なのに、接客ってことが根本的にわかっとらんな。
私の中の「おばちゃん」が苛々して来た。

「あの、これ片付けてもらえない?人の食べガラを見ながら
食事するのイヤだから。」

味はそこそこだったが、もう二度と来ることはないだろう。

■10月某日
京都の山奥は寒い。
フリースを持ってきて正解だった。
母の仕事部屋の一角にスペースをつくり、
電気ストーブを置いて自分のお仕事コーナーのできあがり。
毛布で下半身をぐるぐる巻きにして校正/加筆のお仕事にとりかかる。
しかし一角だけ暖かくしてしまうと、いらんお客がやってくる。
そうそれは。。。カメムシ。
強烈な青臭さを発するこの虫、気候のかげんか今年大量発生しているらしく、
例年より数が多い。
その名の如く比較的動作がのろくさいので、ガムテーブでびちゃっとひっつけて、
ぐるぐるっと巻いてしまう。
これが一番匂いが少ない。

一段落校正してはカメムシ退治。

■10月某日
朝、父に車で送ってもらい、9時15分のバスに母とともに乗り込む。
母は市街のギャラリーへ、私は関西学院大学で開かれている学会へ。
これが今回の帰郷のメインである。
11時に京都タワーの下のスタバでTと待ち合わせて、西宮へ向かう。

普段は私の母校のAmherst Collegeで日本近代文学を教えているT、
先月京都に来たばかりである。
年末までいるという。

どうよ、T、京都の生活は?と聞くと、
「うん、なんか変な感じ。」
変な?何が?
「来たことがない場所なのに、通りの名前とか知ってるから」

ああ、そうか。
アメリカの大学院でももちろん日本の古典は読まされる。
二条とか十条とかはおなじみの地名である。

「で、京都の人はなんで六条のこと言わないの?やっぱり僕らにとっては
四条や七条より六条だよ」
はははそうだねえ。六条の御息所は強烈なキャラクターだもんねえ。

確かに言われてみれば、バス停もなければ地下鉄にもその名はない。
今は幹線道路じゃなくてただの生活道路だからね。

そんな話をしながら関学へ。
Palo Altoを思わせるカリフォルニア風の作りのキャンパスをつっきっって会場入り。
「<複数>言語の明治」という題のシンポジュームである。
4つの発表の中ではロバート・キャンベル氏のものと馬場美佳氏のものが、
私にはおもしろかった。

キャンベルさんはただの博覧強記ではない、広い視野にたった博覧強記で、
まさに文献学的研究の理想型。スリリングな発表であった。
一方、馬場さんのおもしろさは、<複数>の捉え方それ自体にあった。
他のお三方の発表はどれも、目に見える形の複数言語の対比だったが、
馬場さんのものは、一つの言語に見えるものの中にある異言語の影を追った分析で、
まだこなれていないようにはみえたが、これから「<複数>言語」を考えていく上で、
強調されていい論点だと思えた。

ディスカッションの前に私は会場を出て東京に向かった。
なにしろ田舎からえっちらおっちらコンピューターを担いで
出て来たのでものすごーく疲れてしまったのだ。
おまけに会場にコンピューターを忘れて青くなって取りに戻るという
失態をやらかし、Tや会場であったASにあきれられたりして。

家に帰り着くと、私はへろへろ。
5日間水無しで家に閉じ込められていた鉢植えも、へろへろ。
明日はとにかく休養じゃ。

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October 29, 2009

日記(10月の覚え書)

■10月某日
何度目かのブルーベリージャム作り。
冷凍しておいた実家のブルーベリー200グラム。
砂糖は甜菜糖で70グラム。
レモン汁適当。
ポテトマッシャーでこれまた適当に潰して火にかける。
あくを取りながら煮る。
煮過ぎると香りが飛ぶので、まだブルーベリーシロップだね、
くらいの緩さで火を止める。
これがおいしかった。冷凍したせいで皮からあくが抜けて、
香り高く仕上がった。これからブルーベリージャムは冷凍だな。

■10月某日
昼過ぎにリーガロイヤルで打ち合わせと称してお茶する。
研究室に帰ってまだ積み上げてある段ボールを整理する。
まだあと何箱あるんだよー。もうやだー。

6時から大学で会議。
会議弁当をいただきながら3時間かかりました。

■10月某日
なんかこのところ気分が落ち込んでいる。
自分では仕事がはかどらないせいか、と思っていたのだが、
同僚に「更年期の始まりじゃない?」と言われた。
そっか、そうかもな、と思い当たり、
そろそろサプリメントなぞ始めるか、と思う。

マイミクのおねいさま方によればセントジョーンズワートという
ハーブのサプリが利くらしいので、とりあえず一瓶購入。
まだ飲み始めてはいないけど。

また一つお仕事を断る。小さなものだが学会関連のお仕事だ。
なんかどんどん学会から遠ざかっていくなあ、私。

■10月某日
モデムの調子悪し。つながらない。ネットにつながらない。
もう気が狂いそうである。
半べそかいてヤフーのおねーさんに電話。
結局モデムを交換することになった。
それまでメールは携帯で見るしかない。
どうしても返信しなきゃならないものには、
大学まででかけていって返信する。

レタスと水菜ののりサラダ、さつまいものきんぴら、出しガラ昆布の佃煮、
雑穀いり玄米のご飯、かぼちゃと玉ねぎのみそ汁で、
ベジテリアンのお昼ご飯。
これで高脂血症なのよ、笑うでしょ。

■10月某日
中野重治の伝記を数冊読む。
頭はいい人で、フィクサーとしての能力に長けている。
小説それ自体に私はあまり魅力を感じないが、
執拗に自分の書き物に自己言及をする人で、
そこのところは私が密かにおもしろしと思っている部分である。
私が中野についてどう書くかはまだまったく見えてこない。

なんとなく集中できないので、外に出て、
東京理科大近くのスタバで読み続ける。

晩ご飯は、最近凝ってるひよこ豆料理、ファラフェル。
蒸したキャベツにドレッシングを合えたものをつけ合わせたら、
もうお肉なんかいらない。

■10月某日
久しぶりに演劇鑑賞。るんるん。井上ひさし「組曲『虐殺』」@銀河劇場。
小林多喜二役に井上芳雄、この人の歌唱力は前の作品で確認済みなので、
安心して聴いていられる。
多喜二の恋人役に石原さとみ。お人形さんのように可愛く、
演技も拙いがそれが魅力という役どころである。
井上芝居にはかならず笑いで緊張感を抜く役が用意されていて、
梅沢昌代さんのような芸達者がそこを担っているのだが、
今回はそこを高畑淳子が、抜群の安定感と存在感、
笑いの間も人生のツボも心得た芸と技で演じ切っている。
陰の主役はでずっぱりの小曽根真で、役者たちとの息もぴったりである。

役者は優秀、脚本も演出もレベルは高い。
喜劇的要素と悲劇的要素の塩梅もいつもながら上手である。
細部も勉強になった。

でも。
でも。
肝心のところでものすごくずれているという感じは否めない。
小林多喜二の情熱が、正しいチャネルを通って、正しく発露されているのだ、
という確信はいったいどこからやって来るのか。

ここで描かれる多喜二には自分の敵(国家権力!)が明瞭に見えており、
それと闘う方法すら恐るべきシステマティックさで事前に整備されている。
(ハウスキーパー制度然り、ビラまき然り、文学然りーー)
敵が既に主体化されているから、闘う主体化がなんなく成立してしまっている。

私は秋葉原の彼を思いだしていた。
彼に敵の姿は見えていなかったはずなのだ。
むろんそれは彼が頭が悪いからではない。
敵の名指しにくさと彼の犯行の形態は間違いなく関連している。
ところがこの芝居には「敵の名指しにくさ」などははなから存在していない。
そのことこそがもしかしたら最大の敵なのかもしれないのに。

「組曲虐殺」の多喜二は周りの人たちのみならず、敵からも愛される人である。
もうこの段階で「認知」の問題はクリアしてしまっている。
マイノリティを言い立ててアイデンティティを立てることも、
敵を作って抵抗する主体のアイデンティティを立てることもできないから、
「認知」されない暗闇に沈んでしまう。
その状況に対してはこの作品はなにも言っていない、
言おうとしていないと思うのである。
今なぜ小林多喜二?と問うとき、それでいいのだろうか、
と思うのである。

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October 11, 2009

日記(9月から10月へ)

■9月某日
赤ワインが余ったので、りんごのコンポートを作る。
切って鍋に並べて、少し多めの砂糖と赤ワイン、レモン汁を適当に入れ、
干しプルーンとシナモンスティックとクローブを一粒。
軟らかくなるまで煮て、そのまま鍋で冷ます。

仕事はスパイスとりんごの甘酸っぱい匂いが立ちこめる台所で。

■9月某日
大学時代の友人と夕食。
彼の会社に私の所属学部の学生が採用になったのだ、という。
大企業なら特に驚きはしないけれど、彼の会社はそうではない。
妙な縁だ。学生も吃驚したことだろうと思う。

20前後だった私と彼は、これからどういう人生を送りたいかということを、
飽きもせずに延々と語り合っていた。
30歳までとにかく死にものぐるいで生きよう、
などという若い気負いに満ちた約束を交わしたりしたものだ。

もうその約束の期限からも15年が経っている。
私の30歳までの日々が「死にものぐるい」という言葉にふさわしいものであったものかどうか。
別にそうであったとしても、そうでなかったとしても、
それはそれでよい、と思えるくらい年数を重ねてきてしまった。
いろいろと時間を数えた夜だった。

■9月某日
里芋と干し椎茸の炊き込みご飯を玄米で作る。
オクラはさっと茹でて梅肉と醤油であえておかかをふった。
みそ汁はちゃんと出汁をとって作った。豆腐と小松菜。
ひじきはお精進で、人参と椎茸。
心の調子が悪いときは丁寧にご飯を作るのが習い性になっている。

『近代日本文学の批評』を読み返す。
戦後の批評には「文学」の自明性が問われていないことがしきりに問題にされている。
90年代にはそのことだけを言っていればよかったのだな。

■9月某日
今日は朝から乳がん検診。手際よくいろんな検査を流れ作業的に受け、
正味は一時間ほど居ただけだったのに、他人に体をいじり回されるのはけっこう疲れるもので。
で、帰ってみると、同僚より会議に出られないと連絡が入っている。
何度も確認のメール入れた私の努力がまったく報われなかったことを知って、
ふたたびぐったり。

気を取り直して、明日の授業の確認。
初めてパワポなるものを使うのである。
もともと機械オンチ、というより、機械恐怖症のうえ、
ソクラテスメソッドを得意とする私の授業形態となじまないという
格好の言い訳もあったので今まで使ったことはなかった。

だいたい事前にああいうものが機械の上に映し出されていると、
ライブ感が失われてしまう。
教室に坐っている学生たちの、テクストへの感触を言語化させつつ、
それを組み込んで私の流れを作っていくのが、腕の見せ所だ。

そう思っていたのだけれども、大学院の授業では、
ライブ感を維持することの方が疲れることがよくわかったので、
限定的に方針転換をしてみたのである。
ソクラテスメソッドは、クラスに最低2割はお調子者がいないと成立しない。

で、教室に行くまでもいろいろ確認したりして落ち着かない。
案の定、もらった鍵で戸棚の鍵を開けたとたん危機が訪れた。
PC、どこにあんねん?
少しでも戸惑ったらサポートを呼ぼうと思って番号を控えてあったので、
さっそくサポートセンターに電話しておねいさんに来てもらった。
先生、これがPCなんですよ。
へ?これが?
てな会話が交わされ、おねいさんの指示のもと、
なんとか授業を始めることができた。

学生のみなさん、
たどたどしててごめんね。

■10月某日
昨日の夜は珍しくお客さんがたくさん拙宅にいらしたので、
うちにもその余韻が残っていて、なんとなくざわざわしているようだ。
ワイングラスを片付けて、大皿を戸棚にしまい、
一年に一度の宴は終了。

いらしたのはみな、大学の職員の方々。
数年前、大仕事を一緒にした仲間たちである。
もうその仕事のことを覚えている人とて少ないだろうが、
私は忘れない。
大学という機関についてこれほど考えた時間はなかったからだ。

余韻のせいか、なんとなく酒が飲みたくなって、
珍しく残っていた赤ワインを一人で開けた。
パーティの残りものをつまみに、小説を読んだ。

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October 01, 2009

日記(8月後半から9月へ)

■8月後半
9月からの授業準備をする。
数年ぶりに「翻訳論」。ただし今度は大学院である。
しばらく遠ざかっていた間に、欧米の翻訳学関連の日本語翻訳が増えているので、
私のブックリストもちょっと更新が必要になっている。
だからノートもちゃんと作る。

今回はいつものモールスキンではなくMDノート。
ビニールカバーなので自分の好きな紙で表紙を作れるのが気にいってる。
こーゆーことでもしないと、授業準備のモチベーションがあがらん。
学生の顔見れば、またテンションも上がってくんだろうけど。

■8月後半
授業準備、だらだらと進める。
もともとない集中力がすぐ切れて、
途中で京北町の実家から送ってきたブルーベリーで、
ジャムを作る。
んでまた、仕事に戻る。
気がつくとネットで文房具を探している。
いかん、いかん。

あ、でも、信頼文具舗の和田さんが新しい本を出しておられる。
買わねば。

和田哲哉著『文具の足し算』を予約ついでに、ペンやらノートやらをまた購入。

■9月前半
思考が明晰になる、というから、ここしばらく動物性の物を控えている。
だけど、なんとなくずっと空腹、力も入らぬ。
思考は明晰になるどころか、食の煩悩で今にもはじけそうである。
結局、夜、ふらふらと神楽坂へ。
お気に入りの蕎麦やにて蕎麦をすする。
まだ早い時刻とて、お店は私一人の貸し切り状態。
雇われ店員のおばさんは手持ち無沙汰に空をにらみ、
遊び好きらしきおやじは裏ぐちからこそっと外へ脱出した模様。
でもごちそうさま、蕎麦はいつも通りおいしかったよん。

■9月中旬
今日は昼からピアノのレッスンなので、朝は溜まっていた雑用をこなし、
11月の発表会で弾くショパンのバラードの一番を見ていただく。
このおかげで腰を痛めてしまったのは前のエントリーの通り。
まだうまく力が抜けず、力み過ぎで最後まで持たない。
だがこの最後が華やかで、弾き手の技術の見せ所だが、
私のバラードはそこが一番へなへな。
11月までになんとかなるのか…不安だ…

帰りに隣のサボテンで動物性タンパク質に脂質たっぷりの、
カツサンドを購入して帰宅。

■9月中旬
Erich AuerbachのMimesisは、私がアメリカでの院生時代で初めて感銘を受けた、
テクスト批評の本である。

小説の一節を原語で引用し、そこに長い翻訳をつけ、
さらにその場面の文脈がわかるよう、適切な要約をつけていく。
その一つの場面から、構造全体を取り出す鮮やかな手つき。
取り出した構造を長いヨーロッパの文学の歴史の中に的確に位置づけてみせる手際よさ。

1990年の段階ですでにこの著作は流行遅れとされていたように思う。
アクロバティックな脱構築や難解な用語が飛び交う精神分析が、
文学研究を席巻していた時期だったからだ。
だが、今読んでもこの批評が古びているとは思えない。
私は時を忘れて読み進み、昔の私がつけた鉛筆のアンダーラインの上から、
真っ赤に赤鉛筆のラインを引いた。

■9月中旬
「少々無理してでも来た仕事は全部引き受けろ」と昔、師匠は言った。
まったく同じことを父も言った。
「断ってたら仕事がこんようになるぞ」とも言われた。
そうかもしれない。
でも、自分の能力の限界がわかってきた今は、
責任持てないものは断るしかない。

今年二つ目のお仕事をお断りする。
自分は師匠ほど頭も廻らないし、父ほど早く書けない。
人より遅れて遅れて物事が頭に定着するタイプである。
(20年前大学院で学んだことがようやく今になって理解でき始めた、
という遅さ!)
自分でもうんざりするが、仕方がない。
今、この20年間で書いたものに、理論的な道筋をつけようとしていて、
その仕事だけで私のちっこい脳みそはいっぱいいっぱい、
「グローバリゼーション」についても、
「内田百閒」についても、新たに実のあるものは書けそうもない。
ごめんなさい。

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July 29, 2009

日記(7月なかば)

■7月 快晴
もともと寝付きが悪い方ではないが、最近は寝る前のヨガが利いているのか、
こてんと寝て、比較的すっと起きられる。
ただ、朝は体がガチガチに固まっている。
背中は板を入れているかのようだ。
去年はこんなことはなかったのに。
あーあ、年やなあ。ヨガがんばろ。

冬のカーペットをようやくクリーニングに持っていく。
雨続きで持っていけなかったのである。
でもあっちい。

お昼は海老のチリソースをつくり、
セロリ、トマト、タマネギ、コーンを入れたレンズ豆のサラダを添える。

■7月 快晴続く
このところ書き仕事はお休みで、書くためのネタ準備をしている。
本日は久々の食いしん坊お食事会なのでお昼は軽め。
するすると素麺をすすりつつ、
ネットでかき集められる限りの文献情報を集める。

午後の読み仕事は少し早めに終え、
待ち合わせは青山の「椿」である。

松の実の粥から始まり、いちじくの上にまろやかな味噌だれをかけて焼いたもの、
新ぎんなんの入った稚鮎の南蛮漬け。
お酒は濁り酒のスパークリング。
濁り酒の味は大好きなので、下戸ながら少しずついただく。
もちろん、季節の鮎の塩焼き。
猿のこしかけか、と見まごうばかりの巨大松茸は、
鱧と一緒に。ふじみなのおひたし。
〆は一番のお目当て、鮎ご飯。

満腹、満足。

■7月 くもり
よく寝ているはずなのに、お肌の調子がよろしくない。
なんだ、この目のふちのブツブツは。
年を意識させられることの多い昨今である。

さっそく薬屋でビタミンのサプリメントを買い、
スーパーでトマトジュースを買う。

夜は会議だったので、夕食は会議弁当。
決して味が悪いわけではないけど、
これから会議が始まるときにおいしく食事が取れるはずもない。
そんな風にしか消費されない料理は本当に気の毒だ。

■7月 曇りのち雨
久しぶりに朝のヨガクラスを入れた。
インストラクターの方々は決してみなほっそりしておられるわけではない。
だが、筋肉のひきしまった、それでいて脂肪が残った、
実に魅力的な肢体をお持ちである。
それぞれに年を重ねて、それが皮膚の表面を薄く覆ってはいるものの、
その下にはしなやかな筋肉が透けて見える。
皮膚だけをピンと張るようなアンチ・エイジングをやるより、
こっちの方が私には魅力的に思える。

午後は友人が来て、資料を机に積み重ねつつ、研究会をやる。
普段、あまり家に人を呼ぶことはないのだが、
必要な資料がすぐある場所で、ネットが使える、となると、
我が家しかない。

二人ともサバティカル中なので、研究の話が思う存分できるのがよい。
大学の仕事をしていると、顔を見合わせても組織の愚痴や、
学生や授業に関する個別のことを話してしまって、
なかなか研究の方にギアが変えられなかったりする。
つまるところ、どちらも器用ではないのだな。

■7月 また雨
ディルを買って、その残りがあるので、
キュウリとセロリとハムのディルサラダを大量に作る。
一日、なんとなく集中できず。

しょうがないので、
ぼんやりiPodで小説の朗読を聞きながら、
資料を整理したり、年表を作ったり、頭を使わない仕事をする。

■7月 晴れ
お昼からライブに行くので、朝は早めに起きて資料読み。
ライブハウスにもランチメニューはあるようだが、
そこで食べるのはちょっと嫌なので、
11時ごろにLifeレシピのスパゲティ・ナポリタンを作って食す。

さて、赤坂。
クラシック専門のライブハウスである。
寡聞にしてそんなものが存在するとはまったく知らず。
20人入るかどうか、というサイズ。
マイミクの歌手戸田昭子さんが、ダンナさんとお子さんで作っておられるユニット、
「リム」のコンサートである。
そこに、テルミンなる楽器の演奏が加わる。

これまた寡聞にしてそんな楽器が存在するとはまったく知らず。
空中で優雅に手を動かす演奏者の三毛子さんを見て、
弦がそこに張ってあるのかと思いきや、
世界初の電子楽器なのだそうな。

Wikiによれば、
「テルミンの音程を生成する部分にはコルピッツ発振回路のようなコンデンサをもつ高周波の発振回路が2つ組み込まれ、これらはわずかに違う周波数を持つよう調整される。これらの発振回路の出力を組み合わせ、それが発生する低周波の可聴域のうなりを音に変換するのがテルミンの原理である。一方の発振回路のコンデンサ部分はアンテナの1本に接続されており、アンテナに手をかざして手とアンテナとの間の距離を変えると、静電容量が変化して発振周波数が変わる。これにより、うなりの周波数も変化して音程も変わることになる。もう一方のアンテナによる音量の変化も、同様に2つの発振器と静電容量変化により発振周波数が変わることを利用している。」
のだそうです。だから演奏者の手が動いている空間に弦は無いのだった。

こーんな形

「リム」の良さは、前のエントリーで書いた通りだが、
あまりうまく書けていないなあ、と自分でも思う。
「家族」ってことがポイントじゃないのだ。
それがちゃんと出ていない。

たるい書き手だな、私。

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July 20, 2009

日記(7月初旬)

■雨、続く
朝、ヨガクラスに行く。
帰りに和菓子屋さんをのぞいたらおいしそうだったので、
麩まんじゅうを購入。夏ですねえ。
夜にはLとA夫婦四人で飲む。
お刺身の盛り合わせの中に赤い化粧をした鱧が。
夏、ですねえ。

■曇り
お茶とコーヒーが一度に切れた。
どちらもなくては生きていけないので、まずは池袋東武へ。
一保堂で麦茶、玄米茶、炒り番茶を購入。

地下のイートインでお昼をすることに決めて、
ぐるぐる歩いてみるとホテルオークラの洋食がある。
ドミグラスソースのオムライス、1000円なり。
しっかりたまごでくるんだ、割と昔風のもの。
お味は。。。まあこんなもんでしょう。
ついでにセールものぞく。
神楽坂に戻って「緑の豆」でコーヒーを購入。

さっそくお茶をいれて、査読論文を読み始める。

■雨
前の仕事の書類を整理してバインダーに入れ込み、
図書館にごっそり本を返し、
次の新しい仕事のための本を一カ所に固める。
仕事部屋の隅々にまでダイソンくんをかけ、
(普段は書類が散乱しているので、
ここにはクイックルワイパーくらいしかかけられないのだ)
仕事が一段落ついたときの儀式。

すっきりしたお部屋で自分の論文の校正と、人の論文の査読。

■晴れ すっげえ暑い
「志らくのピン」、古典落語編に行く。
ナマ落語二回目なり。やっぱ、おもろい。
演劇も好きだが、一人の職人の芸を堪能できるところがよい。
話もよく練り上がっている。当たり前だが。

■曇り、雨
国立小劇場で「現代能楽集 鵺」。
昨夜の落語の余韻、まださめやらないままに、
演劇をもう一つ。
やはり間をもう少し開けないと連続は精神的にきついな。

なにやらわけわからず。そしてそのわけわからなさの心地よさもあまりなし。
空席も目立つ。

帰りに新しく出来た和菓子屋さんでよもぎ大福を買う。
本店が京都と言うが、聞いたことのない名前。
まったくよもぎの香りなし。あんこの味もぼんやりしている。
こぎれいで、丁寧に包装してあるけど、中味がお粗末。
ある種の論文のごとし。

■晴れ
ピーマンの肉詰めの甘酢ソースを作る。
上沼恵美子さんの料理本をもとにした、私の殿堂入りレシピの一つ。
ひき肉が解凍されるのを待ちつつ、論文の校正。

夕方、会議。よって夕食は会議弁当。
味気ないことおびただしい。

■快晴、あっぢい
昼は素麺しか体内に入れられない。
午後からえっちらおっちらソフィアの市ヶ谷キャンパスへ。
LとAと三人で、サブカルチャーのワークショップに行くのである。

ワークショップといってもほとんどシンポジュームで、
キーノートスピーカーが東浩紀氏と宮台真司氏。
コメンテーターはDuke UniversityからAnne AlisonとTomiko Yodaの両氏。
スピーカーはその他数名。
主宰は東氏の『動ポモ』を英訳した上智の河野思恩氏である。
入ると会場の正面にでっかい仮面ライダーディケイドの写真が映し出されていた。
私が子供のころの仮面ライダーはもっと昆虫っぽかったんだけど、
今のはほんとにメカだね。
もっとも私の仮面ライダーは一号、二号、V3辺りで止まっている。
ちなみに二号は、私の初恋の人。

それはさておき。
いろいろな意味で話が噛み合っていなかったと思う。
だが、それは決して非生産的なことではない。
少なくとも聴衆の私たちにとって、
噛み合わなさそれ自体がそれぞれの発表者の置かれているコンテクストを
照射していて刺激的であった。

東氏は日本の批評という言語的にも文化的にも閉ざされた場所から
そこを内破せんと思考してきてサブカルチャーに着地しており、
それはアカデミズムと微妙に重なり合いながら、
しかし決定的に反発する磁場である。
宮台氏は大学教育の場にしっかり軸足を置きつつ、
ジャーナリズムとアカデミアを往還する思考の人である。
彼らはサブカルチャーのインターナショナリズムを前提としており、
「日本」というローカリティと交渉する必要性を、
少なくとも日本語で発話している限り持たない。

一方アメリカのコメンテイターたちは、
日本学/地域研究という、日本語には存在しない枠組みの中で、
日々民族政治的に動くことを要求されている人たちである。
そこでは「地方としての日本とはなにか」という問いから、
実践的に自由になることがない。
彼らにとってアカデミアは極めて政治的な場所である。

東氏宮台氏に政治性がない、という意味ではない。
政治的スタンスをクリアにとらない彼らは、実は多分に政治的である。
ただ、コンテクストが異なっているから、戦略も異なる。
そこがまだ見えにくい。

しかし、この五時間は私の脳みそを撹拌するには、充分であった。
夜、飲みに行ってもまだ興奮が続く。

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July 05, 2009

日記(〆切前の日々)

■朝曇り、夕方どしゃぶり
朝、今日到着予定の交換教員の先生に連絡。
午後に訪問することを打ち合わせて書き仕事を開始する。
戦後の浮浪児に関する林芙美子のエッセイについて書いていたら、
なんとなく美空ひばりが聞きたくなったので、
次々にかける。

♪左のポッケにゃ夢がある 右のポッケにゃチューインガム
 もぐりたくなりゃマンホール♪

奇妙に明るいホームレス孤児の歌である。
それを同い年くらいの、ピンクのドレスで着飾った美空ひばりが歌う。
流行歌で歌えてしまうくらい切実な問題ではなくなったということか。
それとも。。。

雨のなか、大学へ出かけ、用事を済ませ、外国人訪問教員専用の住宅へ。
5歳の男の子は疲れてもうおねんね、ということで会えず。
IDカードや書類をお渡しし、コーヒーを一杯いただいて、
再会を約して帰る。

■梅雨の晴れ間
〆切前でテンパってきたので、ピアノのレッスンを一週間後にリスケする。
お昼は昨日買っておいた「五十番」の肉まんにたまごスープで済ませる。
がんがん書く。そしてがしがし消す。

再査読に出していた論文、メール連絡があり、掲載が決定したとのこと。
そうなるだろうーなーとは思っていたけど、とりあえず安心。
これで三本目の武田泰淳関連の論文となる。
次の四本目も半分くらいは出来ているので、
それをあげたら武田シリーズは一段落かな。

■曇り、ときどき薄日
三度目のヨガスタジオ。
インストラクターは私とおそらく同年代か少し上くらいの方である。
これで3人の違ったインストラクターさんのクラスを取ったわけだが、
それぞれ少しずつ力点が違っていて、おもしろい。

ヨガ後、おうちに帰って爆睡。
起きだして再び仕事。

Michel Jackson急死の報。
晩年の度重なる整形に歪み切った顔、
ネバーランドと名付けられた奇怪な帝国。
どちらも深い孤独とその心のアンバランスを示していて痛々しかった。
安らかに眠ってください。

■久しぶりの快晴
植物の鉢を全部外に出して、陽に当ててやる。
洗濯機を二回まわす。
ズッキーニとトマトをスライスして天日干しする。

そろそろ原稿が終わりに近づいて来た。
一番最後は冒頭部である。
今回はがちがちの論文ではなく解説なので、
本体よりもポエティックに比喩を多用して書くことに決めている。
私の中ではこれは、理論的な骨組み部分を<詩>に落としこんでいく作業。
ここが自分の納得のいくようにかけると、原稿はほぼ完成といってよい。

合間にポチポチとヨガウエアを購入。
だって、安売りだったんだもん。

かぼちゃを薄味で煮付けるも、今ひとつぼやけた味になってしまった。
干しておいたズッキーニとトマトでパスタ。

■再び晴れる
晴れると体調がよい。
<詩>部分が終ると、あとはそれに従って各セクションを<掃除>する。
私はたいがい書き過ぎているので、いらないところを削ったり、
凝りすぎているところシンプルにしたりして掃除と同じ感覚。

そろそろ終わりだと思うとご褒美が欲しくなるものである。
近くのケーキ屋さんに行き、フィナンシェなどいくつか焼き菓子を買う。
紅茶をいれて、花など眺め、一人で悦に入る。
にんげん、日々、これくらい余裕がないと、アカン。

夜は無心に海老ワンタンを作る。
にら、海老、卵白、昨日の残りのズッキーニも入れちゃえ。
で、四分の一くらい、はふはふいただき、後は冷凍庫へ。

■曇り
リスケしていただいたレッスンへ。
結局2ヶ月引っ張ったバッハのパルティータ一番を通しで見ていただき、
「うん、まとまってる」というお言葉をいただいた。ヤッタ。
これはチカダ先生、定番の褒め言葉の一つなのだ。
11月の発表会はこれでいきましょう、とのこと。
え、暗譜すんのん?

私は暗譜が大の苦手。
でも、発表会って不思議に楽譜が前にあると、
間違えるんだなー。不安になって、必要ないところまで見ちゃうから。
前回、それでボロボロだったし。

冷蔵庫にブロッコリーがごろんと残っている。
くたくたにゆでて潰してクリームスープにしてしまう。
ビタミンCもなにもあったもんじゃないけど、
野菜の青臭さが駄目なのである。
子供のころは生のトマトが嫌いで、トマトジュースは好きだった。
変な子や、と言われていたが、今考えるとよくわかる。
生のトマトはタネの部分が青臭いのである。
トマトジュースはそこを全部とってある。

■また、雨
最後にもう一度読み直して、原稿を添付で送る。
一つの長かったプロジェクトが終了だ。

でも、送った後にもう一度読み直してみたら、
直したいところがいっぱい出て来た。
後でまた新しいバージョン、送りつけたろ。

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June 26, 2009

日記(6月なのさ)

■6月某日
本日、ヨガスタジオに行く。
肩凝りがひどくてつらいので、
DVDを見ながら独学でくねくねとやっていたのだけれども、
整体師の先生がやはりこういうものはちゃんとした指導を受けた方がよい、
とおっしゃったので行く気になった。

行ってまず皆さんのヨガウエアが素敵なのに驚き、
ロビーに売っていたウエアの高いのに驚き。
そりゃ、格好いいわな、タンクトップに9000円も出せば。

スタジオに入って皆さんの体がすっごく軟らかいのに驚き。
こりゃ、まずったかな。もう一つ下のクラスに入るべきだったか。
ポーズを次々に取る若く美しいお嬢さん方に混じり、
冴えない中年オンナの私もがむばってみるのであった。

なんでも本から入るのは学者の性。
とりあえず本だけは読んでいるので、「なになにのポーズ」と
言われればその形は思い浮べられるものの、
イメージできるのと、体をその形にするのとはまた別ものなわけで。

夜には会議。メンバーが優秀なので、さくさくっと終る。
やっぱり大学仕事を何をするか、ではなく、
誰とするか、なんだなあ。

■6月某日
う。からだ、痛い。ヨガの、後遺症。う。

先日のスペイン料理に触発され、スペイン風にんにくスープを作る。

にんにくを、うわ、そんなに、というくらいスライスして、
オリーブオイルで軽く炒め、
テキトーに角切りにしたトマトを入れて一混ぜして火を止める。
そのまま余熱で水分を出し、
くず野菜と鶏肉を煮だしたスープにブイヨンキューブを入れ、
そこににんにくとトマトをぶちこみ、
テキトーに角切りしたバゲットをどっちゃり入れて煮る。

優しい、スペインのお袋の味。日本で言うならおじやか。
本場のスープはトマトを入れないのだそうだが、
これはフランス経由のレシピらしい。
簡単で、おいしい。

■6月某日
商店街を歩いていたら、深紅のミニバラがあったので一鉢買い求めた。
前回はうどんこ病にやられたので、薬剤も一緒に購入。
ハーブの根っこに青虫を発見したので、その駆除剤も。
自分で育ててみるとわかるけれど、
美しいイングリッシュガーデンの、その美しさを保つためには、
大量の薬剤が必要なんだろう。
狭いベランダでは、蝶々もてんとう虫も大敵になってしまう。

本日は二食とも同じメニュー。
玄米、あさりと大根のみそ汁、紫タマネギのサラダ、大根葉とじゃこのふりかけ。

■6月某日
雨が続いているから、なんとなく体調が良くない。
頭の調子もよくない。書いても書いてもパッとしない。

あまりに行き詰まるので、アロマを焚く。
廊下にコンセントを差し込むポットをつけ、仕事部屋にはキャンドルのポット。
ゼラニュウムに集中力のためのローズマリーを入れ、
ゼラニュウムのしつこさを少し緩和するためにグレープフルーツを混ぜる。
別にこれでものすごく仕事がはかどるわけではないが、
仕事のためになにかした、というその感じが重要なわけで。

■6月某日
二度目のヨガ・スタジオ。
今度はビギナーのクラスで、衣装も少し地味め。
ポーズそのものより流れを重視したクラスらしく、よく動く。
ぜえ、はあ。ぜえ、はあ。

家に帰って少し眠って、仕事再開。
朝に仕込んでおいたロールキャベツが、
いい具合にとろとろになったころ、夕食。

■6月某日
今期のドラマで続いたのは3つで、「ぼくの妹」、「Boss」、「臨場」。
「Boss 」は明らかに当て書き脚本、メンツも「離婚弁護士」とほぼ同じ。
テンポも演技もほぼ同じながら、それでも見られるのは、
天海祐希の見せ方を心得た本書きさんだからだろう。

「ぼくの妹」の魅力は俳優陣。
オダギリジョーは安定感がある。細かい表情がよい。
千原ジュニアも秀逸。ただ、こちらは演技力というよりは、
むしろ彼の素のなかにあった闇の部分をうまく引っ張りだした、
企画勝ちか。
長澤まさみは、もう長澤まさみとしか言いようがなく、
素でもないけど、かといって演技というほどでもない、
あえて言うならタレントのお仕事だった。

「臨場」。可もなく不可もなく。
最後に向かって良くなっている感じ。

よくできた脚本/俳優陣でも、まったくcomic reliefのないものは、
私にはちょっとつらい。
夜眠る前に重いものは見たくない。
ま、一緒に見てる人がいれば、
いろいろ感想を言い合ってそれなりの処理ができるのだろうが、
一人で抱えて眠るのは御免被りたい、というところ。

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