日本近代文学会をWeb中継してみる件
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最初に断っておくけれど、
私はまったくのcomputer音痴であり、ましてやwwwの知識などまったくない。
私を個人的に知っている人たちは、私がこんな話をするなんて、
ちゃんちゃらおかしい、と失笑するだろう。
それを前提に話を聞いてもらいたいんだが、
先日、Web学会の第一回シンポジュームを見た。
開かれた場所は東大の本郷キャンパスで、
私はネット上でそのWeb中継を見たのである。
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これはちょっと今までにない体験だった。
Ustreamで中継を見つつ、そのすぐ横の画面には、
見ている人たちのコメントがTwitter経由で即時に出て来る。
見ていた人たちの総数は1500を軽く超えていた。
そのカウンタ―が上がっていくのも、妙に興奮した。
これだけの人がここに「集って」いるのだ、という感覚。
もちろん、これはフィクショナルな共同性に過ぎない。
個々人が呟いていて、
それが画面上であたかも「集って」いるように見えるだけである。
しかし、それでもその幻想が共有されるのであれば、
それなりに価値があるのではないかと思われる。
ちなみに一番視聴者数があがっていた午後の部、
最速でコメントが表示されたのは、
濱野智史さんの「出馬せよ、初音ミク」であった。
キャッチコピーとしては秀逸で、
それが凄まじいスピードでの反応を喚起したのである。
発表に対する攻撃的な突っ込みもあるにはあったが、
すぐにそれに対抗するような反応も出され、
総体としては「炎上」のような状態にはならなかった。
140字しか書けない上に流れて行くというシステムが
ブログの炎上のような状態を防いだのだろうと思われる。
これはすべてレコードされているらしいから今でもどこかで見られるだろう。
ただ、ライブで見ているというその体験が、
私にとても刺激を与えてくれたことは確かである。
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ディスカッションは有意義であった。
ああ、「政治と文学」じゃないか、などと自分の仕事に引きつけて、
一人で興奮してメモなどを取っていた。
(キッチンでカレーを煮込みながら、すっぴんで!)
で、日本近代文学会もこれをやったらどうだろう?と思ったわけである。
今すぐ思いつくだけでも、利点はいくつかある。
①まず、でっかい学会会場がいらないから、開催校の負担が少ない。
②会場まで出掛けていかなくていいから、交通費や宿泊費を使う必要がない。
③海外からでもアクセスできるから、海外にいる研究者との交流が容易になる。
④質疑応答がその会場に限られないから、
発表者は多くのフィードバックを得ることができ、
質問者もその場の雰囲気や力関係に影響されずに質問することができる。
⑤記録しておけるから、後日見ることもできる。
⑥分科会形式のときもすべての発表を見ることができる。
①や②は、研究費や助成金が削られている昨今、非常に重要になるだろう。
もちろん顔を合わせて久闊を叙す楽しみはなくなることになるが、
それは研究費が出なくて会場に行けなくなるなら同じことである。
また、大学や高校の教員が研究教育以外のことで疲弊しているのは周知のことだ。
家を離れずに学会に参加できるなら有り難いと思う人は多かろう。
③④もまた重要である。
会場でわざわざ「海外からの参加者」の質問をつのったりする必要もなくなる。
また院生だから遠慮して質問しない、などということも少なくなるだろう。
匿名にするわけにもいかないだろうから、
全員が完全に同等の立場で質問することは不可能にしても、
会場で多くの視線を浴びて有徴化されつつ質問するというような事態よりは、
負担が少なくなるように思う。
むろん、Web学会のようにTwitterで即時の反応を流すというのは、
少々無理があるだろうが、一定の期間コメント欄を開けておいて、
書き込んでもらうのなら可能かもしれない。
⑤に関してはどれくらいの期間アクセス可能にしておくのか、といったディテイルを
検討する必要はあると思われるが、アクセスする側に大きな自由度が確保されるのは間違いない。
⑥も然り。
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インフラ整備は必要だし、Webが万能だと考えているわけでももちろんない。
ディジタル・ディバイドの問題もむろんあるだろう。
リアルで会う機会を別の形で考える必要もあるだろう。
「対面」の重要性は、おそらくネットの学会シーンへの進出によって減少するのではなく、
変質するだけなのだ。
検討の余地はある。絶対にある。
と、少々昂揚しているので、書きなぐってしまったけれど、
いずれそういう話がさまざまな学会ででるだろう。
私自身ももう少し考えていきたい課題だ。

