授業・大学

June 19, 2011

本に日付を入れると...


サブゼミで読む本は私が自分の気分で決めている。
今回の課題本は、ミシェル・フーコーの『監獄の誕生』だ。

クリーム色の布張りの新潮社版を久しぶりに引っ張り出して来た。
懐かしい手触り。
私は岩波の学術書などによくかけられている薄紙が大嫌いで、
買ったらまずひっぺがすのだが、この布張りの手触りはよい。

「榊原蔵書」という蔵書印が変な形に歪んで押されており、

Richie Sakakibara Feb. 1991 Ann Arbor

とボールペンで記されている。
 

最近は買った本に日付を書くこともなくなっていたが、
年を取ってから見てみるとなかなか面白いものだなあ、と思う。
また復活させるかな。

1991年といえば、大学院の一年目である。
Ann Arborはミシガン大学がある街の名前。
ファーストネームがRichiではなくRichieとなっているのは、
アメリカの病院で発行されたBirth Certificateがそういう綴りになっていて、
それにもとづいて作られた私のアメリカのパスポート表記がそうなっていて、
それをもとに私の学籍が作られていたからである。
私の博論も表紙にはRichieと書かれている。


アメリカの大学院だから授業で読んだのは英語版で
Discipline and Punishという題だったと思う。
英語版で読んでさっぱりわからず、日本で日本語訳を探した。
英語では「フコー」と「コー」にアクセントがつく名前も、
日本語では「フーコー」とひらぺったくなることもこのとき知った。

この手の本が「現代思想」と呼ばれていることも
このとき初めて知ったのではなかったか。

私が唯一読んでいた『現代思想』という名前の本は、
清水幾太郎が書いたものだったから、
それとはまったく別の意味内容を持った言葉なんだと気づくのに
妙に時間がかかってしまった。

いっぱい線が引かれているところを見ると
大学院に入りたてほやほやの私はかなり必死になって読んだらしい。
この本がフーコーや他の「現代思想」の人々の書き物に比して、
かなり平易に書かれていることに気づくのは、
さらにもっともっと後のことである。


そのつもりで選んだわけではなかったが、
この『監獄の誕生』は前回の課題本、
Never Let Me Go(邦題『私を離さないで』)の主題と
かなり重なる。

議論が楽しみだ。

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June 08, 2011

大学を九月始まりにする件


少し前に、Twitterで哲学者の國分功一郎さんが大学を9月始まりにする提案をなさっていた。
おおやけにはなっていなくても、検討はされているのだろうと思いたいが、
まだだとしたら、ぜひぜひ検討していただきたい。
これをご覧になっている大学職員上層部の方おられるかしらん?
(いないか...)

アメリカの大学は、9月から5月という学事日程を組んでおり、
6月7月8月の三ヶ月を夏期休暇である。
日本でもそれに倣って同じような学事日程を組む。
入試は5月にやる。

なんでもアメリカの物まねすりゃいいってもんじゃない、
と怒る方もおられるかもしれないが、
明治文学の研究者河野至恩さんが、
『三四郎』の頃は9月始まりだったと指摘しておられる。
つまり、明治時代に戻るわけだ。


メリットはたくさんある。
まず、研究者としては海外の学会に行きやすくなり、
海外研究者との共同研究もしやすくなる。
今の日程ではこっちに3週間、あっちに一ヶ月てな感じで空いていて、
その間に会議も入ってきたりすれば、結局腰を据えて研究できない。

学生や大学の中にいらっしゃらない方はご存知ないと思うけれど、
大学の教師には授業の他に運営の仕事というのがあって、
超人的な体力と能力がある人以外は、学期中に研究ができる状態ではない。
少なくとも、体力のない私には無理である。
3ヶ月の研究期間があると思えば、それ以外の時間にやらされる
運営の仕事にも身が入るってものである。

大学は6月から8月の三ヶ月の時間をうまく使って、
語学系のサマースクールを開講したり、
一ヶ月半の集中講義を企画したりできるし、
そこに非常勤講師を雇えばある程度若手研究者の経済的サポートもできる。

その間は正規の授業より規模を落とすから、電力消費もむろん落とせる。


学生は集中してバイトをして金を稼げる。
そうすれば、学期中のバイトを軽くして学業に専念できる。
ボランティアだって、インターンシップだって、海外放浪だって、
一ヶ月やるよりは、三ヶ月やる方がためになる。

高校3年生は受験が終った後、思いっきり羽を伸ばしてもらって、
大学に入学するときまでには、しっかり勉強する気持ちになってもらう。

もちろん、留学生の流れもスムースになるだろう。
これから日本に来たいという留学生は確実に減るのだから、
できるだけ来易い形を取るべきだろう。

もっと言えば、大学生は3年4年の大半を就職活動にとられてしまい、
勉強ができない状況である。これも少しは是正されるかもしれない。
そしてついでに企業の新卒採用偏重もただしてほしいものである。
私はいまだに「新卒」になぜこんなに意味が貼付けられているのか、
まったく理解できない。ほんっとにできない。

これから日本が迎えるであろう緩慢な死を少しでも先延ばしができるとすれば、
若い人材の育成しかない。
多少は名前が通っているはずの大学の学生が、母国語であれ外国語であれ、
本も読めず、文章も書けず、論理的思考もできず、想像力もない、といったことでは、
情けないだけでなく、他の国の大学生に太刀打ちができない。
脳みそが伸び盛りの3年生4年生が就職活動にエネルギーと体力を吸い取られて
精神力を摩耗させていくのを見るのは、教師としてはとてもつらい。
教育に力を注ごうにも、それができないのだから。


思いつくまま、いろいろ利点を挙げてみた。
もちろん、シロートの言うことだから、気づかないことがたくさんあるだろう。
実際、大学のシステムを作っている方にどんなデメリットがあるか、
うかがってみたいものである。

小、中、高を一斉に変えるのが難しければ、大学だけでもなんとかならないのか。
どなたにお願いすればいいのか、よくわからないけれど、
ご検討のほどをお願いしたい。お願いしたい。お願いしたい。

ヨロシコ。

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March 29, 2011

<ことば>ノート授業版を作りました


告知です。
授業の情報を集約した新しいブログを立ち上げました。
横のLINKから入ってください。


現在我が大学では授業の開始が延期されていますが、
4月中はサブゼミをやる予定です。
どなたでもご参加いただけます。
自由参加の読書会のようなものですが、主体は学部生です。
一人で読むのもいいけど、たまには複数で読んでみるのも悪くない。
そう思う方はどうぞご参加ください。


地震のこと、書こうかと思いながら、まだ書けません。
とにかく今は平常心と思い、目の前にあるやるべきことを、
粛々と行うのみです。

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February 01, 2011

ゼミ(で勝手に)芥川賞っ


ゼミ生の立案で、ゼミ有志で芥川賞を選考することにした。
発表されたノミネート作品をすべて読み、
選考会前に自分で選考して○、△、X、を付けて
その結果を集成する。

今回のノミネート作品は、朝吹真理子「きことわ」、小谷野敦「母子寮前」、
田中慎弥「第三紀層の魚」、西村賢太「苦役列車」、穂田川洋山「あぶらびれ」の5作品。


作品のコピーをKくんが準備してくれ、
私がそれをゼミ用のgoogle groupにアップし、
選考のための投票用紙もKくんが準備してくれた。

小説を読み慣れない学生にはかなりの量。
しかもノミネートから選考までもあまり時間がない。
おまけに学期の終わりで試験だの、レポートだの、卒論だので、
学生たちは忙しい時期である。

したがって参加者は少なかったが、私はけっこう楽しんだ。
文学研究者といっても、新しいものを読み進めていくのは実はとても苦手。
他に読まねばならない本が山積している私は、
文芸誌に毎月発表される新しい日本語の文学作品に
全部目を通すことはまずない。

ましてや、それを○X△で評価するなんてことは、
正直言ってあまり興味がなかった。批評家じゃないからね。
でもそれも学生たちとのゲームだと思えば楽しい。

ルールは、取るかどうかの予測ではなく、
あくまで自分の中で選考すること。


私が○を付けたのは小谷野敦氏の「母子寮前」。
△を「きことわ」「苦役列車」「第三紀層の魚」に。
×を「あぶらびれ」に。
「第三紀層の魚」に×をつけようかどうしようか迷ったが、
魚モノ二つに×をつけるのもどうか、というあまり知的ではない理由で△に。
「きことわ」は上手いと思ったものの、主体の溶解やら、
記憶と事実の曖昧な境界線といった主題と形式に既視感を覚え、○から△に。
「苦役列車」は面白く読んだが、これから先に広がりを感じられず△へ降格。
「母子寮前」がもっとも戦略的で、かつ読ませると思った。

学生たちが選んだのも「母子寮前」で、
richicoゼミ(で勝手に)芥川賞は小谷野氏に決定した。


結果は、ご存知の通り朝吹氏と西村氏のダブル受賞で、
格差社会の上と下を体現させる、という、
まあメディアイベントとしてはなんとも「正しい」選択がなされ、
小谷野氏は涙をのんだ。

きちんと読み比べてその上で選考会を見ることで、
メディアのもろもろの力関係、思惑、バランス感覚、社会性などが、
大きく作用することが、学生たちにも実感としてわかっただろうと思う。
いい勉強になったのではないか、とセンセイは秘かに思っている。

また、やろうっと。
今度は、別のゼミの学生で興味ある人も
参加してもらおっかな。

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February 10, 2010

再び告知(別件)

3月24日に米国プリンストン大学で、ワークショップを開催します。
「“批評”を再考するーー戦後文学批評を中心に」
英語のタイトルではPostwar Literary Criticism and Beyondと、
beyondが入っておりますが、それは「批評」という日本語特殊の分野について
歴史的に考えることで現在の批評のあり方も視野に入れて考えたい、
という我々のambitionを示しています。

近郊におられる方、
25日から28日にPhiladelphiaで行われるAssociation of Asian Studiesの
Annual Meetingに出席予定の方、
少し足を伸ばしてPrincetonにいらっしゃいませんか。

まだ始まったばかりの日米共同研究ですが、
いろいろな方向に動いていきそうな予感がしています。
コメンテーターとして、戦後文芸批評の大家Victor Koschmann氏と、
竹内好の翻訳者Rich Calichman氏にもご参加いただきます。

また、午後には院生と発表者、コメンテーター入り交じって、
<翻訳>という切り口から戦後直後の文学についての批評言説について考えます。

出席ご希望の方はオーガナイザー(Professor Atsuko Ueda: aueda@princeton.EDU)までご一報ください。
日本語でも英語でもOKです。


A Workshop on “Rethinking ‘Hihyō’: Postwar Literary Criticism and Beyond”

March 24, 2010
202 Jones Hall
Princeton University

Engaging with a period and place where literature was constitutive of the national reconstruction process, this workshop will address one of the most important topics of postwar Japan, the (re)construction of selfhood and war responsibility, with a specific focus on the role that literary criticism (bungei hihyō) played in these discussions. Literary criticism in Japan long existed as a unique genre in which social, cultural, and philosophical discussions took place via the “literary.” Using this discursive tradition to its full potential, postwar literary critics questioned the basic tenets of human existence at the historical moment when Japan had to rebuild itself.

Specifically, we will examine the famous debates between members of Kindai Bungaku (Modern Literature) and Shin Nihon Bungaku (New Japanese Literature) which took place in the immediate years after the war. Dubbed as “seiji to bungaku ronsō” (debates on politics and literature), the debate involved critics such as Hirano Ken, Ara Masahito, Odagiri Hideo, and Nakano Shigeharu who questioned war responsibility of intellectuals and ultimately the role of the “literary” in the reconstruction of postwar Japan. The issue of war responsibility has been a topic of great interest for many in the last two decades or so, but a few have focused specifically on the role of the “literature” and the shifting boundaries of the “literary” constitutive of the debates, which we seek to do by foregrounding the genre of literary criticism. Such an inquiry is inevitably global, as postwar literary criticism engages with the reality of the occupation inextricably linked to the new world order of the Cold War that enveloped East Asia.


9:00 Welcoming Remarks

9:15-12:00 Morning Session Paper presentations

“The ‘Politics and Literature Debate’ in a Global Context: Preliminary Thoughts on the Rise of Cold War Cultures” Michael Bourdaghs (University of Chicago)

“Sengo hihyō no bungakuba—Nakano Shigeharu o shiza nishite” Richi Sakakibara (Waseda University) presentation in Japanese

“Senryō toiu kisei—sengo bungaku saikentō no shiza” Hirokazu Toeda (Waseda University) presentation in Japanese

12:00-1:00 Lunch

1:00-2:20 Afternoon Session
Comments by discussants Victor Koschmann (Cornell University) and Rich Calichman (City University of New York) and open discussion

2:20-2:30 Coffee Break

2:30-5:30 Translation workshop led by Atsuko Ueda (Princeton University)

Participants:
Shiono Kaori (Waseda University), Takano Mariko (Waseda University), Joshua Solomon (University of Chicago), Junko Yamazaki (University of Chicago), Noriko Yamaguchi (University of Chicago), Young-ah Chung (Princeton University), William Bridges (Princeton University), Kjell Ericson (Princeton University).


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January 29, 2010

コクチで失礼

解説を書きました。
『占領期雑誌資料大系 文学編II 表現される戦争と占領』 岩波書店

私は収録小説の解説、
対談座談会の解説はフランス国立東洋言語文化大学のアンヌ・バヤール=坂井さん、
評論エッセイの解説はコロンビア大学の鈴木登美さん。
この第二巻の総合解説および編集は早稲田大学の十重田裕一さんです。

学術書の体裁で、ちいとお高いですので、
皆さんに買ってくださいというのは難しいのですが、
大型書店などで見かけられましたらパラパラとご覧になってみてください。

アメリカのメリーランド大学のプランゲ文庫には、
占領期にGHQが検閲した膨大な資料が残っています。
削除すべき文章の上に引かれた無造作な線が残る、
極めてなまなましい資料です。

それをもとに有名/無名を問わず、おもしろい問題を含んでいそうな小説や
エッセイ、対談、座談会などが収録されています。
すべてが検閲された後が残るもので、削除部分は復元されています。

敗戦後数年間。
自由が謳歌された時代でもあり、制限された時代でもあった。
この両義的な時代は今でも私を惹き付けてやみません。

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December 09, 2009

日本近代文学会をWeb中継してみる件


最初に断っておくけれど、
私はまったくのcomputer音痴であり、ましてやwwwの知識などまったくない。
私を個人的に知っている人たちは、私がこんな話をするなんて、
ちゃんちゃらおかしい、と失笑するだろう。

それを前提に話を聞いてもらいたいんだが、
先日、Web学会の第一回シンポジュームを見た。
開かれた場所は東大の本郷キャンパスで、
私はネット上でそのWeb中継を見たのである。


これはちょっと今までにない体験だった。
Ustreamで中継を見つつ、そのすぐ横の画面には、
見ている人たちのコメントがTwitter経由で即時に出て来る。
見ていた人たちの総数は1500を軽く超えていた。
そのカウンタ―が上がっていくのも、妙に興奮した。
これだけの人がここに「集って」いるのだ、という感覚。
もちろん、これはフィクショナルな共同性に過ぎない。
個々人が呟いていて、
それが画面上であたかも「集って」いるように見えるだけである。
しかし、それでもその幻想が共有されるのであれば、
それなりに価値があるのではないかと思われる。

ちなみに一番視聴者数があがっていた午後の部、
最速でコメントが表示されたのは、
濱野智史さんの「出馬せよ、初音ミク」であった。
キャッチコピーとしては秀逸で、
それが凄まじいスピードでの反応を喚起したのである。

発表に対する攻撃的な突っ込みもあるにはあったが、
すぐにそれに対抗するような反応も出され、
総体としては「炎上」のような状態にはならなかった。
140字しか書けない上に流れて行くというシステムが
ブログの炎上のような状態を防いだのだろうと思われる。

これはすべてレコードされているらしいから今でもどこかで見られるだろう。
ただ、ライブで見ているというその体験が、
私にとても刺激を与えてくれたことは確かである。


ディスカッションは有意義であった。
ああ、「政治と文学」じゃないか、などと自分の仕事に引きつけて、
一人で興奮してメモなどを取っていた。
(キッチンでカレーを煮込みながら、すっぴんで!)

で、日本近代文学会もこれをやったらどうだろう?と思ったわけである。
今すぐ思いつくだけでも、利点はいくつかある。

①まず、でっかい学会会場がいらないから、開催校の負担が少ない。
②会場まで出掛けていかなくていいから、交通費や宿泊費を使う必要がない。
③海外からでもアクセスできるから、海外にいる研究者との交流が容易になる。
④質疑応答がその会場に限られないから、
発表者は多くのフィードバックを得ることができ、
質問者もその場の雰囲気や力関係に影響されずに質問することができる。
⑤記録しておけるから、後日見ることもできる。
⑥分科会形式のときもすべての発表を見ることができる。

①や②は、研究費や助成金が削られている昨今、非常に重要になるだろう。
もちろん顔を合わせて久闊を叙す楽しみはなくなることになるが、
それは研究費が出なくて会場に行けなくなるなら同じことである。
また、大学や高校の教員が研究教育以外のことで疲弊しているのは周知のことだ。
家を離れずに学会に参加できるなら有り難いと思う人は多かろう。
③④もまた重要である。
会場でわざわざ「海外からの参加者」の質問をつのったりする必要もなくなる。
また院生だから遠慮して質問しない、などということも少なくなるだろう。
匿名にするわけにもいかないだろうから、
全員が完全に同等の立場で質問することは不可能にしても、
会場で多くの視線を浴びて有徴化されつつ質問するというような事態よりは、
負担が少なくなるように思う。
むろん、Web学会のようにTwitterで即時の反応を流すというのは、
少々無理があるだろうが、一定の期間コメント欄を開けておいて、
書き込んでもらうのなら可能かもしれない。
⑤に関してはどれくらいの期間アクセス可能にしておくのか、といったディテイルを
検討する必要はあると思われるが、アクセスする側に大きな自由度が確保されるのは間違いない。
⑥も然り。


インフラ整備は必要だし、Webが万能だと考えているわけでももちろんない。
ディジタル・ディバイドの問題もむろんあるだろう。
リアルで会う機会を別の形で考える必要もあるだろう。
「対面」の重要性は、おそらくネットの学会シーンへの進出によって減少するのではなく、
変質するだけなのだ。

検討の余地はある。絶対にある。

と、少々昂揚しているので、書きなぐってしまったけれど、
いずれそういう話がさまざまな学会ででるだろう。
私自身ももう少し考えていきたい課題だ。

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June 02, 2009

「血液循環」のお仕事


今日は朝の書き仕事を止めて図書館に行く。
ついでにスタンフォード大学から来る交換教員の書類を事務所に提出。
ついでに学生のイギリス留学のための推薦状を書いて渡す。

どちらも小さな仕事だが、一方は外から人を受け入れる仕事、
もう一方は内から外へ人を出す仕事である。
私もいろんな人にこうした書類を書いていただいて、
国をまたいで幾つかの教育機関を渡り歩いた。


今の大学に来てからも、私はずっと国境を超えた人の流れが見える場所にいた。
なにしろ就職したのが文学部や法学部とかいういわゆる「学部」ではなくて、
「国際教育センター」という「部署」だったからだ。
ここは以前には「国際部」と呼ばれていて、
一年単位でアメリカからの留学生を受け入れる特別プログラムであった。
専任教員が私を入れて4人という、吹けば飛ぶような部署だったのだが、
あれよあれよという間に再編成につぐ再編成が行われ、
今の私が所属する学部に組み込まれたのであった。

あれよあれよの波に飲み込まれ、いつの間にか私は、
「留学センター」の教務主任ということになっていた。
留学センターは学生の交流を運営するところだが、
国際課という部署の中にあるので、
必然的に教授陣の交流も間近で見ることになったし、
大学のトップの交流のさまも垣間見ることになった。
本当に垣間見ただけだったけど。


人間の健康に滞らない血液循環が必要であるように、
大学にも血液循環が必要だ。

知は異種交流をして初めて進化する。
知は滞留すると退化する。

頭脳が集まり散じ、散じた頭脳がまた機会を得て集まる。
学生も、教員も、そして職員も。


国際交流は今全国の大学のお題目になっている。
だが、それが本当の意味でできる大学は実は驚くほど少ないのだ。
お金も重要だが、お金だけあったって駄目なのである。
資料的リソースや人的リソースがあってこそ可能なのだから。

長い歴史のなかで堆積された資料、
それをフルに活用できる最新のシステム、
活用したいという外からの人々を様々な形でサポートする職員の存在、
そういう研究者や学生を惹き付けるような教員の存在。

日々の仕事に紛れてしまうと、
自分が循環の小さな一部を担っていることを忘れてしまう。
ついついいろんなことが面倒になってしまうのである。
時折、目線を上げて、大きな循環の流れを感じよう。
それはおそらく、海外の有名大学との名前だけの提携を結ぶより、
重要なことなのだ。

自戒をこめて。(ちゃんと書類書きやります。。。泣)

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August 05, 2008

打てば響くか


授業のサイズが大きいときはむろんやらないが、
演習などで比較的人数が少ない場合は、
ひとりひとり研究室に呼んで、
ファイナル・レポートの手伝いをする。

書くときの癖はさまざま、
あちらのつまづく場所もバラバラなら、
こちらの出す処方箋も一人一人違ってくる。


学生の中にはやはり聡い子と鈍い子がいて、
鈍い子はこちらが大切なことを言っていても、
「大事なことを言ってるんだよ」と声を張らないと、
下を向いて髪の毛の先に気を取られていたりする。

その間に聡い子は、授業中に私が他の学生に話しかけたことでも、
いちいち自分の中で反応しながらノートを取っている。

単にお勉強ができます、というだけでなく、
こちらの言うことをぴしっと受けて止めて、
真っすぐこちらに投げ返してくるような、
そういう聡さである。


この子は少々「鈍いなあ」と思っていると、
そういう子の書いてくるメールの文章にも配慮が足りないものが多い。
たとえば、提出期限の延長を願いでてきているのに、
延長をお願いします、とだけ書いてあり、
謝罪の言葉もなければ、延長の理由も書いていない。
あたかもそれが自分の当然の権利であるかのように、
延長してくれと書いてくるのである。

たしかに私は「メールをくれれば延長してあげるよ」とは言った。
だが、そもそも期限延長は、約束の期限を守れなかったという事態であり、
その分、採点をする私の負担になる行為である。

謝れと言っているわけではない。
それが重要なのではない。

自分の行為が相手にとって何を意味するのかを、
考えていないことが問題なのである。

想像力の欠如だ。


聡い子は違っている。
「先生」にとって「期限延長」が何を意味するかを踏まえて、
丁寧に書いてくる。

要領がいい、という言い方もできるかもしれない。
しかし、「要領がいい」という言い方を人付き合いに使うと、
どうしてもそこに「こずるさ」が匂う。

もしかしたら、その聡い子は口先だけ上手に謝罪して、
裏で舌を出しているのかもしれぬ。
しかしそれでも、「相手にとってそれはなにか」と
問うことができるのは、それ自体一つの才能である。

ただ、才能でその場を取り繕って、
後でばれるような手抜きをしているのであれば、
その子はただのこずるい人間に成り下がるだけである。


しかし、教師という仕事のおもしろいところは、
最初の「聡い」「鈍い」という区別が、
そのままで終らぬところである。

「聡い子だな」と思ってちゃんと教えずに放任していたら、
あっという間に才流れしてしまった例も過去にはたくさんあったし、
こずるいだけの子もいた。

また逆に「これは鈍いな」と思っていても、
丁寧に教える人がいればゆっくり改良されてくることもあった。
打てば響きはしないけれど、
打てば鈍いなりに反応してくるようになることがある。

手を抜いてよい相手はいない。
テキはどんな拍子に化けるかもしれないのだから。

最初の「聡い」「鈍い」の区分は、
十分すぎるほどの振り幅をみておかねばならぬのである。

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March 26, 2008

本日は卒業式なり

「感動」なる語句は大嫌いの私だが、 今日はさすがに少々おセンチ

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空には雲ひとつなく、桜は満開、
笑いが満ちて美しい卒業式びより。

新設の我が学部が初めて出す卒業生となる。

私は2004年の夏から秋にかけて、
就職して初めて大学のために死ぬほど働いた。
いや、大学のために働いたのではなかった。
「大学のため」と思うと働けなかったので、
「学生のため」と自分に言い聞かせて働いたのである。

だから私は彼らひとりひとりの顔を知らないが、
固まりとしての彼らは、私の意識のなかに強くあった。
むろんそんなこと彼らは知らないし、知らなくてよい。

彼らはただ、この青空の下、
はしゃいで笑って友達を胴上げして写真を撮って、
ここをするりと出ていけばよい。


この卒業式にいたかもしれない数名の学生を、
思い浮かべる。

彼らの魂の安からんことを。
彼らの精神の穏やかならんことを。


私の父はもう80近いが、
この間初めて担当したゼミ生の同窓会に呼ばれたと言っていた。
彼らはむろんもう60歳を過ぎている。
私は初めて父をうらやんだ。

最後に一人ひとりをhugした。
最初で最後のhugだ。

さよなら、みんな。
地に足をつけて生きてゆけ。

そして、日々の忙しさにアタマをやられてしまって、
ものを考えられなくなったと思ったら、
いつでも私のところにおいで。
また、宿題を出してやる。赤インクで添削をいれてやる。

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