■richicoは校費で出張しておいて、野球しか行っとらんのか!と怒られても困るので、おシゴトについても書いておこう。シアトルにはNAFSAという名前で知られるAssociation of International Educatorsの会議に出席するために飛んだ。目的は、60を超える、学生の派遣先大学の担当者を集めて、顔合わせをすることである。それぞれの大学との留学プログラムの詳細は事務担当者レベルで、メールを介して詰められてはいるが、やはりこうしたceremonialなことをやって初めて、「協定」という<ことば>になんらかの<実質>が伴っている感覚が生まれる。海を隔てた双方にそうした<実質>の手触りを創り出すこと。これが今回の出張の到達目標であった。
■NAFSAの規模はバカでかい。参加者総数は優に5千人を越え、いくつものホテルやコンベンション・センターで、何百となく小さな会議やプレゼンテーションが開かれる。シアトル市内のホテルはどこも満杯。ダウンタウンは、NAFSAの札を首から下げた人々で、あふれかえっている。スターバックスのコーヒーを手に持ったスーツ姿の男女が行き交っていく。International Educatorsとは、留学プログラムに携わる大学の職員や教員を指している。文字通り世界各国から参加者が来る、この会議の規模は、そのまま留学ビジネスの大きさだ。

■Breakfast meetings, lunch meetings, presentations, dinner partiesと息つくヒマもない。人々は波のように私のところに押し寄せ、握手を求め、名刺を差し出す。持ってきた80枚の名刺は4日目にして底をつき、あとは会う人ごとにSorry, I ran out of my cardsと繰り返す。笑顔は顔に張り付き、ホウレイ線は日ごとに深さを増し、ホテルの部屋の乾燥も手伝って乳液程度では簡単に延びてくれない。「帰ったら保湿パックしないと・・・」と、ホテルのバスルームでため息をつく。
■Study Abroadと呼ばれる留学プログラムは多様化すると同時に、パッケージ化されている。私の所属する大学も遅ればせながらその波に乗ろうと懸命である。(だから私たちが尖兵隊として派遣されている。)アジアの、特に韓国・中国の英語学習のヒート・アップぶりと留学熱は、確実に連動している。非英語圏での英語プログラムは年々増え続け、英語さえできれば現地語ができなくても、そうしたアジアの国々で「国際経験」を積むことができる仕組みができあがりつつある。
■こうした風潮を一概に悪いとは思わない。ただ、私はそれにもろ手を挙げて歓迎するほどおめでたくもない。なぜなら私の足場は日本語の文学という僻地にあるからである。僻地でけっこう。僻地からしか見えないこともある。ここから、我々にとって真に貴重なものは、たやすくは流通・交流しない<ことば>との、恐怖と感嘆に満ちた出会いであることを、しつこくしつこく言い続けることにしよう。そのためには、英語もしゃべるし、出張にも行くさ。