小説・作家

October 26, 2009

「ヴィヨンの妻」をふたつ


友人を誘って公開中の映画「ヴィヨンの妻」に行く。

画面は一見しゃれたフランス映画のようでもあり、
細部までよく作られ過ぎたためにむしろ平成の匂いがする、
人工的な「昭和」である。
(私は横浜のラーメン博物館を思いだした)

前半部分のセリフは極めて原作のセリフ部分に忠実に作られている。
ただ原作は妻の「私語り」なので、いわば実際に発話されているセリフ
(小説で言うと主にカギかっこ部分)以外にこころの声があり、
むしろそれが中心なのだが、
映画は「私語り」方式になっていないため、
会話部分しか再現されていない。
つまり「こころの声」の部分は役者の演技でまかなわなければならないことになるが、
松たか子はさすがにそのへん堂にいっていて、
細かい表情の変化が雄弁で退屈させない。

一カ所だけ「私ってお金になるのね」という原作にないセリフが入っていた。
「椿屋のさっちゃん」として居酒屋で働き始めた妻が、
初めて自分で稼いだ現金を手にしてこう言うのである。
私は自分が書いた「ヴィヨンの妻」論でこの場面を強調したので、
「なかなかわかってるやん」などと悦に入っていた。

さて、太宰の分身とされる夫の「大谷」だが、
どなたかが新聞の評で「夫」である大谷があまり魅力的でない、と評しておられた。
だが、私はそうでもないと思った。
  ①仕事ができて
  ②それでもおごらず
  ③むしろ苦しげで
  ④妙に素直に女に頼るところもあり
  ⑤人と交際するのが実は苦手で
  ⑥他人を怖がりつつ無謀なことをしてみたりして
  ⑦それでいて他人の評判を気にする気弱なところもある
と属性を列挙してみるとけっこうツボの男ではないのか?!と思ったりして。
それともこれって単に私の趣味か?


もう一つの「ヴィヨンの妻」は、
NHKアナウンサー山根基世さんの朗読されたCDである。
友人が絶賛していたので借りてきたのだが、
知性と訓練に裏打ちされた朗読、感情を必要以上に表に出さないところなど、
原作と非常に合っていて美しい。
耳で聴いていると読んだときには気づかなかった言い回しなどにも気づかされ、
あらためて、太宰の中では秀逸な小説だなあ、と思い返したことであった。

小説の朗読は好きでiPodに入れて聴いたりしているが、
声自体に安定感があってずっと聴いていたいと思う人は少ない。
変に特徴のある声も、読み手の身体ばかり脳裏に浮かんでだめである。
感情をむやみにこめられたら邪魔だし、
役者の技術を競うように読まれてもうっとおしい。

山根さんんはアナウンサーであって役者ではない。
あくまで、主役は小説、自分は透明な媒介、
という思いがおありなのだろうと思う。
その控えめな決心が快い。
考えてみれば日々のニュースの主役はコンテンツであるから、
ニュースを伝える人間の突出した個性はむしろ邪魔である。
よく考えてみれば当たり前のことだが、あまり気にかけてはいなかった、
アナウンサーという職業のプロ意識を見た気がした。

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June 11, 2009

小石川の家


■幸田文の「あとみよそわか」。
もう何度読み返したかわからない。
自分が何かを書かねばならない、というとき、
それは自分にとって本当に苦しいときなのだが、
ふとそのページを繰って、
書くことが許されていることの幸せを考えるのである。
よし書こう、と思うのである。

■この間、さすがにコンピュータの前に坐っているのにも倦んで、
散歩に出かけた。
デジカメをぶら下げ、スニーカーを履き、水をしっかり手にもって、
伝通院までぶらぶら歩いた。
文京区は歴史の街を売り物にしているので、
そこここに名所旧蹟を示した小さな看板がある。
ふと見ると地図に「幸田露伴住居」とある。

伝通院の門前を右に折れしばらく行くと、
右手に目を見張るような大きな木があり、
塀を巡らせた左側のお家の表札が「青木 幸田」。
ここだ!

幸田文の娘さん、露伴の孫にあたる青木玉さんのエッセイ集に
『小石川の家』があるが、ここがまさにその「小石川の家」であった。
公開などされておらないから、私は興奮を押さえ、
不審者と思われないくらいの節度を保って、
周りを少し歩き、写真をこっそり撮った。

しかし、自宅からこんなに近いところに「小石川の家」があるとは!
あんなに幸田さんの作品を愛読していながら、
そしてちょっと考えて地図を見たらわかったはずなのに、
変なものである。

■私はつねづね「文学散歩」などというものには軽蔑を示すことにしており、
作家の人生とその作品を切り離して論じることに、
自分の知的精力のすべてをつぎ込んできたといって過言ではないのであるが、
実際のところ、ジェイン・オースティンの家に行けば動悸がするほどに興奮し、
こうやって「小石川の家」を見つけたらくらくらしてしまうほど、
作家の人生を夢想するのが好きである。

実は「あとみよそわか」の舞台はここではない。
幸田さんが幼少期を過ごした向島である。
よしそのうち行くぞなどと思ったりするが、
電車に乗るのは極端に腰の重い私。
いつになるかなあ。

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September 05, 2008

richicoさん、ジェーンに会う


Jane Austinの小説の魅力について、
水村美苗さんはこんな風に言っている。

ジェーン・オースティンの面白さが、その文章にあるのはいうまでもありません。その文章を特徴づける、「機知」とよばれるもの。それは言葉によって表現されるなにかではない。言葉の表現の仕方そのものに在るのです。だから彼女のさまざまな文章の形をそっくり記憶していない限り、読むたびに笑いを誘われる。感心させられる。(辻邦生、水村美苗『手紙、栞を添えて』朝日新聞社、1998年) 

機知。英語ではwitである。
それは知性に裏付けされたおかしみを生み出す精神。
それでいて、機知とは使われる言葉そのものに他ならない。

『高慢と偏見』という作品には、
機知に溢れたエリザベスという女性が登場する。
私が愛してやまない女性主人公である。


水村さんは言う。

『高慢と偏見』。この本がどんなに私たち女の間で人気があるか、男の人たちは知らないでしょう。女たちは遠慮して語らないのです。いったいどうしてこんなにも女の読者に人気があるのかーーハッハ、その答えを、モロに言います。頭のいい女が男に圧勝する物語だからです。(ボーボワール女史曰く、すべての女は、自分の頭の良さだけには、絶大な自信をもっているのだそうです。)

でも、それは男の読者を不快にはしない。
なぜなら、エリザベスの機知の最高の理解者は、
彼女の結婚相手となるダーシーだからである。

「機知」というのは読み手の存在にかかわるものです。(中略)ダーシーは彼女の「機知」を存分に理解できる最高の読み手、いや、唯一の読み手なのです。エリザベスはそんな彼を前に、「機知」に富んだ言葉を口にする誘惑に勝てません。(中略)エリザベスに揶揄されれば揶揄されるほど、ダーシーが彼女を愛するようになるのは必然でしょう。「機知」というものは、その面白さが理解されれば理解されるほど、読み手を魅了せずにはいないものだからです。なんと女はここで、男をやっつければやっつけるほど、男に愛されてしまうのです。ラ!

「笑いのツボが同じ」というような言い方があるけれど、
それはwitを介した関係性の一部でしかない。
人と人の間で、言葉の遊びを含めて、
言葉の運用が全体として共有されていること。

この共有の意識がもたらす快感は、何ものにも代え難い。
男と女ならば、もうエクスタティック。

結局はオースティンなんて若い女のシンデレラ・ストーリーじゃないか、
という読み方が表層にすぎないのは、
この水村さんの分析を読めば明らかになろう。


エリザベスを造形したジェーンが、
彼女に劣らぬ「機知」に富んだ人だったのは
むろん間違いがない。
だが残念なことに彼女の前にダーシーは現れなかった。

チョートン・コッテージ(http://www.mainhighway.com/jah/house_tour1.htm)は、
決して裕福な家とは言えなかった。
彼女のベッドルームもつつましいものだった。
Writing tableに至っては、胸が詰まるほど小さなものだった。

彼女が亡くなったというお家は、
外からしか見ることができなかったが、
チョートン・コッテージよりもさらに小さく貧相な家だった。


"Oh Jane, I've come all the way from Japan to see you.
I'm here at last!"

チョートン・コッテージの、
部屋から部屋へと歩きまわりながら、
私は少々おセンチになって心の中でつぶやいた。

世界中からここに来ることができた幸福なオンナノコたちは、
同じようにこうやって呟いたに違いない。

ジェーン、私、とうとう来ましたよ。日本から来ましたよ。
あなたに会いにね。

帰ったらまたあなたの小説を読み直そうと思います。
何回読んでもおもしろい小説は、世の中にそうはありませんからね。

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September 16, 2007

京北町の本棚

■シリ・ハストヴェット著、斉藤英治訳 『目かくし』(白水社、2000年)。

本を選ぶ理由は時にすごく単純だったりする。
アメリカの現代作家のものなどほとんど読まない私がこれを手にとったのは、
この作家が私が6つのときに1年ほど住んだアメリカ中西部の町、
ミネソタ州ノースフィールドの出身だったから。

私が住んでいた1970年にはまだこの町にいたはずだから、
どこかですれ違っていたかもしれない。
なにしろ「北の野原 Northfield」というくらいで、
ちっこいちっこい町なのだ。

ポール・オースターの妻、という方が通りがよいのだろうか。
『ナイン・インタビューズ 柴田元幸と9人の作家たち』(アルク、2004年)で、
一番初めに登場している。

ミネソタの田舎町から、
コロンビア大学の大学院で英文学を勉強するためにニューヨークに出てきた、
ほとんど等身大の主人公。

文章のテンポやディテイルが私の肌に合う。
インタビューで肉声も聞いたが、
私の好きな感じのかっちりしたアメリカ英語であった。

思わぬ収穫。

■プロスベール・メリメ著、工藤庸子訳  『カルメン』(新書館、1997年)。

言わずと知れたあのオペラの原作。
メリメが読みたかったというより、工藤さんの訳が読みたくて買った、
何冊かの本のうちの読み残していた一冊。

巻末にある、「解説」の範疇を長さにおいても内容においても、
見事に踏み破ったカルメン論が素晴らしい。

小説というジャンルをヨーロッパの歴史と伝統の中で理解している人は、
やっぱり強い。

■V.S.ナイポール著、小沢自然他訳 『ミゲル・ストリート』(岩波書店、2002年) 
■V.S.ナイポール著、斉藤兆史訳 『ある放浪者の半生』(岩波書店、2005年) 

これから11月までの私のテーマが「越境」なので、
それに沿って選んだナイポールの二冊。

カリブ海トリニダードに住むインド人であるナイポールは、
宗主国イギリスからも、トリニダードからも、インドからも遠い場所にいる。
小説の中で作り出される浮遊感覚は独特だ。
お行儀のよいイギリスではなく、移民や亡命者のひしめく、
いわば猥雑なロンドンがよい。

それに日本文学ではあまり感じることがない、灼熱の太陽の感触。

■京都の碁盤の目からはるかに離れた北山杉の山中の集落は、
雨が降ったせいもあってけっこうな肌寒さで、
縁側に椅子を持ち出して、動いていく陽だまりを猫と取り合いつつ、
これらの小説を次から次へと読んだ。

ミネソタ、ニューヨーク、アンダルシア、トリニダード、アフリカ、イギリス・・・
飛行機に乗って出かける必要がどこにあろうか。
活字の中でこんなに豊穣な旅ができるのに。

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August 19, 2006

『足長おじさん』と鶴見和子さん


子供のころ、何度も読み返した本に、
Jene Websterの『足長おじさん』がある。

孤児院の女の子が、学校で書いた作文を認められ、
名前を明かさない「足長おじさん」の支援を受けて、
アメリカ東部の名門女子大学であるVassar Collegeに入学する。
学費のお返しに彼女に課せられたのは、
「足長おじさん」に手紙を書くことである。

小説はその手紙によって構成されているが、
最後に彼女はある青年と恋に落ち、
その青年が実は「足長おじさん」だったことを知る。


こうやって筋を書き出してみると、
幼かった私の「女の子」願望のカタチが見えていて、
今の私は少々気恥ずかしい。

つまり、美貌によって王子を魅了するシンデレラではなく、
作文によって可能性を見出された主人公のごとく、
自分の<ことば>によって人(男性)を魅了し、
私の<ことば>に可能性を見出してくれたその男性と、
それとは知らずに運命的(!)な恋に落ちることを、
これくらいの年ごろから夢見ていたわけである。

むろん、ゲンジツというものが多少なりともわかる今となっては、
なんとアホウな夢を・・・と思うけれども、
richicoにも若かりし頃はあったのである。


いや、昔の私の女の子願望について語るために、
わざわざ『足長おじさん』を出してきたわけではないのだった。
他に、私にこの本を思い出させた出来事があったのだ。

このところの私は、
プロのもの書きではない人が日常について文章を書く、
ということについてちゃんと考えたくて、
1950年代の生活記録運動を追いかけていた。

そうしたら、はからずもその運動を牽引しておられた
鶴見和子さんの訃報に接することとなった。

敗戦後の『思想の科学』という雑誌の立ち上げを皮切りに、
数々の目覚しい働きをされた社会学者・思想家である。
その鶴見さんのプロフィールにVassar Collegeが出ていたのである。

鶴見さんは戦前に留学、留学中に日米開戦となって、
日米交換船で日本に帰国している。
いわば戦前の超エリートお嬢さまである。


Vassar Collegeは日本とはもともと縁が深く、
日本最初の女性留学生、山川捨松もここを1882年に卒業している。

私は直接そのキャンパスを訪ねたことはないが、
アメリカ東部の大学に在学しているころ、『足長おじさん』への憧憬やみがたく、
Smith CollegeやMount Holyoke Collegeなどの、
名門女子大のキャンパスはのぞいてきている。
(確か授業も一つ取りに行った)

そうか、鶴見和子さんは、あのVassar Collegeに行ったのか・・・
一体どんなカレッジ・ライフをお過ごしになったのだろう。
孤児院から大学に行った主人公ジュディのように、
知らないこと、共有できないことだらけで、苦労をされたのだろうか。
プリンストン大学の男の子たちとデートなどなさったのだろうか。
それとも、日米開戦の噂におびえ、デートどころではなかったのだろうか。

ご冥福をお祈りします。

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March 29, 2006

The Bungakuron Workshop

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The "Ivy" League


夏目漱石の著書の中でも、
おそらくもっとも読まれていないものの一つに、
『文学論』がある。

なんとなれば、500ページ。
なんとなれば、文語体。
なんとなれば、極めて無味乾燥。

なにしろ最初の一文は、
「およそ文学的内容の形式は(F+f)なることを要す」である。

専門家でもなかなか手が出ない。
私も明治の専門家でないのをいいことに、
通りいっぺん読んだだけでほったらかしてあったのだ。

むろん、「通りいっぺん読んだだけ」というのは、
「まったく読んでない」に限りなく近い。
で、今回のプリンストン大学でのワークショップを機会に、
「通りいっぺん」状態からの脱却を期したわけである。


『文学論』はその名の通り、
「文学とはなにか」という大問題に取り組んだ理論書だが、
当時の「物理学」や「心理学」や「哲学」などを意識して書かれている。
だから、「文学」の知識だけあっても、
これらの学問の知識がなければ意味を理解することはできない。

さらにややこしいことに、
「物理学」や「心理学」と言っても、
明治期のそれは今の「物理学」や「心理学」とは
ものすごーく違っている。
結局、明治期の学問体系を知らなければ、
本当に「この本には何が書かれているのか」という、
しごく単純なことがカイモクわからないのである。

そしてむろん、これらのことは、
著者夏目漱石のアタマより、読者richicoのアタマが
数百倍お粗末、という厳然たる事実を抜きにして、
今のところ話をすすめているわけである。
(しかし、それに関してはいたしかたないので、
あまり考えないことにしている。)


私が今回参加したのは、
Natsume Soseki: An Examination of Bungakuron
and Literary/Aesthetic Theoriesと題されたワークショップである。

一人でがんばってもなかなかラチがあきませんから、
専門家をたくさん集めて、みなでよってたかって、
この巨象を撫でまわしてみましょうよ、
というのがこのワークショップの基本精神である。

アメリカ人やカナダ人が500ページもの文語体を原文で読むのか、
などと失礼なことを言ってはいけない。
専門家はなんでも読むのである。
源氏物語だろうが、方丈記だろうが、水滸伝だろうが、
春色梅児誉美だろうが、読むのである。

オーガナイザーが、A、以前論文を訳したことのあるM、
私と同じ時期に東京に留学していたJの3人。
発表者7名、ディスカッサント(コメンテーター)が2名。
私のような「人の知識と知見を盗んで帰ろ」的オーディエンスが20数名。

なかなか盛況である。
オーディエンスの中には、これまた私と同時期に同じ日本の大学に
留学していたMやLもおり、お勉強と同時に旧交も暖める一石二鳥。
まあ、狭い業界だから、ほとんどみな友人の友人、知人の知人、
みたいなものではあるんだが。


ワークショップはなかなか私にとっては生産的であった。
「ほう、そういうことだったのか」ということもあったし、
「おい、そういうことじゃねえだろっ」というものもあったし、
「んー、そんな風に確かに見えるけど、ほんとのとこどうなのよ」
というのもあった。
しかし、それら全部をひっくるめて生産的であった。

一つのテクストを多くの人々で読む。
知見を持ち寄る。
なかなか、いいな。

そのうち、ウチでもModern Literature Workshopみたいなものを
立ち上げるかな・・・専門家はけっこうこの近辺うろうろしてるからな。

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February 05, 2006

もう気分は・・・

春休み!

まだ、学生のレポートの採点は残っているし、
ほかにももろもろ気を使うおシゴトは残ってはいるが、
永遠に続くかと思われた授業がようやく終わった今、
そんなもん、どうにでもなるワイ!である。

私は、おウチにずっと居てもいいよ、と言われると俄然元気が出てくる。
どこかに行かなければならない、と思うとそれだけで意気阻喪する。
ふと思い立って行き先も決めずにおウチを出る、などということは、
まったく思考の外である。

今学期の授業で読み直したものに林芙美子の『放浪記』がある。
いつ読んでも、何度読んでも、
あたりに降りこぼれるような魅力を持つ作品だが、
この主人公はヒジョーによく家を出る。

「あんまり昨日の空が青かったので、久し振りに、古里が恋しく、
私は無理矢理汽車に乗ってしまった。そうして今朝はもう鳴門の沖なのだ。」
(『新版放浪記』 新潮文庫 p.110)

東京から鳴門まで、たったの2行!
私にとっては大旅行に思われるこの移動が、たったの2行!
おまけに、その理由ときたら「昨日の空が青かった」から!

「無理矢理」という<ことば>が入っていることでもわかるように、
この人にとって「鳴門の沖」に行くことは決して楽なことではない。
カフェを渡り歩いての女給暮らし。
落ちるとこまで落ちて、次のカフェを探す間の危うい時間の隙間。

そうかと思えば、
「そうだ、帰れる位はあるのだから、汽車に乗ってみましょう」と
ひらりと東海道線にのり、
「神戸にでも降りてみようかしら」と途中下車をする。

「古ぼけたバスケットひとつ。骨の折れた日傘。タバコの吸殻よりも
味気ない女。私の捨身の戦闘準備はたったこれだけなのでございます。」
(前掲書 p.131)

これはもちろん「旅」ではない。
帰るところが確保されているわけではないからだ。
彼女のそれはやむにやまれぬ「移動」である。

どこへ行こうと「戦闘」があることには変わりない、
そういうノンシャランな闘志が沸々としているがゆえの
「移動」である。

まとまった時間家にいないと論文が書けなーい、
暖かいマンションの部屋じゃないと仕事できなーい、
自分の本が全部手元にないと仕事できなーい、

などとほざいている自分をしばし反省。
でもって、「書くこと」への自分の「闘志」を再点検。


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May 15, 2005

「太宰治」と「綿矢りさ」

■このところ、「綿矢りさ」とは縁がある。まず、所属する機関が同じなんだそうである。もちろん、個人的に面識はないけれども。それから、去年・今年と二年続けて『蹴りたい背中』を翻訳したいという学生が、私の個人指導を受けに来ている。去年はアメリカ人、今年は香港そだちの英国人である。そのおかげで、小説の内容・文体・分量から言ってふだんの私であれば30分ほどで読み飛ばしていたであろう小説を、一行一行・一言一句、吟味しつつ読むということになった。

■小説としての『蹴りたい背中』に、特に文句があるわけでも、賞賛があるわけでもない。小説技術に関しては『綿矢りさのしくみ』(太田出版、2004年)に渡辺直己氏の分析が、内容に関しては小谷野敦氏の分析がある。(ちなみにこの本は、ちゃっちいペーパーバックの装丁だが、力量ある批評家による分析を含んだ、それなりに読み応えのあるものだ。)メール文体やテレビ・メディア文体と、古風な文学調の描写をうまく塩梅して、若者にも文学好きのオジサンたちにもちゃんと受けるようにうまく書いてあるなァ、と思った程度である。

■『綿矢りさのしくみ』によれば、「綿矢りさ」は太宰治の小説を耽読したのだそうである。これには少々驚いた。私の文学研究者としてのスタートはこの太宰治である。博士論文もそうだし、非常に数少ない論文依頼のほとんどが太宰治モノである。しかし、自分が「太宰研究者」だと思ったことは一度もない。全集だって持ってないし、太宰治学会にも入ってないし、無頼文学会にも一回行って逃げ出したし、なりよりも太宰作品を「耽読した」とはとても言えないのである。世間には、私よりはるかに太宰作品を「耽読」している人たちがいて、作品のディテイルへの愛着、「太宰治」の人となりへの執着においては、私なんかとても太刀打ちできない。そりゃ、一応は読んだよ。でも基本的にあまり覚えてないのである。

■まあ、私のことは置いておくとして、「太宰治」と「綿矢りさ」、この二作家にはまったく接点が見つからない。冗長な一人称語りとか、流行メディアに関する目配りとか、無理やりつなげられないこともないけど、別にこれらが特に目立った特徴だというわけでもない。もし「太宰治」が「綿矢りさ」だったら(っていう仮定もヘンだけど)、『蹴りたい背中』の「絹代」をもっと強烈な他者に仕立て上げるだろう。実は擬似恋愛の相手である「にな川」よりも、主人公がその愛を勝ち得たいのは「絹代」だからである。「太宰治」なら、「絹代」への求愛がどうしたって実を結ばないという主人公の悲哀をおおげさに描いて、読み手に主人公を軽蔑させるところまでやってしまう。それでいて「こんな主人公を理解してあげて」というメッセージを、読者にガンガン伝えてしまう。ここまでやるところが、「太宰治」の力でもあり、嫌味なところなんである。

■「綿矢りさ」に真似しろなどと言っているわけではないけれど、やるなら徹底的に模倣すればそれなりにおもしろいものができるかもしれない、と思ったりもする。

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March 11, 2005

1945年3月10日

■「昨夜猛火は殆東京全市を灰になしたり。」

■昨日3月10日は東京大空襲からちょうど60年。永井荷風も昭和20年3月10日に、26年住んできた私邸「偏奇館」を焼け出されている。

■壊滅した土地の範囲を荷風はこう記している。「北は千住より南は芝、田町に及べり。浅草観音堂、五重塔、公園六区見世物町、吉原遊郭焼亡、芝増上寺及霊廟も烏有に帰す。」東京の街を徘徊し、徘徊することそのものを小説となし、<ことば>によって新たなトポスを開拓してきた荷風が、「烏有に帰」した東京を見て絶句しているさまを、奇妙に淡々とした口調が逆に雄弁に物語る。

■関東大震災で失われてしまった東京を丹念に拾って歩く、若くしてすでに老人のようであったこの作家は、その失われてしまった東京の最後の名残を自分の作品『濹東綺譚』において不朽のものとしたのだが、その墨東すらも完全に焼失したと人づてに聞く。「本所深川の町々、亀井戸天神、向島一帯、玉の井の色里凡て烏有となれりといふ。」

■しかし、実際の街の壊滅もさることながら、彼にとってもっとも痛手であったのは、「偏奇館」とともに灰となった蔵書であったろうと思われる。年老いてきた身に洋館の維持は大変で「むしろ一思に蔵書を売払ひ身軽になりアパートの一室に死を待つにしかずと思ふ」こともあったようだが、やはり「三十余年前欧米にて購ひし詩集小説座右の書巻今や再びこれを手にすること能はざるを思へば愛惜の情如何ともなしがたし」であったのだ。

■今でこそ、洋書を買うのもクリック一つで楽になった。私などは失くしてもまたすぐ買えるような本しか所持しておらず、その意味ではまったく文学者失格だが、それでも本を買うときは「ここで会ったが百年目、もう二度とこういう形で出会うことはないだろうから」という思いで購入する。ましてや、買い直すことのできない一期一会の一冊を、30年以上の歳月をかけて数百冊集め、それらが一夜で一握の灰になったとしたなら…。文字通り「断腸」の思いであっただろうと想像する。

■東京大空襲から60年の報を聞き、永井翁の嘆きに思いをはせる。

参考文献 永井荷風『摘録 断腸亭日乗(下)』(岩波文庫)

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February 21, 2005

想像力のレッスン


■「主人公の気持ちになって読んでみましょう。」小学校の国語の教科書でよく目にしたフレーズである。子供ごころに変なことを言うなあ、と思っていた。いちいち言われなくても、私は主人公の気持ちにどっぷり漬かり、主人公が嬉しければニコニコし、悲しければ号泣しながら物語を読んでいた。私にとって物語を読むとは、主人公に「なる」のと同義語であったのだ。どうやら私の号泣ぐせはところかまわず発揮されたようで、お涙頂戴のディズニー映画に連れていかれて、製作者の思惑どおりの場所でお約束のように号泣し、両親の手を焼かせていたものらしい。今もそのくせは本質的には直っておらず、みっともないのでお涙頂戴の映画は避けるようにしている。

■しかし、「文学」の研究者というレッテルをしょったリッパなオトナになった今、この呼びかけについては別のことを考える。もし文部科学省や教科書を請け負う文学教育の専門家たちが、文学作品を読むという行為の重要な部分、つまり「想像力」を有効な教育方法にしたいなら、「主人公の気持ち」ではなく「脇役の気持ち」になって読んでみましょうという呼びかけをするべきなんじゃ、ないのだろーか。

■鬼退治にでかける桃太郎がいる。きびだんごにつられてお供になったキジがいる。キジはなにを考えてきびだんごごときで、命をかけねばならないかもしれない鬼退治に行く気になったのか。それも家来として・・・。きびだんごで、主体性を売り払ってしまったキジが、そのように落ちていくまでに、いったい何があったのか。どんな生い立ちだったら、それが可能だろう。それとも桃太郎に抗いがたいカリスマ性があって、キジは魅入られるように家来になってしまったのだろうか。いや、それとも雌キジに振られて自暴自棄になっていたのか…。

■こう考えていくと、逆に「脇役の気持ちになって読んでみましょう」という呼びかけがいかに教科書にふさわしくないか、ということがわかってくる。「脇役の気持ち」を考える行為は、「主人公」中心のお話を無効にしてしまう可能性をびんびんにはらんでいるのだ。キジの物語は、「英雄としての桃太郎の物語」を「経済力を使って家来にする権力者」や「政治的カリスマを持つ指導者」の物語に転換してしまいかねない。たった一つの正しい読み方に着地しなければならないという、本来無茶な要求を満たさねばならない教科書に、「脇役の気持ち」への想像力は、獅子身中の虫である。

■しかし、そういう脇役への想像力を逆手にとって、物語を書き変えてしまった政治感覚の鋭い作家もいる。ジーン・リースの『サルガッソーの広い海』は、キジの物語である。下敷きになっているのは、ブロンテ作の『ジェーン・エア』。主人公ジェーンとロチェスターの壮大なロマンティック・ラブ・ストーリーの脇役、ロチェスターの狂った前妻の一生をたどっている。「このようであったのかもしれない」物語を書く。小説という<虚構>がもっとも大きな力を発揮するのは、「このようであったのかもしれない」物語への想像力で、「今このようである」現実を批評するときかもしれない。

■ジーン・リースには遠く及ばないが、私も今、こっそりと一つの「このようであったのかもしれない」物語を描こうと準備している。そしてそのために、いかにまだ勉強が足りないかを痛感しているところである。

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October 10, 2004

ジャック・デリダの死

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ジャック・デリダが亡くなった

■90年代前半にアメリカの比較文学科で、文学を学んだ私にとっては、デリダの名前はほとんど神に近かった。なかでも初期の作品 "Of Grammatology"や "Writing and Difference" は、英語訳版と日本語訳版を見比べながら難解な文章と格闘しながら読んだ。(残念ながら私はフランス語が読めない。)でもこの経験が、<ことば>に関する私の基盤を作ったことは間違いがない。 博士論文を書いている間は、繰り返し繰り返し"Limited Inc." を読んでいた。翻訳論の論文を書いたときは、"Des tours de Babel"や『他者の言語』を机の脇において書いていた。

■デリダの思考を<理解>したとは、今でも私はとても言えない。その証拠に、私は彼の本から文章を引用することができない。デリダの<ことば>をコンテクストから取り外して、自分のものにすることが未だにうまくできないでいる。でも、時と場所とメディアと内容に応じて、変幻自在になるデリダの文体は、深いところでその内容より多くのことを私に語ってきてくれたような気がする。

■哲学と文体と言語と歴史。これらのことを同じ平面で思考できるようになったのは、やはり学問を志す人間としての自己形成期にデリダと出会ったことが大きかった。最初に読んだ"Of Grammatology"の英訳版の翻訳は、北米のポストコロニアル研究の第一人者となったガヤトリ・スピヴァックである。英訳版に頼らねばならなかったがゆえに、スピヴァックを通してデリダに出会うという、幸運な出会い方を私はしたことになる。

■もう「脱構築」が時代遅れになって久しい。90年代後半にアメリカに帰ってみると、ポストコロニアルやカルチュラルスタディーズ全盛となった、比較文学科の院生のreading listから、デリダははずされてしまっていた。でも、たぶん私はこれからも、デリダを読み返そうとするだろう。システマティックに読書会でもして、読み返したいものだという気さえしている。

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■心からの敬意と哀悼と、学問的決意をここに表す。

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August 08, 2004

灼熱の市中を徘徊す

暑い、というより、熱い!
日和下駄をはき、こうもり傘を手に東京市中を歩いていた
荷風先生も、この熱さには閉口なさるはずです。

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▲日ごろほとんど電車に乗らない私が、地下鉄やらJRやらを乗り継ぎ、えっちらおっちら美容院へ。こうもり傘ならぬ、BREEのリュックをぶらさげまして、恵比寿ガーデンプレイスとやらいう、だだっぴろい場所に青息吐息でたどりつき、ふと見るとすぐそこに恵比寿ビールのビアホール。

▲おお、これぞ以前inoueさんの書いておられたビアホールであろう、とさっそく飛び込み、せっかくのビアホールなんだからビールが飲みたい、がしかし、もとより小ジョッキも満足にあけられぬ下戸の私、頼んでおいて半分以上残すのも気が引ける、結局気弱にジンジャエールとタイ風ライスヌードルなるものをお願いして、ほっと一息周りを見渡すと、家族連れにカップル、職場仲間らしき人々。私が案内された中央の大きなテーブルは、一人客専用のものらしく、ぽつんぽつんと人が座っているものの、全部中年以上の男性、女ひとりは私だけでなんとなく居心地が悪くなり、ここで大ジョッキのひとつも一気飲みできれば、それでもさまになるものを、ジンジャエールとヌードルではなんとも格好がつかぬ。

▲ヌードルは噂にたがわぬ美味ではあり、ジンジャエールも甘く冷たく、焼けた喉をうるおしてはくれたものの、女ひとりリュック背負って市中徘徊の図は、絵にもブンガクにもならぬと、納得した次第。

▲参考文献 永井荷風『日和下駄 一名 東京散策記』講談社文芸文庫

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July 07, 2004

小説の非効率について

硬いタイトルですが、長い間on and offで考えていたこと。

▲私の父は経済学者です。経済学者をぜんぶひとからげにするわけではありませんが(経済学者が数人HPを見ていらっしゃるかもしれないので…弁解)、経済学者としての彼は、Efficiency(効率)ということについて考えます。Economy(配分)について、そしてEconomize(合理化)するということについて考えます。

▲彼は、文学とか小説とか言うものは効率が悪いといいます。小説家があるメッセージを伝えたいとする。彼/彼女はそのメッセージを言うために、登場人物を作り、筋を考え、虚構の小説世界を構築する。「非効率的じゃないか。そのメッセージをそのまま言えばいいじゃないか。」と。もちろん非効率であることが常に絶対的に悪いというわけではないが、「それにしても小説は効率が悪すぎる」と。

▲この彼の意見、文学者から見ると確かにシロートっぽいかもしれませんが、実は小説というものの「おおもと」に切り込んでいる、とも言える言葉なのです。そう、小説はおそろしく非効率なものであり、その非効率なところにこそ、おそらく小説の存在価値がある。

▲ひとことで言おうと思えば言ってしまえることを、迂回して迂回してその一言を言わずに伝えようとすること。感情一つ伝えるのでも、優れた小説家ほど「彼女は悲しかった」とは書きません。その一言を言わずになんとか「彼女は悲しかった」と伝えようと苦心します。この効率の悪さ!経済感覚のなさ!

▲小説というものを読む人の絶対数が減り、小説を読むのが趣味ですという人でも右から左へと文庫本を読み捨てるという消費型の読書をしている人がほとんどだ、という現状です。その現状を嘆く前に、文学者たちは小説(あるいは文学)というものの非効率性とその価値について、文学者でない人たちにきちんと普通の言葉で伝えようとするべきだ、と思います。

▲一言で済ませてしまわない、というところに徹底的にこだわる小説というものの非効率の価値、きちんと言葉にしてみたいです。ですから、この項はto be continued。

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May 25, 2004

語りの魔力

こういう告白はちょっと恥ずかしい。
かりにも文学者なんだから・・・という感じもする。
でもまあ、いいか。

▲本を開いたら最後、息もつかずに最後の頁まで読み終わり、本を閉じたとき現実の世界に戻ってくるのに少し時間がかかってしまう。そしてこんな幸せな時間をくれた本に、感謝する。<読む>ことは快楽だ、と無条件に思わせてくれる本を、私はいくつか隠し持っています。若い頃はこういう本を一冊でも書くことができれば、すばらしい人生だなあ、などと夢想したものでした。

▲こんな私の宝物の一つが、横溝正史の『犬神家の一族』です。この<ことば>ノートでも書いたように、去年英語訳が出て授業に組み込むことができるようになり、この間久しぶりに読みかえしてみました。緻密な謎解きミステリーを読みなれている学生たちの評判は決してよくはなく、金田一耕助は刑事コロンボみたいだー、くらいの感想だったのですが、彼らの反応を見た私は「金田一シリーズに対する自分のattractionはいったいどこから来るのだろう?」と考え始めたのでした。

▲確かに授業で私が学生に分析してみせたように、1950年に書かれた『犬神家の一族』という小説は日本の戦後という時代を映し出す鏡として読むことができます。戦前を封建的で非人間的な時代として描き出すことによって、来るべき戦後という時代を明るく希望に満ちたものとして描き出す構造になっているのです。母松子が古い制度から来る人々の確執を、人を殺しまた自らを裁くことで浄化して、新しい世代を担う犬神佐清と珠世は、民主主義的価値を体現した美しい一対の男女として提示されるわけです。でもこれはあくまで私が研究者としてのツールを身につけた後に見出した価値であって、それはそれで魅力的ではあっても、<読む>ことの快楽とはまた少し違います。

▲私にとって横溝正史の一番の魅力は謎解きではありません。犯人は誰か、というのは大切かもしれないけれども、小説全体にとってはほんの一部でしかない。むしろ、あの小説の核は、あの<語り>なのです。小説の登場人物ではないはずなのに、お話のすべてを知っていて「ああ、なんという呪いと悪意にみちた遺言状であったろうか!」などといって、読む者の期待をあおるあの語り手は、言ってみれば名場面を語る講談師や紙芝居やのおじさん。いかに合理的で推理能力が優れていても、金田一耕助自身がお話を語ってしまってはとても退屈なお話になってしまう。ここはやはり、雄弁な語り手にご登場願わなくては。

▲虚構とわかっていながら、いや虚構だとわかっているからこそ、安心して語り手の<声>(ここでは<ことば>と言いたくない。やっぱり<声>ですね。)に身をゆだねる。これが快楽の素なんだろうと思うのです。

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