<?xml version="1.0" encoding="utf-8"?>

<rdf:RDF
  xmlns:rdf="http://www.w3.org/1999/02/22-rdf-syntax-ns#"
  xmlns:dc="http://purl.org/dc/elements/1.1/"
  xmlns:sy="http://purl.org/rss/1.0/modules/syndication/"
  xmlns:admin="http://webns.net/mvcb/"
  xmlns:content="http://purl.org/rss/1.0/modules/content/"
  xmlns:cc="http://web.resource.org/cc/"
  xmlns="http://purl.org/rss/1.0/">

<channel rdf:about="http://richico.cocolog-nifty.com/richico/">
<title>〈ことば〉ノート</title>
<link>http://richico.cocolog-nifty.com/richico/</link>
<description>〈ことば〉ノートは、大学で日本近代文学を教えるrichicoこと榊原理智が提供するコンテンツです。
</description>
<dc:language>ja-JP</dc:language>
<dc:creator></dc:creator>
<dc:date>2009-12-21T16:24:17+09:00</dc:date>
<admin:generatorAgent rdf:resource="http://www.typepad.com/" />


<items>
<rdf:Seq><rdf:li rdf:resource="http://richico.cocolog-nifty.com/richico/2009/12/post-76b2.html" />
<rdf:li rdf:resource="http://richico.cocolog-nifty.com/richico/2009/12/web-7a5c.html" />
<rdf:li rdf:resource="http://richico.cocolog-nifty.com/richico/2009/12/post-3b90.html" />
<rdf:li rdf:resource="http://richico.cocolog-nifty.com/richico/2009/12/post-7e6a.html" />
<rdf:li rdf:resource="http://richico.cocolog-nifty.com/richico/2009/11/1011-442e.html" />
<rdf:li rdf:resource="http://richico.cocolog-nifty.com/richico/2009/11/post-52d8.html" />
<rdf:li rdf:resource="http://richico.cocolog-nifty.com/richico/2009/11/post-5e4a.html" />
<rdf:li rdf:resource="http://richico.cocolog-nifty.com/richico/2009/11/10-9a3c.html" />
<rdf:li rdf:resource="http://richico.cocolog-nifty.com/richico/2009/10/post-2b7e.html" />
<rdf:li rdf:resource="http://richico.cocolog-nifty.com/richico/2009/10/10-b165.html" />
<rdf:li rdf:resource="http://richico.cocolog-nifty.com/richico/2009/10/post-3557.html" />
<rdf:li rdf:resource="http://richico.cocolog-nifty.com/richico/2009/10/910-ea8c.html" />
<rdf:li rdf:resource="http://richico.cocolog-nifty.com/richico/2009/10/post-6cf8.html" />
<rdf:li rdf:resource="http://richico.cocolog-nifty.com/richico/2009/09/post-91ed.html" />
<rdf:li rdf:resource="http://richico.cocolog-nifty.com/richico/2009/08/post-a856.html" />
</rdf:Seq>
</items>

</channel>

<item rdf:about="http://richico.cocolog-nifty.com/richico/2009/12/post-76b2.html">
<title>タマラ・ハレーブンさんのこと</title>
<link>http://richico.cocolog-nifty.com/richico/2009/12/post-76b2.html</link>
<description>もう２０年も前のむかしばなし・・・ ■ 研究室の整理をしていたら、ある箱の底から...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;&lt;em&gt;もう２０年も前のむかしばなし・・・&lt;/em&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;■&lt;br /&gt;
研究室の整理をしていたら、ある箱の底から大量の写真が出て来た。&lt;br /&gt;
ああ、アノ夏だ。&lt;br /&gt;
急に彼女のことを書いておきたくなった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;■&lt;br /&gt;
まだ京都の大学の学部生であった８０年代前半、&lt;br /&gt;
ライフコース研究の人類学者タマラ・ハレーブンさんの調査の助手をしたことがあった。&lt;br /&gt;
その頃ハレーブンさんは西陣織の織り手さんたちの調査をしておられ、&lt;br /&gt;
そこから展開して各地の祭りの研究を始めておられたのだが、&lt;br /&gt;
日本語がほとんどできないので、私が通訳になったのであった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;英語という言語に慣れることに必死だった当時の私にとっては、&lt;br /&gt;
とりあえずいいバイトが見つかった、というくらいの軽い気持ちで始めたのだが、&lt;br /&gt;
これがまあ苛酷なバイトであった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;■&lt;br /&gt;
ライフコース研究とは、人間の人生経験の語りから職業や家族の構成のされ方を&lt;br /&gt;
考察する社会学の学問様式である。&lt;br /&gt;
つまり、人の話を聞くというのが主たる調査方法なのである。&lt;br /&gt;
インタビューとなると、彼女は６時間でも７時間でもテープを回す。&lt;br /&gt;
インタビューされている方もしている方も、&lt;br /&gt;
それぞれがしゃべっている間は、&lt;br /&gt;
何を言われているかわからないからぼーっとしていられるが、&lt;br /&gt;
通訳者はその間、一瞬たりとも気が抜けない。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;それだけではない。コミュニティの中に入るために、&lt;br /&gt;
彼女は祇園祭の鉾のゆかたを着て子供たちに混じってちまきを売り、&lt;br /&gt;
徳島では連に混じって阿波踊りを踊り、&lt;br /&gt;
伊根町の漁師さんの酒席に入り込んで酒を飲んだ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;私はそれらの取材に同行して売ったり、踊ったり、&lt;br /&gt;
漁師さんたちにお尻を撫でられたりしたのである。&lt;br /&gt;
憤然とする私を脇に呼び、気持ちはわかるけれども、&lt;br /&gt;
今私が怒鳴ったりすれば調査が続けられなくなるからこらえてくれ、&lt;br /&gt;
と因果を含められたのをよく覚えている。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;■&lt;br /&gt;
ハレーブン先生ご自身はどちらかというと温厚な方ではなく、&lt;br /&gt;
無礼な振る舞いに対しては容赦なく声を荒げる方であったから、&lt;br /&gt;
私はその因果の含められ方にむしろ彼女のプロ意識を見た。&lt;br /&gt;
人類学者がその対象との関係を構築していくためには、&lt;br /&gt;
自分自身の感受性をいったん棚上げにしておかなければならない。&lt;br /&gt;
本当に大変なことなのであった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;地元の人々に呼ばれようものなら、どんなに疲れていようと彼女は出掛けていった。&lt;br /&gt;
インタビューというしゃっちょこばった場所ではなく、&lt;br /&gt;
彼らの生活の中で話したいことを聞き取る。&lt;br /&gt;
こんな絶好の機会を逸すものか、という彼女の気迫と執念には圧倒された。&lt;br /&gt;
彼女との夏は、研究者というものへの私の認識を根底から覆したのである。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;■&lt;br /&gt;
彼女の西陣の研究は、&lt;br /&gt;
The Silk Weavers of Kyoto: Family and Work in a Changing Traditional Industry&lt;br /&gt;
というタイトルで出版されている。&lt;br /&gt;
謝辞に一行だけ、私の名前が出て来る。&lt;br /&gt;
これが唯一私のあの夏の経験を、後に残すものである。&lt;br /&gt;
実はこの祭りの研究の執筆途中で、&lt;br /&gt;
ハレーブン先生は亡くなってしまったのである。&lt;br /&gt;
つまり私が同行した取材で集められた調査結果のほとんどは、&lt;br /&gt;
形にならずにどこかに消滅したことになる。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;でも、私もこの年齢になってわかってきたことだが、&lt;br /&gt;
研究とはそうしたものなのだ。&lt;br /&gt;
私にも、資料を集めて情熱を注いで研究をしたものの、&lt;br /&gt;
形になっておらず、この先もおそらくならないものが山のようにある。&lt;br /&gt;
まさに死屍累々である。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;その中から少しでもなにか生きているうちに形にする。&lt;br /&gt;
これから先の私の人生も（どれくらい残っているかわからないが）&lt;br /&gt;
そうやって過ぎていくのだろう。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;■&lt;br /&gt;
忘れ難き人のうちの一人である。&lt;br /&gt;
&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>読むこと・書くこと</dc:subject>

<dc:creator>richico</dc:creator>
<dc:date>2009-12-21T16:24:17+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="http://richico.cocolog-nifty.com/richico/2009/12/web-7a5c.html">
<title>日本近代文学会をWeb中継してみる件</title>
<link>http://richico.cocolog-nifty.com/richico/2009/12/web-7a5c.html</link>
<description>■ 最初に断っておくけれど、 私はまったくのcomputer音痴であり、ましてや...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;■&lt;br /&gt;
最初に断っておくけれど、&lt;br /&gt;
私はまったくのcomputer音痴であり、ましてやwwwの知識などまったくない。&lt;br /&gt;
私を個人的に知っている人たちは、私がこんな話をするなんて、&lt;br /&gt;
ちゃんちゃらおかしい、と失笑するだろう。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;それを前提に話を聞いてもらいたいんだが、&lt;br /&gt;
先日、Web学会の第一回シンポジュームを見た。&lt;br /&gt;
開かれた場所は東大の本郷キャンパスで、&lt;br /&gt;
私はネット上でそのWeb中継を見たのである。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;■&lt;br /&gt;
これはちょっと今までにない体験だった。&lt;br /&gt;
Ustreamで中継を見つつ、そのすぐ横の画面には、&lt;br /&gt;
見ている人たちのコメントがTwitter経由で即時に出て来る。&lt;br /&gt;
見ていた人たちの総数は1500を軽く超えていた。&lt;br /&gt;
そのカウンタ―が上がっていくのも、妙に興奮した。&lt;br /&gt;
これだけの人がここに「集って」いるのだ、という感覚。&lt;br /&gt;
もちろん、これはフィクショナルな共同性に過ぎない。&lt;br /&gt;
個々人が呟いていて、&lt;br /&gt;
それが画面上であたかも「集って」いるように見えるだけである。&lt;br /&gt;
しかし、それでもその幻想が共有されるのであれば、&lt;br /&gt;
それなりに価値があるのではないかと思われる。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;ちなみに一番視聴者数があがっていた午後の部、&lt;br /&gt;
最速でコメントが表示されたのは、&lt;br /&gt;
濱野智史さんの「出馬せよ、初音ミク」であった。&lt;br /&gt;
キャッチコピーとしては秀逸で、&lt;br /&gt;
それが凄まじいスピードでの反応を喚起したのである。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;発表に対する攻撃的な突っ込みもあるにはあったが、&lt;br /&gt;
すぐにそれに対抗するような反応も出され、&lt;br /&gt;
総体としては「炎上」のような状態にはならなかった。&lt;br /&gt;
140字しか書けない上に流れて行くというシステムが&lt;br /&gt;
ブログの炎上のような状態を防いだのだろうと思われる。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;これはすべてレコードされているらしいから今でもどこかで見られるだろう。&lt;br /&gt;
ただ、ライブで見ているというその体験が、&lt;br /&gt;
私にとても刺激を与えてくれたことは確かである。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;■&lt;br /&gt;
ディスカッションは有意義であった。&lt;br /&gt;
ああ、「政治と文学」じゃないか、などと自分の仕事に引きつけて、&lt;br /&gt;
一人で興奮してメモなどを取っていた。&lt;br /&gt;
（キッチンでカレーを煮込みながら、すっぴんで！）&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;で、日本近代文学会もこれをやったらどうだろう？と思ったわけである。&lt;br /&gt;
今すぐ思いつくだけでも、利点はいくつかある。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;①まず、でっかい学会会場がいらないから、開催校の負担が少ない。&lt;br /&gt;
②会場まで出掛けていかなくていいから、交通費や宿泊費を使う必要がない。&lt;br /&gt;
③海外からでもアクセスできるから、海外にいる研究者との交流が容易になる。&lt;br /&gt;
④質疑応答がその会場に限られないから、&lt;br /&gt;
発表者は多くのフィードバックを得ることができ、&lt;br /&gt;
質問者もその場の雰囲気や力関係に影響されずに質問することができる。&lt;br /&gt;
⑤記録しておけるから、後日見ることもできる。&lt;br /&gt;
⑥分科会形式のときもすべての発表を見ることができる。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;①や②は、研究費や助成金が削られている昨今、非常に重要になるだろう。&lt;br /&gt;
もちろん顔を合わせて久闊を叙す楽しみはなくなることになるが、&lt;br /&gt;
それは研究費が出なくて会場に行けなくなるなら同じことである。&lt;br /&gt;
また、大学や高校の教員が研究教育以外のことで疲弊しているのは周知のことだ。&lt;br /&gt;
家を離れずに学会に参加できるなら有り難いと思う人は多かろう。&lt;br /&gt;
③④もまた重要である。&lt;br /&gt;
会場でわざわざ「海外からの参加者」の質問をつのったりする必要もなくなる。&lt;br /&gt;
また院生だから遠慮して質問しない、などということも少なくなるだろう。&lt;br /&gt;
匿名にするわけにもいかないだろうから、&lt;br /&gt;
全員が完全に同等の立場で質問することは不可能にしても、&lt;br /&gt;
会場で多くの視線を浴びて有徴化されつつ質問するというような事態よりは、&lt;br /&gt;
負担が少なくなるように思う。&lt;br /&gt;
むろん、Web学会のようにTwitterで即時の反応を流すというのは、&lt;br /&gt;
少々無理があるだろうが、一定の期間コメント欄を開けておいて、&lt;br /&gt;
書き込んでもらうのなら可能かもしれない。&lt;br /&gt;
⑤に関してはどれくらいの期間アクセス可能にしておくのか、といったディテイルを&lt;br /&gt;
検討する必要はあると思われるが、アクセスする側に大きな自由度が確保されるのは間違いない。&lt;br /&gt;
⑥も然り。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;■&lt;br /&gt;
インフラ整備は必要だし、Webが万能だと考えているわけでももちろんない。&lt;br /&gt;
ディジタル・ディバイドの問題もむろんあるだろう。&lt;br /&gt;
リアルで会う機会を別の形で考える必要もあるだろう。&lt;br /&gt;
「対面」の重要性は、おそらくネットの学会シーンへの進出によって減少するのではなく、&lt;br /&gt;
変質するだけなのだ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;検討の余地はある。絶対にある。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;と、少々昂揚しているので、書きなぐってしまったけれど、&lt;br /&gt;
いずれそういう話がさまざまな学会ででるだろう。&lt;br /&gt;
私自身ももう少し考えていきたい課題だ。&lt;br /&gt;
&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>授業・大学</dc:subject>

<dc:creator>richico</dc:creator>
<dc:date>2009-12-09T10:38:32+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="http://richico.cocolog-nifty.com/richico/2009/12/post-3b90.html">
<title>今年も弾きました</title>
<link>http://richico.cocolog-nifty.com/richico/2009/12/post-3b90.html</link>
<description>■ 懐かしい響きだ、ピアノの発表会。 11歳のときに弾いたベートーベンのソナタが...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;■&lt;br /&gt;
懐かしい響きだ、ピアノの発表会。&lt;br /&gt;
11歳のときに弾いたベートーベンのソナタが私の最後の発表会である。&lt;br /&gt;
それからは、「プロ」を目指す先生に弟子入りして、そうして挫折してピアノを止めた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;３５年近くたってまた「発表会」に出ている。&lt;br /&gt;
今年で４度目。よく続いたものだ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;■&lt;br /&gt;
客席で窮屈そうにリボンネクタイを引っ張っていた男の子は、&lt;br /&gt;
今や巨大な黒いピアノの前に座り、&lt;br /&gt;
音楽を奏でているというよりは、&lt;br /&gt;
長年の研究成果を発表している学者の如く粛々と、&lt;br /&gt;
順々に弾くべき音を鳴らし、&lt;br /&gt;
親のブログに載るであろうカメラの音にも負けず、&lt;br /&gt;
子供より悲壮な顔をしている先生を尻目に、&lt;br /&gt;
テレビで見たピアニストの真似なのか、&lt;br /&gt;
弾き終わったとたんに両手をぴゅんと上に挙げた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;この子は弾き始める前、スポットライトのなかピアノに近づくと、&lt;br /&gt;
おもむろに観客にお尻を向け、ピアノに向かって深々と一礼したのだった。&lt;br /&gt;
先生があわてて飛んで来て、正しく観客に向かせてお辞儀をし直させたが、&lt;br /&gt;
私は彼の気持ちがなんとなくわかった。&lt;br /&gt;
観客より、楽器に向かって「よろしくお願いします」と言いたい気持ち。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;■&lt;br /&gt;
去年も来ていらした年配の女性は、ジャズの演奏である。&lt;br /&gt;
この方も緊張の度合いは子供達と変わらない。&lt;br /&gt;
というより、子供より大人の演奏者の方が雑念が多い分、&lt;br /&gt;
はるかに緊張している。&lt;br /&gt;
演奏を始めてすぐ止まってしまった。&lt;br /&gt;
「もう一度初めからやり直します」&lt;br /&gt;
で、今度は滞りなく最後まで。よかった、よかった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「もう一度初めから」ができるアマチュアの世界、万歳。&lt;br /&gt;
いや、いや、他にプロの世界を持っている大人だからこその贅沢か。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;■&lt;br /&gt;
もちろん、私も弾きましたよ。&lt;br /&gt;
とにかく止まらずに最後まで弾くこと。&lt;br /&gt;
自分の集中力が切れるのが一番嫌だった。&lt;br /&gt;
弾いている最中にやるべきことは沢山ある。&lt;br /&gt;
耳で聞かねばならないし、&lt;br /&gt;
体が緊張で正しい位置からずれていくのを修正しなければならないし、&lt;br /&gt;
それぞれのパッセージにおける力の配分をしなきゃならないし、&lt;br /&gt;
頭はフル回転である。&lt;br /&gt;
もちろん、指もフル回転、ショパンのバライチ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;チカダ先生は「誰かのために弾く、って決めると盛り上がるわよ」と&lt;br /&gt;
自分の中のロマンチシズム中枢を刺激する方法を教えてくださったが、&lt;br /&gt;
客席にいた遠来の客は母親一人で、「母のために弾く」というのは&lt;br /&gt;
逆に集中力を欠いてしまいそうにも思い、&lt;br /&gt;
そのスタジオのスタインウエイのピアノのために弾くことにした。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;４回目の発表会に一番初めからつきあってくれた、&lt;br /&gt;
あまりスタインウエイらしからぬ、でも私には弾きやすいピアノ。&lt;br /&gt;
どなたかに買われてスタジオを去るので今年が最後である。&lt;br /&gt;
弾いてる間、私をサポートしてくれているのがよくわかった。&lt;br /&gt;
このピアノは私の味方なんだ、と思うと心強かった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;■&lt;br /&gt;
でも後から聞いたところによると、&lt;br /&gt;
商談は決裂してピアノはまだスタジオに残るらしい。&lt;br /&gt;
永遠の別れではなかったわけだ。&lt;br /&gt;
ま、そういうオチもつきーの、で、無事発表会が終了。&lt;br /&gt;
楽しかった。&lt;br /&gt;
またらいねーん。&lt;br /&gt;
&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>日常</dc:subject>

<dc:creator>richico</dc:creator>
<dc:date>2009-12-07T20:07:56+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="http://richico.cocolog-nifty.com/richico/2009/12/post-7e6a.html">
<title>（おばちゃんですが）ツイッター始めました</title>
<link>http://richico.cocolog-nifty.com/richico/2009/12/post-7e6a.html</link>
<description>■ 数ヶ月前くらいから、mixiという媒体に妙な閉塞感をおぼえ始めた。 使いたて...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;■&lt;br /&gt;
数ヶ月前くらいから、mixiという媒体に妙な閉塞感をおぼえ始めた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;使いたてのころは、この＜ことば＞ノートを「表」にして、&lt;br /&gt;
ここでは書けないもろもろの「裏」を書こうと思い、&lt;br /&gt;
そのためにmixiではブロックをかけて読者を限定した。&lt;br /&gt;
だがこの「表」「裏」の切り分けはあまりうまく行かなかった。&lt;br /&gt;
私自身に「裏」を書いておきたい、と思うような事例があまり&lt;br /&gt;
なかったからだろうと思う。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;■&lt;br /&gt;
そのうち「表」がだんだん書きにくくなってきた。&lt;br /&gt;
特定の読者の顔が浮かんできてしまう。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;mixiも初めのうちこそ、ネットのみで繋がっているような新しい関係性があったりして、&lt;br /&gt;
なかなか刺激的だったのだが、そのように開拓される関係性にも限界があるし、&lt;br /&gt;
マイミクさんたちとリアルでも会い、さらに日記の読者をリアルつながりに限定してしまうと、&lt;br /&gt;
それは結局のところ擬似的な対面関係になるわけだ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;もともと不特定多数に向けて書くことが重要だったはずのブログに、&lt;br /&gt;
擬似的な対面関係の感覚が入り込んできてしまった。&lt;br /&gt;
この認識が正しかった証拠に、&lt;br /&gt;
mixiにブログの更新通知を書かなくなったら、&lt;br /&gt;
急にブログが書きやすくなったのである。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;■&lt;br /&gt;
Twitterを知ったのは、ちょうどこういうときだった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;もっとも私のネットリテラシーは哀しいほど低いので、&lt;br /&gt;
使いこなせているとはとても言えない。&lt;br /&gt;
ま、身の丈に合った使い方しかしてないといっていいだろう。&lt;br /&gt;
ただTwitter上で起こっていることを見るのはおもしろい。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;仕事柄、出版社や編集をしている人々をフォローすることが多いが、&lt;br /&gt;
彼らのアンテナの張り方、反応の仕方に感心させられることがある。&lt;br /&gt;
なにしろ私は日々カビくさい雑誌を引っくり返して、&lt;br /&gt;
過去の言説空間や文学場を再構成することにエネルギーを使っているので、&lt;br /&gt;
今起こっていることへのアンテナは鈍くなりがちだ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;■&lt;br /&gt;
編集者、書き手、読み手の相互交渉をネット上で見ていると、&lt;br /&gt;
昔は酒を飲みながら対面で作られていたネットワークが、&lt;br /&gt;
今は数秒の間に成立している。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;読み手が書き手になにか言いたければ、&lt;br /&gt;
昔はせっせと読者カードやファンレターを書くくらいしかできなかった。&lt;br /&gt;
そしてそれも書き手の目に触れているかどうか確認しようもなかったのが、&lt;br /&gt;
今は直接書くことができるだけでなく、&lt;br /&gt;
もしかすると数秒後に返事をもらうこともできるかもしれないのである。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;（余談だが、私が人生で最初に書いたファンレターは小学生のとき、&lt;br /&gt;
椋鳩十さんに封書で書いた。数ヶ月後、椋さんから葉書が届いた。&lt;br /&gt;
あんなに嬉しかったことはなかったのに、葉書はどこかへなくしてしまった。&lt;br /&gt;
自分が愛している物語の作者と交流できる喜びは本当に特別のものだ。）&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;■&lt;br /&gt;
自分がTwitterで何ができるのかはまだわからない。&lt;br /&gt;
様子見、様子見である。&lt;br /&gt;
しばらくはこのおもちゃで遊んでみようと思う。&lt;br /&gt;
&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>読むこと・書くこと</dc:subject>

<dc:creator>richico</dc:creator>
<dc:date>2009-12-03T20:59:26+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="http://richico.cocolog-nifty.com/richico/2009/11/1011-442e.html">
<title>日記（10月末から11月）</title>
<link>http://richico.cocolog-nifty.com/richico/2009/11/1011-442e.html</link>
<description>■10月某日 もう少し若いころは人づきあいもかなりとんがっていたが、 中年もだい...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;■10月某日&lt;br /&gt;
もう少し若いころは人づきあいもかなりとんがっていたが、&lt;br /&gt;
中年もだいぶ半ばにさしかかって、&lt;br /&gt;
人と一緒にいることを楽しむことが少しできるようになってきたと思う。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;ピアノのレッスンの後、&lt;br /&gt;
先生と先生のもう一人のお弟子さんであるMさんをお誘いして&lt;br /&gt;
神楽坂をご案内がてらランチをする。&lt;br /&gt;
こういうことも、昔はあまりなかった。&lt;br /&gt;
思い立ったときにしておかないと機会を逃してしまうかもしれない、&lt;br /&gt;
という思いがいつもよぎる。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;■11月某日&lt;br /&gt;
先週の授業で、学生から来週はお休みですよ、と教えてもらった。&lt;br /&gt;
あらー、シラバスまたずれちゃうじゃないの、と思いつつ、&lt;br /&gt;
思わぬ時間のプレゼントが嬉しい。&lt;br /&gt;
雨が今にも降りそうだけど、久しぶりに神田古本市に行こう。&lt;br /&gt;
ネットで全国の古本が買えるようになってから、&lt;br /&gt;
古本をひやかしに歩くことがなくなってしまった。&lt;br /&gt;
お昼前に出て、ついでにボンディの欧風カレーも食べてこよう。&lt;br /&gt;
成果は中野重治関連の本を何冊か。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;■11月某日&lt;br /&gt;
妹がフランスから帰国。&lt;br /&gt;
義弟も出て来て３人で鰻を食べに出る。&lt;br /&gt;
一時間近く待たされて、鰻が来たときには、&lt;br /&gt;
もう３人ものも言わずにむぐむぐ喰う。&lt;br /&gt;
その後二人は都内のホテルに向かった。&lt;br /&gt;
私は帰って昼寝。&lt;br /&gt;
鰻くっちゃったら、午後の仕事は無理だしー。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;■11月某日&lt;br /&gt;
いつの間にか「大人買い」という妙な日本語が定着したようだが、&lt;br /&gt;
作家の全集を買うのはまさに「大人買い」である。&lt;br /&gt;
月給取りになって、この快感に目覚めた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;院生の頃はどうしても必要な一冊だけバラで古本屋で買って、&lt;br /&gt;
あとは図書館に日参して読むというようなことをせざるを得なかった。&lt;br /&gt;
今は有り難いことに（かどうかは実際のところわからぬが）&lt;br /&gt;
「あ、その棚、全部いただくわ」ってなことが、&lt;br /&gt;
ぽちっとクリックするだけでできる。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;というわけで、中野重治全集を取り寄せた。&lt;br /&gt;
読み始めてみると、雑文がおもしろい。&lt;br /&gt;
随筆などという高尚な名前よりも「雑文」と呼んでしまった方がいいような、&lt;br /&gt;
短いエッセイのような文章がおもしろい。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;仲間内でアジったりするときの文章は専門用語が多くて楽しめないが、&lt;br /&gt;
６０年代の講演記録などは、私の今の研究に直接関係ないんだけど、と思いつつも、&lt;br /&gt;
つい読んでしまった。&lt;br /&gt;
噛み砕いて話さねばならないという場合に、&lt;br /&gt;
この人はもっともその言語能力を発揮したのではあるまいか。&lt;br /&gt;
わかった風な口をきくことを、この人は絶対にしない。&lt;br /&gt;
しゃべった端からそのしゃべった言葉に注釈を加えていくような、&lt;br /&gt;
一種独特の語り口。&lt;br /&gt;
徹底して自覚的なのに、&lt;br /&gt;
そこに自意識過剰を感じさせない落ち着き。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;イデオロギーは置いといて（てなことを言うと、中野重治研究者に&lt;br /&gt;
叱られてしまいそうなんだけど）書き方が好きだ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;■11月某日&lt;br /&gt;
俳優遠藤憲一が好きだというと、&lt;br /&gt;
友人が貸してくれた『湯けむりスナイパー』のDVD全４巻。&lt;br /&gt;
仕事終わりに少しずつ少しずつ見ている。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;数年前NHKの時代劇で見て、いいなあ、と思い、&lt;br /&gt;
ネットで検索したらVシネマを中心に活躍しておられる俳優さんであった。&lt;br /&gt;
声がいいから、CMや映画の広告のナレーションも多く手がけておられる。&lt;br /&gt;
この『湯けむりスナイパー』は深夜枠ながらドラマ初主演である。&lt;br /&gt;
めでたい！&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;深夜枠だし「湯けむり」というくらいだからエロティックなのはお約束としても、&lt;br /&gt;
近年のふやけたドラマにはない思い切った場面もあって、&lt;br /&gt;
見てるほうもはらはらどきどき。&lt;br /&gt;
はーどぼいるどでせくしい、でもなんともいえず、きゅーと。&lt;br /&gt;
やっぱ、私も買おかな、DVD。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;■11月某日&lt;br /&gt;
髪を切りに表参道まで行く。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;■11月某日&lt;br /&gt;
Twitterなるものを始める。&lt;br /&gt;
ブログにも貼付ける。&lt;br /&gt;
これでブログの表に２種類の時間が流れることになる。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;Twitterでつぶやけるのは１４０字だから「構成」を考える余地がない。&lt;br /&gt;
それが一番の特徴である。&lt;br /&gt;
強調されているのはそれが単なる「つぶやき」であり、&lt;br /&gt;
聞かれることもあれば、聞かれないこともあるということ。&lt;br /&gt;
Mixiのような足跡もコメント欄もないから、&lt;br /&gt;
「読まれた証拠」も残らないかわり、&lt;br /&gt;
それがないことを嘆くことにもならない。&lt;br /&gt;
時間が流れてしまえば残っていかない言葉たち。&lt;br /&gt;
それは以前はネガティブであったが（ネット上でコメントされない&lt;br /&gt;
ことを悲観して追い込まれて犯罪を犯してしまった人もいた）&lt;br /&gt;
Twitterはそれを逆手にとっている。&lt;br /&gt;
削除はできるが編集はできないという構成も、&lt;br /&gt;
流れて行く時間を意識させる。&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>日記</dc:subject>

<dc:creator>richico</dc:creator>
<dc:date>2009-11-21T20:23:11+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="http://richico.cocolog-nifty.com/richico/2009/11/post-52d8.html">
<title>構成力のもんだい</title>
<link>http://richico.cocolog-nifty.com/richico/2009/11/post-52d8.html</link>
<description>■ 最近の若手のお笑いで構成力がまるでないのは見るに耐えない、と 松本人志がラジ...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;■&lt;br /&gt;
最近の若手のお笑いで構成力がまるでないのは見るに耐えない、と&lt;br /&gt;
松本人志がラジオで言っていたのを聞いたことがある。&lt;br /&gt;
「若い奴はもっと落語を聞くべきや」と。&lt;br /&gt;
なるほど、松本の「すべらない話」における構成力は、&lt;br /&gt;
落語で培われたものだったのか、とそのとき合点がいったのだった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;不必要なディテールを省いてテンポを早め、&lt;br /&gt;
オチの効果を最大限に高めるために、&lt;br /&gt;
聞き手に与える情報の順序を決めてたたみかけ、&lt;br /&gt;
それでも決してオチを予見させぬ。&lt;br /&gt;
意外性がなければ人は笑わない。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;■&lt;br /&gt;
しかし、もちろんそのパターンだけが芸ではない。&lt;br /&gt;
笑福亭鶴瓶の話は「すべらない話」の対極にある。&lt;br /&gt;
ディテールこそが命であり、しかもそのディテールが必要なのか、&lt;br /&gt;
不必要なのか聞き手にはよく見えない。&lt;br /&gt;
おそらく本人もその場ではわかっていないのだろう。&lt;br /&gt;
時にはそのまま別の方向に行ってしまったりもする。&lt;br /&gt;
それなのにまとまり（オチではない）がつく。&lt;br /&gt;
（むろん、この上手さに関しては松本もおおいに認めるところだ）&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;■&lt;br /&gt;
先日、鶴瓶の古典落語を聞きにいった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;最初に立ったままマイクを持ってフリートーク。&lt;br /&gt;
次に中川家の漫才。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;私は漫才を舞台で見たのは実は始めてだったのだが、&lt;br /&gt;
中川家にも鶴瓶のフリートークのような、&lt;br /&gt;
どこまでが決められた台本でどこからがそうでないディテールなのか&lt;br /&gt;
わからないスリルがあった。&lt;br /&gt;
寄席で培われた技術に違いない。&lt;br /&gt;
堪能した。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;最後の古典落語はまくらなしのスタートである。&lt;br /&gt;
これはよかった。&lt;br /&gt;
最初のフリートークとの差が際立ったからだ。&lt;br /&gt;
「らくだ」も「愛宕山」も練りに練られた構成を持つ。&lt;br /&gt;
比較的動きの少ない「らくだ」、派手な動きのある「愛宕山」。&lt;br /&gt;
対比も見事であった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;■&lt;br /&gt;
だが、ちょっと私には「らくだ」の前半部分の屑屋が哀しすぎた。&lt;br /&gt;
哀愁にじむ人物をやらせたらピカ一の鶴瓶師匠だったからだろう。&lt;br /&gt;
力関係が逆転してからも、その哀しさを引きずってしまった感じがする。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;帰って来て、DVDで米朝の「らくだ」を見た。&lt;br /&gt;
なるほど、けっこう暢気な屑屋に仕上がっていたが、&lt;br /&gt;
その分どんでん返しのインパクトは少ないように思った。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;ナマモノの構成はなかなかに難しいことであるよ、&lt;br /&gt;
と思ったのだった。&lt;br /&gt;
&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>映画・テレビ・演劇</dc:subject>

<dc:creator>richico</dc:creator>
<dc:date>2009-11-15T19:23:51+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="http://richico.cocolog-nifty.com/richico/2009/11/post-5e4a.html">
<title>コクチ</title>
<link>http://richico.cocolog-nifty.com/richico/2009/11/post-5e4a.html</link>
<description>コクチ。 こっぱずかしいので、カタカナです。 ２８日土曜日にピアノを弾きます。 ...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;コクチ。&lt;br /&gt;
こっぱずかしいので、カタカナです。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;２８日土曜日にピアノを弾きます。&lt;br /&gt;
&lt;a href=&quot;http://richico.cocolog-nifty.com/richico/2009/08/post-a856.html&quot;&gt;私の腰を破壊した例のショパンのバラード一番&lt;/a&gt;です。&lt;br /&gt;
妹のお下がりの舞台用ドレス（妹の手製）を着ます。ははは。&lt;br /&gt;
お花などお気遣いは無用ですから、&lt;br /&gt;
お暇があれば笑いに来てやってください。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;下にあるのはプログラムです。&lt;br /&gt;
第１部、第２部はおちびちゃんたち。&lt;br /&gt;
第３部は大人のアマチュア。&lt;br /&gt;
第４部は先生たち。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;プログラムをクリックすれば大きくなります。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;a href=&quot;http://richico.cocolog-nifty.com/.shared/image.html?/photos/uncategorized/2009/11/15/091128_pic.jpg&quot; onclick=&quot;window.open(this.href, &#39;_blank&#39;, &#39;width=1600,height=1117,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0&#39;); return false&quot;&gt;&lt;img alt=&quot;091128_pic&quot; title=&quot;091128_pic&quot; src=&quot;http://richico.cocolog-nifty.com/richico/images/2009/11/15/091128_pic.jpg&quot; width=&quot;300&quot; height=&quot;209&quot; border=&quot;0&quot;  /&gt;&lt;/a&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;a href=&quot;http://richico.cocolog-nifty.com/.shared/image.html?/photos/uncategorized/2009/11/15/20091111204124__1.jpg&quot; onclick=&quot;window.open(this.href, &#39;_blank&#39;, &#39;width=1600,height=1124,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0&#39;); return false&quot;&gt;&lt;img alt=&quot;20091111204124__1&quot; title=&quot;20091111204124__1&quot; src=&quot;http://richico.cocolog-nifty.com/richico/images/2009/11/15/20091111204124__1.jpg&quot; width=&quot;300&quot; height=&quot;210&quot; border=&quot;0&quot; style=&quot;float: left; margin: 0px 5px 5px 0px;&quot; /&gt;&lt;/a&gt;&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>日記</dc:subject>

<dc:creator>richico</dc:creator>
<dc:date>2009-11-15T09:27:59+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="http://richico.cocolog-nifty.com/richico/2009/11/10-9a3c.html">
<title>日記（10月後半の出来事）</title>
<link>http://richico.cocolog-nifty.com/richico/2009/11/10-9a3c.html</link>
<description>■10月某日 朝食のコーヒーを飲みながら、前に書いた解説文を校正して加筆。 がっ...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;■10月某日&lt;br /&gt;
朝食のコーヒーを飲みながら、前に書いた解説文を校正して加筆。&lt;br /&gt;
がっちり構成を固めて書いたので、&lt;br /&gt;
一段落を加筆する場所を探すのが確かにちょいと面倒。&lt;br /&gt;
結局選んだ場所もあまり座りがよくないが、まあ他のところよりはましだ。&lt;br /&gt;
そのあと、栗原幸夫さんの『プロレタリア文学とその時代』を再読する。&lt;br /&gt;
この前『組曲虐殺』を見たばかりなので、タイミングよし。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;そうこうしているうちにピンポーンと、&lt;br /&gt;
古本屋より中野重治全集が到着する。&lt;br /&gt;
全２７巻。&lt;br /&gt;
おーおー、なんだか書く気分が盛り上がってきましたぞ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;午後からは新宿ピカデリーで「ヴィヨンの妻」を見る。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;■10月某日&lt;br /&gt;
メモをとりつつ『プロレタリア文学とその時代』読み継ぐ。&lt;br /&gt;
午後は大学の図書館へ。&lt;br /&gt;
日曜日の図書館は学生が少なくていい。&lt;br /&gt;
田中英光全集を引っくり返した後、雑誌セクションに移動して、&lt;br /&gt;
ここ三ヶ月くらいの雑誌に目を通し、必要なものを片っ端からコピーする。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;夕食はひよこ豆のカレー。&lt;br /&gt;
飴色玉ねぎ（ルクルーゼ鍋ならオーブンで簡単）に生姜、にんにく、&lt;br /&gt;
ターメリック、カイエンペッパー、コリアンダー、クミンをどさどさいれ、&lt;br /&gt;
ひよこ豆にトマト缶。&lt;br /&gt;
最後にガラムマサラを入れて煮込む。&lt;br /&gt;
うん、おいしいよ、自分。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;■10月某日&lt;br /&gt;
明日から両親の実家である京北町に行くので、&lt;br /&gt;
荷物を作って、クロネコヤマトの集配所まで持って行く。&lt;br /&gt;
それから授業の準備。大学のお仕事。&lt;br /&gt;
残り物で昼食を済ませ、ご出勤である。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;しばらく授業をしていなかったせいで、&lt;br /&gt;
一回やるとぐだぐだに疲れてしまう。いかんなあ。&lt;br /&gt;
帰って夕食を食べたら死に寝。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;■10月某日&lt;br /&gt;
京北町へ移動する日。&lt;br /&gt;
昼食は丸ビルの中のとんかつ屋に入った。&lt;br /&gt;
カウンタ―に通されたのはまあいいとしよう。&lt;br /&gt;
一人だったからね。&lt;br /&gt;
でも、そのカウンタ―に食べ終わった食器がずっと残っている。&lt;br /&gt;
見ると、配膳係のおねえさんは暇そうにしているが、&lt;br /&gt;
自分も持ち場しか見ていない。&lt;br /&gt;
下ごしらえをしているおにいさんも、手元の豚肉しか見ていない。&lt;br /&gt;
そのうち、ホールの一人がお茶をつぎに来る。&lt;br /&gt;
片付けてくれるかなあ、と思って見ていると、&lt;br /&gt;
あら、素通りされてしまった。&lt;br /&gt;
そこそこのお値段設定の店なのに、接客ってことが根本的にわかっとらんな。&lt;br /&gt;
私の中の「おばちゃん」が苛々して来た。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「あの、これ片付けてもらえない？人の食べガラを見ながら&lt;br /&gt;
食事するのイヤだから。」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;味はそこそこだったが、もう二度と来ることはないだろう。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;■10月某日&lt;br /&gt;
京都の山奥は寒い。&lt;br /&gt;
フリースを持ってきて正解だった。&lt;br /&gt;
母の仕事部屋の一角にスペースをつくり、&lt;br /&gt;
電気ストーブを置いて自分のお仕事コーナーのできあがり。&lt;br /&gt;
毛布で下半身をぐるぐる巻きにして校正／加筆のお仕事にとりかかる。&lt;br /&gt;
しかし一角だけ暖かくしてしまうと、いらんお客がやってくる。&lt;br /&gt;
そうそれは。。。カメムシ。&lt;br /&gt;
強烈な青臭さを発するこの虫、気候のかげんか今年大量発生しているらしく、&lt;br /&gt;
例年より数が多い。&lt;br /&gt;
その名の如く比較的動作がのろくさいので、ガムテーブでびちゃっとひっつけて、&lt;br /&gt;
ぐるぐるっと巻いてしまう。&lt;br /&gt;
これが一番匂いが少ない。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;一段落校正してはカメムシ退治。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;■10月某日&lt;br /&gt;
朝、父に車で送ってもらい、９時１５分のバスに母とともに乗り込む。&lt;br /&gt;
母は市街のギャラリーへ、私は関西学院大学で開かれている学会へ。&lt;br /&gt;
これが今回の帰郷のメインである。&lt;br /&gt;
11時に京都タワーの下のスタバでTと待ち合わせて、西宮へ向かう。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;普段は私の母校のAmherst Collegeで日本近代文学を教えているT、&lt;br /&gt;
先月京都に来たばかりである。&lt;br /&gt;
年末までいるという。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;どうよ、T、京都の生活は？と聞くと、&lt;br /&gt;
「うん、なんか変な感じ。」&lt;br /&gt;
変な？何が？&lt;br /&gt;
「来たことがない場所なのに、通りの名前とか知ってるから」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;ああ、そうか。&lt;br /&gt;
アメリカの大学院でももちろん日本の古典は読まされる。&lt;br /&gt;
二条とか十条とかはおなじみの地名である。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「で、京都の人はなんで六条のこと言わないの？やっぱり僕らにとっては&lt;br /&gt;
四条や七条より六条だよ」&lt;br /&gt;
はははそうだねえ。六条の御息所は強烈なキャラクターだもんねえ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;確かに言われてみれば、バス停もなければ地下鉄にもその名はない。&lt;br /&gt;
今は幹線道路じゃなくてただの生活道路だからね。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;そんな話をしながら関学へ。&lt;br /&gt;
Palo Altoを思わせるカリフォルニア風の作りのキャンパスをつっきっって会場入り。&lt;br /&gt;
「＜複数＞言語の明治」という題のシンポジュームである。&lt;br /&gt;
４つの発表の中ではロバート・キャンベル氏のものと馬場美佳氏のものが、&lt;br /&gt;
私にはおもしろかった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;キャンベルさんはただの博覧強記ではない、広い視野にたった博覧強記で、&lt;br /&gt;
まさに文献学的研究の理想型。スリリングな発表であった。&lt;br /&gt;
一方、馬場さんのおもしろさは、＜複数＞の捉え方それ自体にあった。&lt;br /&gt;
他のお三方の発表はどれも、目に見える形の複数言語の対比だったが、&lt;br /&gt;
馬場さんのものは、一つの言語に見えるものの中にある異言語の影を追った分析で、&lt;br /&gt;
まだこなれていないようにはみえたが、これから「＜複数＞言語」を考えていく上で、&lt;br /&gt;
強調されていい論点だと思えた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;ディスカッションの前に私は会場を出て東京に向かった。&lt;br /&gt;
なにしろ田舎からえっちらおっちらコンピューターを担いで&lt;br /&gt;
出て来たのでものすごーく疲れてしまったのだ。&lt;br /&gt;
おまけに会場にコンピューターを忘れて青くなって取りに戻るという&lt;br /&gt;
失態をやらかし、Tや会場であったASにあきれられたりして。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;家に帰り着くと、私はへろへろ。&lt;br /&gt;
５日間水無しで家に閉じ込められていた鉢植えも、へろへろ。&lt;br /&gt;
明日はとにかく休養じゃ。&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>日記</dc:subject>

<dc:creator>richico</dc:creator>
<dc:date>2009-11-05T20:13:07+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="http://richico.cocolog-nifty.com/richico/2009/10/post-2b7e.html">
<title>また再びの・・・</title>
<link>http://richico.cocolog-nifty.com/richico/2009/10/post-2b7e.html</link>
<description>私の文房具好きをご存知の方は、 「また文具ネタ？！」と思われることだろう。 ごめ...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;&lt;em&gt;私の文房具好きをご存知の方は、&lt;br /&gt;
「また文具ネタ？！」と思われることだろう。&lt;br /&gt;
ごめんなさい、また、です。&lt;br /&gt;
&lt;/em&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;■文房具好きの方のブログなどを見ていると、細かい作業が得意な人が多い。&lt;br /&gt;
デザインセンスにも優れた方が多いように思う。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;私は文房具は大好きで、それなりに言いたいことはあるのだが、&lt;br /&gt;
自慢じゃないが、性格が大雑把。&lt;br /&gt;
恒常的に手元不如意で、落とすわ、壊すわ、倒すわ。&lt;br /&gt;
細かい手仕事が苦手で、線もまっすぐ引けないし、紙もまっすぐ貼れない。&lt;br /&gt;
デザインセンスはまるでない。（ついでに運動神経もない）&lt;br /&gt;
一度など、主宰した研究会のチラシを自分で制作したところ、&lt;br /&gt;
学生に「そば屋のお品書きですか」と酷評された。&lt;br /&gt;
（まだ覚えてるよ、S大学でIゼミだったTくん）&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;だから文房具を選ぶときの基準として大切なのは、&lt;br /&gt;
まず、私が粗雑に扱っても壊れないくらい頑丈であること。&lt;br /&gt;
そして、私が使ってもそれなりに美しい結果が出ること。&lt;br /&gt;
こういう文房具がまた、デザインがよかったりするから、&lt;br /&gt;
不思議なものだ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;■でっかい鞄の中にじかに放り込まれたくらいでキャップが取れちゃったりする&lt;br /&gt;
ボールペンなどはもちろんだめ。&lt;br /&gt;
イタリアものなどは色がキレイなので、心惹かれるのだが、&lt;br /&gt;
けっこう高い物でもすぐ壊れたりする。&lt;br /&gt;
私の筆記具にドイツものが多いのは、そういう理由かもしれない。&lt;br /&gt;
モンブランのマイスターシュテックなんか、&lt;br /&gt;
私が今持ってるアクセサリーのどれよりも高いが、&lt;br /&gt;
その代り頑丈この上ない。&lt;br /&gt;
まともにメンテなんかしないのに、である。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;ペンで言うと、女性向けと称して万年筆専門店などで売っている細身のペン。&lt;br /&gt;
あれもすぐ落っことすので、だめ。&lt;br /&gt;
ぎゅっと握って、がしゃがしゃメモをするため、&lt;br /&gt;
太い軸がどうしても必要である。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;■ノートは方眼が好きである。&lt;br /&gt;
無地は論文の見取り図などを図にするときに使う、&lt;br /&gt;
ニーモシネの一冊のみであとは方眼に徹している。&lt;br /&gt;
大雑把に書いてもそれなりにキレイに見えるからである。&lt;br /&gt;
切るときも、いちいち測ったりしなくていいし。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;方眼でかつ頑丈とくれば、モールスキンのスクエアドに勝るものなし。&lt;br /&gt;
一つの研究プロジェクトに３年は最低でもかかるから、この間、&lt;br /&gt;
カバーなんかかけずに鞄から頻繁に出し入れされ、&lt;br /&gt;
時には図書館の書架に、ばんっ、と置かれたりするような扱いに&lt;br /&gt;
耐えられる造りが必要である。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;■のりは小学校時代から相性が悪かった。&lt;br /&gt;
量が多すぎてぼよぼよになったり、あっちこっちに張り付いたり。&lt;br /&gt;
手について乾いて皮みたいになるのも嫌だった。&lt;br /&gt;
テープ式ののりを使ったときの感動は忘れられない。&lt;br /&gt;
私でもキレイに貼れるじゃないか！&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;■削りかすが散らからない小さな鉛筆削り、&lt;br /&gt;
折った刃が外に出ないカッターの刃折り、&lt;br /&gt;
貼っただけで分類できる付箋のインデックス、&lt;br /&gt;
再生紙でもひっかからない２Bの鉛筆芯、&lt;br /&gt;
決まった形で日付を入れて統一性をだしてくれる事務用の日付スタンプ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;どれも今の私になくてはならない、&lt;br /&gt;
不器用でがさつな人間のための文房具である。&lt;br /&gt;
『ぶきっちょさんのための文房具』なんて本があったら&lt;br /&gt;
すぐに買うのにな。&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>日常</dc:subject>

<dc:creator>richico</dc:creator>
<dc:date>2009-10-31T21:28:07+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="http://richico.cocolog-nifty.com/richico/2009/10/10-b165.html">
<title>日記（10月の覚え書）</title>
<link>http://richico.cocolog-nifty.com/richico/2009/10/10-b165.html</link>
<description>■１０月某日 何度目かのブルーベリージャム作り。 冷凍しておいた実家のブルーベリ...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;■１０月某日&lt;br /&gt;
何度目かのブルーベリージャム作り。&lt;br /&gt;
冷凍しておいた実家のブルーベリー２００グラム。&lt;br /&gt;
砂糖は甜菜糖で７０グラム。&lt;br /&gt;
レモン汁適当。&lt;br /&gt;
ポテトマッシャーでこれまた適当に潰して火にかける。&lt;br /&gt;
あくを取りながら煮る。&lt;br /&gt;
煮過ぎると香りが飛ぶので、まだブルーベリーシロップだね、&lt;br /&gt;
くらいの緩さで火を止める。&lt;br /&gt;
これがおいしかった。冷凍したせいで皮からあくが抜けて、&lt;br /&gt;
香り高く仕上がった。これからブルーベリージャムは冷凍だな。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;■10月某日&lt;br /&gt;
昼過ぎにリーガロイヤルで打ち合わせと称してお茶する。&lt;br /&gt;
研究室に帰ってまだ積み上げてある段ボールを整理する。&lt;br /&gt;
まだあと何箱あるんだよー。もうやだー。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;６時から大学で会議。&lt;br /&gt;
会議弁当をいただきながら３時間かかりました。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;■10月某日&lt;br /&gt;
なんかこのところ気分が落ち込んでいる。&lt;br /&gt;
自分では仕事がはかどらないせいか、と思っていたのだが、&lt;br /&gt;
同僚に「更年期の始まりじゃない？」と言われた。&lt;br /&gt;
そっか、そうかもな、と思い当たり、&lt;br /&gt;
そろそろサプリメントなぞ始めるか、と思う。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;マイミクのおねいさま方によればセントジョーンズワートという&lt;br /&gt;
ハーブのサプリが利くらしいので、とりあえず一瓶購入。&lt;br /&gt;
まだ飲み始めてはいないけど。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;また一つお仕事を断る。小さなものだが学会関連のお仕事だ。&lt;br /&gt;
なんかどんどん学会から遠ざかっていくなあ、私。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;■10月某日&lt;br /&gt;
モデムの調子悪し。つながらない。ネットにつながらない。&lt;br /&gt;
もう気が狂いそうである。&lt;br /&gt;
半べそかいてヤフーのおねーさんに電話。&lt;br /&gt;
結局モデムを交換することになった。&lt;br /&gt;
それまでメールは携帯で見るしかない。&lt;br /&gt;
どうしても返信しなきゃならないものには、&lt;br /&gt;
大学まででかけていって返信する。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;レタスと水菜ののりサラダ、さつまいものきんぴら、出しガラ昆布の佃煮、&lt;br /&gt;
雑穀いり玄米のご飯、かぼちゃと玉ねぎのみそ汁で、&lt;br /&gt;
ベジテリアンのお昼ご飯。&lt;br /&gt;
これで高脂血症なのよ、笑うでしょ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;■10月某日&lt;br /&gt;
中野重治の伝記を数冊読む。&lt;br /&gt;
頭はいい人で、フィクサーとしての能力に長けている。&lt;br /&gt;
小説それ自体に私はあまり魅力を感じないが、&lt;br /&gt;
執拗に自分の書き物に自己言及をする人で、&lt;br /&gt;
そこのところは私が密かにおもしろしと思っている部分である。&lt;br /&gt;
私が中野についてどう書くかはまだまったく見えてこない。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;なんとなく集中できないので、外に出て、&lt;br /&gt;
東京理科大近くのスタバで読み続ける。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;晩ご飯は、最近凝ってるひよこ豆料理、ファラフェル。&lt;br /&gt;
蒸したキャベツにドレッシングを合えたものをつけ合わせたら、&lt;br /&gt;
もうお肉なんかいらない。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;■10月某日&lt;br /&gt;
久しぶりに演劇鑑賞。るんるん。井上ひさし「組曲『虐殺』」@銀河劇場。&lt;br /&gt;
小林多喜二役に井上芳雄、この人の歌唱力は前の作品で確認済みなので、&lt;br /&gt;
安心して聴いていられる。&lt;br /&gt;
多喜二の恋人役に石原さとみ。お人形さんのように可愛く、&lt;br /&gt;
演技も拙いがそれが魅力という役どころである。&lt;br /&gt;
井上芝居にはかならず笑いで緊張感を抜く役が用意されていて、&lt;br /&gt;
梅沢昌代さんのような芸達者がそこを担っているのだが、&lt;br /&gt;
今回はそこを高畑淳子が、抜群の安定感と存在感、&lt;br /&gt;
笑いの間も人生のツボも心得た芸と技で演じ切っている。&lt;br /&gt;
陰の主役はでずっぱりの小曽根真で、役者たちとの息もぴったりである。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;役者は優秀、脚本も演出もレベルは高い。&lt;br /&gt;
喜劇的要素と悲劇的要素の塩梅もいつもながら上手である。&lt;br /&gt;
細部も勉強になった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;でも。&lt;br /&gt;
でも。&lt;br /&gt;
肝心のところでものすごくずれているという感じは否めない。&lt;br /&gt;
小林多喜二の情熱が、正しいチャネルを通って、正しく発露されているのだ、&lt;br /&gt;
という確信はいったいどこからやって来るのか。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;ここで描かれる多喜二には自分の敵（国家権力！）が明瞭に見えており、&lt;br /&gt;
それと闘う方法すら恐るべきシステマティックさで事前に整備されている。&lt;br /&gt;
（ハウスキーパー制度然り、ビラまき然り、文学然りーー）&lt;br /&gt;
敵が既に主体化されているから、闘う主体化がなんなく成立してしまっている。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;私は秋葉原の彼を思いだしていた。&lt;br /&gt;
彼に敵の姿は見えていなかったはずなのだ。&lt;br /&gt;
むろんそれは彼が頭が悪いからではない。&lt;br /&gt;
敵の名指しにくさと彼の犯行の形態は間違いなく関連している。&lt;br /&gt;
ところがこの芝居には「敵の名指しにくさ」などははなから存在していない。&lt;br /&gt;
そのことこそがもしかしたら最大の敵なのかもしれないのに。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「組曲虐殺」の多喜二は周りの人たちのみならず、敵からも愛される人である。&lt;br /&gt;
もうこの段階で「認知」の問題はクリアしてしまっている。&lt;br /&gt;
マイノリティを言い立ててアイデンティティを立てることも、&lt;br /&gt;
敵を作って抵抗する主体のアイデンティティを立てることもできないから、&lt;br /&gt;
「認知」されない暗闇に沈んでしまう。&lt;br /&gt;
その状況に対してはこの作品はなにも言っていない、&lt;br /&gt;
言おうとしていないと思うのである。&lt;br /&gt;
今なぜ小林多喜二？と問うとき、それでいいのだろうか、&lt;br /&gt;
と思うのである。&lt;br /&gt;
&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>日記</dc:subject>

<dc:creator>richico</dc:creator>
<dc:date>2009-10-29T07:04:03+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="http://richico.cocolog-nifty.com/richico/2009/10/post-3557.html">
<title>「ヴィヨンの妻」をふたつ</title>
<link>http://richico.cocolog-nifty.com/richico/2009/10/post-3557.html</link>
<description>■ 友人を誘って公開中の映画「ヴィヨンの妻」に行く。 画面は一見しゃれたフランス...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;■&lt;br /&gt;
友人を誘って公開中の映画「ヴィヨンの妻」に行く。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;画面は一見しゃれたフランス映画のようでもあり、&lt;br /&gt;
細部までよく作られ過ぎたためにむしろ平成の匂いがする、&lt;br /&gt;
人工的な「昭和」である。&lt;br /&gt;
（私は横浜のラーメン博物館を思いだした）&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;前半部分のセリフは極めて原作のセリフ部分に忠実に作られている。&lt;br /&gt;
ただ原作は妻の「私語り」なので、いわば実際に発話されているセリフ&lt;br /&gt;
（小説で言うと主にカギかっこ部分）以外にこころの声があり、&lt;br /&gt;
むしろそれが中心なのだが、&lt;br /&gt;
映画は「私語り」方式になっていないため、&lt;br /&gt;
会話部分しか再現されていない。&lt;br /&gt;
つまり「こころの声」の部分は役者の演技でまかなわなければならないことになるが、&lt;br /&gt;
松たか子はさすがにそのへん堂にいっていて、&lt;br /&gt;
細かい表情の変化が雄弁で退屈させない。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;一カ所だけ「私ってお金になるのね」という原作にないセリフが入っていた。&lt;br /&gt;
「椿屋のさっちゃん」として居酒屋で働き始めた妻が、&lt;br /&gt;
初めて自分で稼いだ現金を手にしてこう言うのである。&lt;br /&gt;
私は自分が書いた「ヴィヨンの妻」論でこの場面を強調したので、&lt;br /&gt;
「なかなかわかってるやん」などと悦に入っていた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;さて、太宰の分身とされる夫の「大谷」だが、&lt;br /&gt;
どなたかが新聞の評で「夫」である大谷があまり魅力的でない、と評しておられた。&lt;br /&gt;
だが、私はそうでもないと思った。&lt;br /&gt;
　　①仕事ができて&lt;br /&gt;
　　②それでもおごらず&lt;br /&gt;
　　③むしろ苦しげで&lt;br /&gt;
　　④妙に素直に女に頼るところもあり&lt;br /&gt;
　　⑤人と交際するのが実は苦手で&lt;br /&gt;
　　⑥他人を怖がりつつ無謀なことをしてみたりして&lt;br /&gt;
　　⑦それでいて他人の評判を気にする気弱なところもある&lt;br /&gt;
と属性を列挙してみるとけっこうツボの男ではないのか？！と思ったりして。&lt;br /&gt;
それともこれって単に私の趣味か？&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;■&lt;br /&gt;
もう一つの「ヴィヨンの妻」は、&lt;br /&gt;
NHKアナウンサー山根基世さんの朗読されたCDである。&lt;br /&gt;
友人が絶賛していたので借りてきたのだが、&lt;br /&gt;
知性と訓練に裏打ちされた朗読、感情を必要以上に表に出さないところなど、&lt;br /&gt;
原作と非常に合っていて美しい。&lt;br /&gt;
耳で聴いていると読んだときには気づかなかった言い回しなどにも気づかされ、&lt;br /&gt;
あらためて、太宰の中では秀逸な小説だなあ、と思い返したことであった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;小説の朗読は好きでiPodに入れて聴いたりしているが、&lt;br /&gt;
声自体に安定感があってずっと聴いていたいと思う人は少ない。&lt;br /&gt;
変に特徴のある声も、読み手の身体ばかり脳裏に浮かんでだめである。&lt;br /&gt;
感情をむやみにこめられたら邪魔だし、&lt;br /&gt;
役者の技術を競うように読まれてもうっとおしい。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;山根さんんはアナウンサーであって役者ではない。&lt;br /&gt;
あくまで、主役は小説、自分は透明な媒介、&lt;br /&gt;
という思いがおありなのだろうと思う。&lt;br /&gt;
その控えめな決心が快い。&lt;br /&gt;
考えてみれば日々のニュースの主役はコンテンツであるから、&lt;br /&gt;
ニュースを伝える人間の突出した個性はむしろ邪魔である。&lt;br /&gt;
よく考えてみれば当たり前のことだが、あまり気にかけてはいなかった、&lt;br /&gt;
アナウンサーという職業のプロ意識を見た気がした。&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>小説・作家</dc:subject>
<dc:subject>映画・テレビ・演劇</dc:subject>

<dc:creator>richico</dc:creator>
<dc:date>2009-10-26T08:56:35+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="http://richico.cocolog-nifty.com/richico/2009/10/910-ea8c.html">
<title>日記（9月から10月へ）</title>
<link>http://richico.cocolog-nifty.com/richico/2009/10/910-ea8c.html</link>
<description>■９月某日 赤ワインが余ったので、りんごのコンポートを作る。 切って鍋に並べて、...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;■９月某日&lt;br /&gt;
赤ワインが余ったので、りんごのコンポートを作る。&lt;br /&gt;
切って鍋に並べて、少し多めの砂糖と赤ワイン、レモン汁を適当に入れ、&lt;br /&gt;
干しプルーンとシナモンスティックとクローブを一粒。&lt;br /&gt;
軟らかくなるまで煮て、そのまま鍋で冷ます。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;仕事はスパイスとりんごの甘酸っぱい匂いが立ちこめる台所で。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;■９月某日&lt;br /&gt;
大学時代の友人と夕食。&lt;br /&gt;
彼の会社に私の所属学部の学生が採用になったのだ、という。&lt;br /&gt;
大企業なら特に驚きはしないけれど、彼の会社はそうではない。&lt;br /&gt;
妙な縁だ。学生も吃驚したことだろうと思う。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;２０前後だった私と彼は、これからどういう人生を送りたいかということを、&lt;br /&gt;
飽きもせずに延々と語り合っていた。&lt;br /&gt;
３０歳までとにかく死にものぐるいで生きよう、&lt;br /&gt;
などという若い気負いに満ちた約束を交わしたりしたものだ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;もうその約束の期限からも１５年が経っている。&lt;br /&gt;
私の３０歳までの日々が「死にものぐるい」という言葉にふさわしいものであったものかどうか。&lt;br /&gt;
別にそうであったとしても、そうでなかったとしても、&lt;br /&gt;
それはそれでよい、と思えるくらい年数を重ねてきてしまった。&lt;br /&gt;
いろいろと時間を数えた夜だった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;■９月某日&lt;br /&gt;
里芋と干し椎茸の炊き込みご飯を玄米で作る。&lt;br /&gt;
オクラはさっと茹でて梅肉と醤油であえておかかをふった。&lt;br /&gt;
みそ汁はちゃんと出汁をとって作った。豆腐と小松菜。&lt;br /&gt;
ひじきはお精進で、人参と椎茸。&lt;br /&gt;
心の調子が悪いときは丁寧にご飯を作るのが習い性になっている。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;『近代日本文学の批評』を読み返す。&lt;br /&gt;
戦後の批評には「文学」の自明性が問われていないことがしきりに問題にされている。&lt;br /&gt;
９０年代にはそのことだけを言っていればよかったのだな。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;■９月某日&lt;br /&gt;
今日は朝から乳がん検診。手際よくいろんな検査を流れ作業的に受け、&lt;br /&gt;
正味は一時間ほど居ただけだったのに、他人に体をいじり回されるのはけっこう疲れるもので。&lt;br /&gt;
で、帰ってみると、同僚より会議に出られないと連絡が入っている。&lt;br /&gt;
何度も確認のメール入れた私の努力がまったく報われなかったことを知って、&lt;br /&gt;
ふたたびぐったり。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;気を取り直して、明日の授業の確認。&lt;br /&gt;
初めてパワポなるものを使うのである。&lt;br /&gt;
もともと機械オンチ、というより、機械恐怖症のうえ、&lt;br /&gt;
ソクラテスメソッドを得意とする私の授業形態となじまないという&lt;br /&gt;
格好の言い訳もあったので今まで使ったことはなかった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;だいたい事前にああいうものが機械の上に映し出されていると、&lt;br /&gt;
ライブ感が失われてしまう。&lt;br /&gt;
教室に坐っている学生たちの、テクストへの感触を言語化させつつ、&lt;br /&gt;
それを組み込んで私の流れを作っていくのが、腕の見せ所だ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;そう思っていたのだけれども、大学院の授業では、&lt;br /&gt;
ライブ感を維持することの方が疲れることがよくわかったので、&lt;br /&gt;
限定的に方針転換をしてみたのである。&lt;br /&gt;
ソクラテスメソッドは、クラスに最低２割はお調子者がいないと成立しない。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;で、教室に行くまでもいろいろ確認したりして落ち着かない。&lt;br /&gt;
案の定、もらった鍵で戸棚の鍵を開けたとたん危機が訪れた。&lt;br /&gt;
PC、どこにあんねん？&lt;br /&gt;
少しでも戸惑ったらサポートを呼ぼうと思って番号を控えてあったので、&lt;br /&gt;
さっそくサポートセンターに電話しておねいさんに来てもらった。&lt;br /&gt;
先生、これがPCなんですよ。&lt;br /&gt;
へ？これが？&lt;br /&gt;
てな会話が交わされ、おねいさんの指示のもと、&lt;br /&gt;
なんとか授業を始めることができた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;学生のみなさん、&lt;br /&gt;
たどたどしててごめんね。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;■10月某日&lt;br /&gt;
昨日の夜は珍しくお客さんがたくさん拙宅にいらしたので、&lt;br /&gt;
うちにもその余韻が残っていて、なんとなくざわざわしているようだ。&lt;br /&gt;
ワイングラスを片付けて、大皿を戸棚にしまい、&lt;br /&gt;
一年に一度の宴は終了。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;いらしたのはみな、大学の職員の方々。&lt;br /&gt;
数年前、大仕事を一緒にした仲間たちである。&lt;br /&gt;
もうその仕事のことを覚えている人とて少ないだろうが、&lt;br /&gt;
私は忘れない。&lt;br /&gt;
大学という機関についてこれほど考えた時間はなかったからだ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;余韻のせいか、なんとなく酒が飲みたくなって、&lt;br /&gt;
珍しく残っていた赤ワインを一人で開けた。&lt;br /&gt;
パーティの残りものをつまみに、小説を読んだ。&lt;br /&gt;
&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>日記</dc:subject>

<dc:creator>richico</dc:creator>
<dc:date>2009-10-11T17:34:43+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="http://richico.cocolog-nifty.com/richico/2009/10/post-6cf8.html">
<title>日記（８月後半から９月へ）</title>
<link>http://richico.cocolog-nifty.com/richico/2009/10/post-6cf8.html</link>
<description>■８月後半 ９月からの授業準備をする。 数年ぶりに「翻訳論」。ただし今度は大学院...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;■８月後半&lt;br /&gt;
９月からの授業準備をする。&lt;br /&gt;
数年ぶりに「翻訳論」。ただし今度は大学院である。&lt;br /&gt;
しばらく遠ざかっていた間に、欧米の翻訳学関連の日本語翻訳が増えているので、&lt;br /&gt;
私のブックリストもちょっと更新が必要になっている。&lt;br /&gt;
だからノートもちゃんと作る。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;今回はいつものモールスキンではなくMDノート。&lt;br /&gt;
ビニールカバーなので自分の好きな紙で表紙を作れるのが気にいってる。&lt;br /&gt;
こーゆーことでもしないと、授業準備のモチベーションがあがらん。&lt;br /&gt;
学生の顔見れば、またテンションも上がってくんだろうけど。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;■８月後半&lt;br /&gt;
授業準備、だらだらと進める。&lt;br /&gt;
もともとない集中力がすぐ切れて、&lt;br /&gt;
途中で京北町の実家から送ってきたブルーベリーで、&lt;br /&gt;
ジャムを作る。&lt;br /&gt;
んでまた、仕事に戻る。&lt;br /&gt;
気がつくとネットで文房具を探している。&lt;br /&gt;
いかん、いかん。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;あ、でも、信頼文具舗の和田さんが新しい本を出しておられる。&lt;br /&gt;
買わねば。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;和田哲哉著『文具の足し算』を予約ついでに、ペンやらノートやらをまた購入。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;■９月前半&lt;br /&gt;
思考が明晰になる、というから、ここしばらく動物性の物を控えている。&lt;br /&gt;
だけど、なんとなくずっと空腹、力も入らぬ。&lt;br /&gt;
思考は明晰になるどころか、食の煩悩で今にもはじけそうである。&lt;br /&gt;
結局、夜、ふらふらと神楽坂へ。&lt;br /&gt;
お気に入りの蕎麦やにて蕎麦をすする。&lt;br /&gt;
まだ早い時刻とて、お店は私一人の貸し切り状態。&lt;br /&gt;
雇われ店員のおばさんは手持ち無沙汰に空をにらみ、&lt;br /&gt;
遊び好きらしきおやじは裏ぐちからこそっと外へ脱出した模様。&lt;br /&gt;
でもごちそうさま、蕎麦はいつも通りおいしかったよん。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;■９月中旬&lt;br /&gt;
今日は昼からピアノのレッスンなので、朝は溜まっていた雑用をこなし、&lt;br /&gt;
11月の発表会で弾くショパンのバラードの一番を見ていただく。&lt;br /&gt;
このおかげで腰を痛めてしまったのは前のエントリーの通り。&lt;br /&gt;
まだうまく力が抜けず、力み過ぎで最後まで持たない。&lt;br /&gt;
だがこの最後が華やかで、弾き手の技術の見せ所だが、&lt;br /&gt;
私のバラードはそこが一番へなへな。&lt;br /&gt;
11月までになんとかなるのか…不安だ…&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;帰りに隣のサボテンで動物性タンパク質に脂質たっぷりの、&lt;br /&gt;
カツサンドを購入して帰宅。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;■９月中旬&lt;br /&gt;
Erich AuerbachのMimesisは、私がアメリカでの院生時代で初めて感銘を受けた、&lt;br /&gt;
テクスト批評の本である。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;小説の一節を原語で引用し、そこに長い翻訳をつけ、&lt;br /&gt;
さらにその場面の文脈がわかるよう、適切な要約をつけていく。&lt;br /&gt;
その一つの場面から、構造全体を取り出す鮮やかな手つき。&lt;br /&gt;
取り出した構造を長いヨーロッパの文学の歴史の中に的確に位置づけてみせる手際よさ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;1990年の段階ですでにこの著作は流行遅れとされていたように思う。&lt;br /&gt;
アクロバティックな脱構築や難解な用語が飛び交う精神分析が、&lt;br /&gt;
文学研究を席巻していた時期だったからだ。&lt;br /&gt;
だが、今読んでもこの批評が古びているとは思えない。&lt;br /&gt;
私は時を忘れて読み進み、昔の私がつけた鉛筆のアンダーラインの上から、&lt;br /&gt;
真っ赤に赤鉛筆のラインを引いた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;■９月中旬&lt;br /&gt;
「少々無理してでも来た仕事は全部引き受けろ」と昔、師匠は言った。&lt;br /&gt;
まったく同じことを父も言った。&lt;br /&gt;
「断ってたら仕事がこんようになるぞ」とも言われた。&lt;br /&gt;
そうかもしれない。&lt;br /&gt;
でも、自分の能力の限界がわかってきた今は、&lt;br /&gt;
責任持てないものは断るしかない。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;今年二つ目のお仕事をお断りする。&lt;br /&gt;
自分は師匠ほど頭も廻らないし、父ほど早く書けない。&lt;br /&gt;
人より遅れて遅れて物事が頭に定着するタイプである。&lt;br /&gt;
（２０年前大学院で学んだことがようやく今になって理解でき始めた、&lt;br /&gt;
という遅さ！）&lt;br /&gt;
自分でもうんざりするが、仕方がない。&lt;br /&gt;
今、この２０年間で書いたものに、理論的な道筋をつけようとしていて、&lt;br /&gt;
その仕事だけで私のちっこい脳みそはいっぱいいっぱい、&lt;br /&gt;
「グローバリゼーション」についても、&lt;br /&gt;
「内田百閒」についても、新たに実のあるものは書けそうもない。&lt;br /&gt;
ごめんなさい。&lt;br /&gt;
&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>日記</dc:subject>

<dc:creator>richico</dc:creator>
<dc:date>2009-10-01T13:52:50+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="http://richico.cocolog-nifty.com/richico/2009/09/post-91ed.html">
<title>「花と兵隊」を観る</title>
<link>http://richico.cocolog-nifty.com/richico/2009/09/post-91ed.html</link>
<description>■ 第二次大戦後のアジアでの未帰還兵、とくれば、 真っ先に思い浮かぶのは「ビルマ...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;■&lt;br /&gt;
第二次大戦後のアジアでの未帰還兵、とくれば、&lt;br /&gt;
真っ先に思い浮かぶのは「ビルマの竪琴」だろう。&lt;br /&gt;
子供のころはなんの疑いもなく読んだ「学校推薦図書」だったが、&lt;br /&gt;
日本語戦後文学研究者になって読み返すと、これがまた、&lt;br /&gt;
なんとも後味の悪い小説である。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;子供向けに書かれているとはいえ、いやむしろ子供向けだからこそ、&lt;br /&gt;
偏見に満ちた紋切り型やご都合主義が露骨に現れる。&lt;br /&gt;
作者竹山道雄が従軍経験がないとか、ビルマを実際に訪れたことがない、&lt;br /&gt;
というのは、この小説の問題点としてよく指摘されることだが、&lt;br /&gt;
小説にとってはそうした作者の経験の欠如は、実のところ重要な問題ではない。&lt;br /&gt;
夏目漱石が猫になったことがないからといって、&lt;br /&gt;
『吾輩は猫である』の文学的価値は下がらないのである。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;問題はむしろ、僧になって日本の死者だけを選択的に弔うという主人公を、&lt;br /&gt;
圧倒的に正しい存在として描き出す、その筆使いである。&lt;br /&gt;
主人公水島は、日本という地と決別してビルマ人の僧となることを決意した、&lt;br /&gt;
と一方で言いながら、その実、その選択的行為によって日本兵であり続ける。&lt;br /&gt;
ビルマ人の僧形をしたそのような日本兵は、現地と深い関わりを持ちようがない。&lt;br /&gt;
しかし、遠い異国に残る主人公の決心は、&lt;br /&gt;
「はにゅうの宿」のメロディーにのせてドラマチックに演出されることによって、&lt;br /&gt;
英雄的行為として手放しで称揚される。&lt;br /&gt;
そしてそのことの是非はおそらく今でも問われないままである。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;■&lt;br /&gt;
未帰還兵へのインタビューによるドキュメンタリー映画、「花と兵隊」。&lt;br /&gt;
（渋谷イメージフォーラムにて公開）&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;ビルマ人と敵対する山岳民族カレン族に保護された人。&lt;br /&gt;
堪能な中国語で中国人コミュニティで暮らした人。&lt;br /&gt;
車両整備の会社を起こして後にトヨタのアジア進出の一翼を担った人。&lt;br /&gt;
ポンプの技術を生かして現地の農業に貢献した人。&lt;br /&gt;
さまざまな土地を巡り日本兵の遺体を集めて埋葬した人。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;この多様性は、それぞれの人が持っていた技術や運、&lt;br /&gt;
性格などによって生み出されている。&lt;br /&gt;
そしてどの人も「異国に残る大きな決心」などしていない。&lt;br /&gt;
人生の中で小さな選択を次々に重ねていった結果、&lt;br /&gt;
ここに流れつき、そこに受け入れられ、共生してきた人ばかりである。&lt;br /&gt;
餅つきのような小さな日本の習慣が、村の人々に受け入れられているさま、&lt;br /&gt;
家族を伴った日本人同士が現地語で会話するさま。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「そう、暮らすってそういうことなんだよな」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;■&lt;br /&gt;
撮ったのは若い青年監督である。&lt;br /&gt;
彼は、無造作に画像の中に映り込む。&lt;br /&gt;
画面の中の彼は、自分が聞いている話が一体どこへ向かうのか見当もつかない。&lt;br /&gt;
戸惑いを無防備にさらしている。&lt;br /&gt;
だがそれゆえに、彼には決まった地点へ話を持っていこうとする気負いが感じられない。&lt;br /&gt;
それが私には快かった。&lt;br /&gt;
どこまでも相手のことばに身を委ねて行き着く先を見定めようとしているように見えた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;もちろん、戦争の激戦地での話であるから、暗い闇も見え隠れする。&lt;br /&gt;
だがそれにもこの青年監督は臆することもなく、かといって、&lt;br /&gt;
そこをセンセーショナルに取り上げることもなく、&lt;br /&gt;
相手の今の生活とその闇を公平に塩梅しようとしている。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「そうだね、相手の話を聞くってそういうことだよね」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;■&lt;br /&gt;
インタビュアーの中で最もフィルムが使われていたのは、&lt;br /&gt;
１００歳近いブラジル移民だったという元日本兵の老爺であった。&lt;br /&gt;
一度も離れたことがないというカレン族の奥さんと、&lt;br /&gt;
多くの子供、孫、ひ孫、そして無償で家を提供しているという、&lt;br /&gt;
避難民の家族たちに囲まれて、彼の顔は穏やかだった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;彼が奥さんと一緒に自分の墓の場所を決めに行く場面がある。&lt;br /&gt;
眺めがいいその場所を死後の住処に決めた彼のことばが忘れられない。&lt;br /&gt;
ここなら、お前達がいる村が見えて、その向うに日本があって、&lt;br /&gt;
その向うにブラジルがある。&lt;br /&gt;
みんな一つの円の中にあるんだ、だからここがいい。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「そうだね、そんな風に考えると、いいね」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;■&lt;br /&gt;
テーマは同じでも、「花と兵隊」は「ビルマの竪琴」の対極にある。&lt;br /&gt;
重苦しい映画だろうと思っていたのに、&lt;br /&gt;
私はほとんと清々しいような気持ちで夜の渋谷に出た。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;青年監督の師である今村昌平監督が撮った未帰還兵のドキュメンタリーがあるという。&lt;br /&gt;
続けてみてみようか、と思う。&lt;br /&gt;
&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>映画・テレビ・演劇</dc:subject>

<dc:creator>richico</dc:creator>
<dc:date>2009-09-06T20:44:30+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="http://richico.cocolog-nifty.com/richico/2009/08/post-a856.html">
<title>ショパンと腰痛</title>
<link>http://richico.cocolog-nifty.com/richico/2009/08/post-a856.html</link>
<description>自分のキャパシティを超えたことをやろうとすると、 カラダにつけがまわって来る。 ...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;自分のキャパシティを超えたことをやろうとすると、&lt;br /&gt;
カラダにつけがまわって来る。&lt;br /&gt;
これこそが年をとるということである。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;私がショパンのバラードを弾いていたのは、&lt;br /&gt;
花も恥じらうセヴンティーンの頃、&lt;br /&gt;
化粧するでもなく、イヤリング一つつけるでもなく、&lt;br /&gt;
親の言いつけどおり３時間も４時間も真面目にピアノをさらって、&lt;br /&gt;
確かに集中力を維持するのはなかなか大変ではあったけれど、&lt;br /&gt;
カラダの方には何一つ異変は起こらなかった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;あれから３０年近くたってピアノを再開して３年あまり、&lt;br /&gt;
ようやく指も多少滑らかさを取り戻し、気持ちもほぐれてきて、&lt;br /&gt;
ちょっと難易度の高い曲をやってみようか 、あの頃は弾けたんだからさ、&lt;br /&gt;
などと色気を出したのが運の尽き。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;もちろん、いまは別の本業がある身、一日に３時間４時間も弾いたわけじゃない。&lt;br /&gt;
せいぜい１時間、それも一日のあっちこっちの時間をかき集めて&lt;br /&gt;
それくらいである。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;それなのに。&lt;br /&gt;
練習を始めて３週間たったころ、まず右アシの付け根に痛み。&lt;br /&gt;
ついで左のコシに痛み。ビテイコツにも痛み。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;ショパンはペダルを多用する。&lt;br /&gt;
それも私程度の素人技術でも、&lt;br /&gt;
３段階くらいは異なる力配分の踏み込みを必要とする。&lt;br /&gt;
右コシの痛みはそれが原因だ。右をかばうから左もおかしくなる。&lt;br /&gt;
もともと西洋人男性の手の大きさを基準にした楽器。&lt;br /&gt;
骨格の貧相なアジア女は技術と格闘しようとして前のめりになってしまう。&lt;br /&gt;
嗚呼かわいそうな私のコシ！&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;たまらず整体師氏のところへ駆け込んだ。&lt;br /&gt;
治療台の上で、私のカラダはへしゃげた蛙のようにされ、&lt;br /&gt;
「ヨガやってる人がなんでこんなに骨盤ずらすの」&lt;br /&gt;
という整体師氏のあきれ声を聞く。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「だいたい姿勢が悪すぎ」「これが本来あるべき姿勢」&lt;br /&gt;
ぐぐっとカタを開かれ、セボネに整体師氏の膝がめり込む。&lt;br /&gt;
でも一時間半の治療が終ったときには、コシはかるーくなっていた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;もっともまだ無理はできない。&lt;br /&gt;
今はペダルを使わずもっぱらタッチの明晰さを出す練習にいそしんでいる。&lt;br /&gt;
どうやら私は、不用意な屈伸にすぐ異議申し立てをするこの厄介なコシに、&lt;br /&gt;
もう少しつきあわねばならぬようである。&lt;br /&gt;
&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>日常</dc:subject>

<dc:creator>richico</dc:creator>
<dc:date>2009-08-25T12:27:30+09:00</dc:date>
</item>


</rdf:RDF>
